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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(17)

 遠く汽笛の音が聞こえる。

 如何に通信技術が発展しようとも、実際に人々の営みを支えているのが質量を持つ食糧や資材である以上、ましてそれが大重量であればなおさらに、海運はなお現役の輸送手段だ。

 いかに技術が飛躍しようとも人は依然水陸に縛られたままだ。


(……なーんて、途方もないことに考えを巡らすより)

 少なくとも、直近で考えねばならないことがあるはずだ。

 文字通り、このレンリ自身の身を取り巻く状況について。


 彼は、結束バンドで胴回りを縛られている。

 結びこそ雑だが、こちらの都合などお構いなしに力いっぱいに締め上げられたそれは、逃れようもないというかこのまま鬱血死しそうである。


「……よりにもよってこんな殺し方とは、お前存外に残忍だな」

「何を言っている?」

 当の本人……征地絵草にはそんな自覚はないらしく、

「私に貴様を殺す理由はない」

 と、平然と言ってのける。彼女の眼は、レンリ自身にではなく、彼の所持していたものを押収したデバイス『オルガナイザー』へと注がれていた。

 理屈も機構も解さぬままに手の中でまさぐるさまは――失礼を承知で例えるなら――ルービックキューブに挑むチンパンジーといったところか。


「でなければこんなところまでわざわざ引き立ててくるものか」

「そもそも、ここどこ?」


 可動できる範囲で一帯を見渡せば、水平線に遠く船影。

 それが手近になるにつれ、均された緑地や煙吐き出す工場とが切り分け、入り組んだ水路となっている。

 そしてレンリたちの場はその中でももっとも遮蔽物のない、空母の甲板の如き材質のプレートの敷かれた平地である。

 それと本土を繋ぐのは、一本の橋のみである。


「この一帯は我が財団の所有でな。こと、今我々が立っている場所は、元は材木を国内外へ輸出するための保管所だったが、大雨でそれらが流出事故が起こって以降今は空き地となっているところを流用させてもらっている」

 キューブ状のデバイスを置き、目を上げた絵草は、胸を反らして偉ぶった。

「いいや、将来的にはここを『ユニット・キー』ユーザー同士の決闘場として提供するつもりだ。いつまでも異界や南洋の地下施設でバトルするというのも不健全だからな……名付けて、『ネオ巌流島』!」

「『ネオ巌流島』!?」


 やっぱり、こいつ、壮絶に、頭が悪い。

 会話するだけで痛みが増してきそうなバカバカしさに、レンリはため息をこぼした。


「して、どう思う?」

「なんか……お前ってやっぱどこでもスゴイなって……悪い意味で」

「なんだそれは? そもそも、秘密裏に処するつもりであれば、わざわざこのような場所を明示してまで関係各所に触れ回る必要など微塵もない。その理由に、思い当たるフシはないのかと聞いているのだ」

「……それは、確かに」

 そこまでこの絵草が考えを回していると思えなかったので、とうに打ち捨てていた疑問だったが、そうではないらしい。


「食は、よろずの道に通ず」

 背後の死角に回った彼女は、意味深な前置きとともに、冷ややかにその答えを落としてきた。


「先の会食で、貴様……お前が本当は(・・・)何者かに気づいた。転じて、その目的もな」

「…………」

「となれば、お前を殺さず、縛り上げて放置するというこの私の行動も理解できるはずだが?」

「……絵草」

「なんだ?」

「お前のそういうヘンなところでだけ勘が働くところ、昔っからほんっっと嫌いだわ……」

「そういうお前は、自分を卑下する以上に他人を考えなしと見下すのを止めたらどうだ? 他人を理解できていると思ってるようだから毎度、事態が己の埒外に転がっていくのだろうが」


 耳の痛い指摘だ。

 もっとも、その指摘自体よりも自身の本質をよりにもよってこの脳筋に見抜かれていたことの方が屈辱だったが。


「けど、俺を餌にしたって無駄なことだ。助ける理由なんて、あいつにはどこにも」

「ほら、言ったそばからすぐそれだろうが……良かったな、そんな誰も信じていないようなお前を愛してくれる相手がいて」


 揶揄して絵草が指で示す先、そこには橋を渡る三人の娘がいた。

 維ノ里士羽。的場鳴。そして――足利歩夢。

 こと歩夢は、かなりの意気込みで、シャドーボクシングなどしている。

(いや、違う!)

