(15)
ライカ・ステイレットは歩きながら、朝を迎えた。
眠る気にはなれなかった。寝て、目が醒めた時にはきっとその時に自分は冷静さを取り戻している。あれほど知りたかった真実が、ふと掌の中に落ちてきたことを自覚してしまう。
妹の死が過去のものとなる。過ぎ去ったこととして、自分の過ちごとに受け入れられてしまう。
「眠れない夜を過ごしたようだね、ライカ」
あてもなく彷徨いていたアーケード街。
両サイドの店舗はシャッターがまだ上がらず、さながらアメリカの刑務所の如きその間を進むライカを、多治比和矢が出迎えた。
「だから言ったじゃん。あいつ捕まえたところで、なんの意味もないって」
目を細めた彼の言い分にそれは違う、とライカは内心で反発した。否、したかった。
結果としてあの告解の場