 いかに人の機微に疎いレンリにも、瞭然である。いかにして彼を(ボコ)すか、そのイメトレ中であるということに。

 やがて、その到着の時点でレンリの思惑を破綻させた三人娘は、レンリの前に身を戻した、最強の女子高生の視線の先に立った。


「一応確認しておく。貴様ら、何故ここに来た?」

「あんたをブン殴りに来たんだよ」

 別々の想念を秘めたであろう少女たちの共通の目的を、代表して歩夢が答えた。


「あと、そこのクソ鳥を踏みつけて地面に沈ますために」

「俺の方がダメージデカくないかな……」


 大方予想はしていた言い回しゆえに、レンリは驚くでもなく受け入れていた。

 そのうえで、彼の方からも言った。


「帰れよ、今すぐ」

 ことさらに、心が痛むほどに冷たく。

「やだね」

 歩夢の返答は、にべもない。他の二人も、身じろぎしない。

「今更引き返すようだったらそもそも来てねぇよ」

 と鳴が毒づき、士羽はそっぽを向きつつ転身の兆しさえ見せない。


(くそっ、何があったのか知らないが、妙な腹の括り方しやがって)

 いつもだったらとうに見限ってもしょうがないではないか。そうするのが妥当な手切れをしたではないか。

 それが正しい流れのはずだ。少し考えれば分かるはずだ。

 なのにどうして、こうも余計なことが続く? 思い通りに事が運ばないのか。


「――あんたさ」

 と、懊悩するレンリに、歩夢が目を向けた。

 荒んだ環境の中でも決して輝きを喪わなかった、澄んだ瞳。どこまでも見透かされそうな双眸が。


「わたしに、なんでも言うことを聞く人形になって欲しかったの?」

 その問いかけが、レンリの胸を突きえぐる。

「違うでしょ。だから、兄ちゃんぶって死ぬほど余計な世話を焼いて、こんな状況も読めずについてくる連中とか、そこにライブ感とお祭り気分で乗ってくるようなバカどもとつるませたんじゃないの?」

 レンリは、仮初の肉体の奥底で歯を食いしばる。

「わたしはねレンリ、ここに至るまでの喜びも苛つきも、悲しみも楽しさも、全部ひっくるめてここに立つって決めたの。それをくれたあんたが、否定するな。このバカ」


 嗚呼、そうだ。

 彼女には、人でいて欲しかったのではないか。

 せめてただ一日でも長く、一瞬でも良いから、少女らしい情緒を持って、高校生活を送ってほしかったのではないか。

「……つくづく、俺という奴は」

 今まさに求めた彼女の姿が、そこにあったというのに。


「で、あんた。会長」

 歩夢はうっすらと眇めた目を、絵草へとスライドさせた。

「あんたをブッ倒せば、そいつは返してもらえるんだよね」

「そんな約束はしていないが?」

「いいや、言った……欲求を通したけりゃ、実力でねじ伏せろって」

「なるほど、たしかにそれに類することは旧校舎で言ったな」


 薄く笑いながら、絵草は半身をせり出した。

 天から降り注いで一筋の光、彼女のストロングホールダーの描く軌道。それが彼女の腰にまとわりついて、鞘と変わる。


「――だが、出来もしないことは口にしない方が身のためだぞ」

 そううそぶく彼女の手にはすでに、十字の鍵が握られている。

「まぁ、ちょうど私も貴様に確かめたいことがあったところだ」

〈クルセイダー〉


 鐘の音にも似た金属音とともに荘厳な輝きが浮かび上がり、上空にひしめく。

 あれらは、絵草の擁する交響楽団だ。


「足利歩夢、何も知らない聞かされない哀れな小娘。かつて入学式で目が合ったが、依然その奥底に眠るのは虚無そのものか、あるいは別のものに変異したか……この私が、見極めてやろう」

 という宣言一下、征地絵草は洗礼とばかりに展開させた十字剣を振り下ろし、砲撃を浴びせかかった。

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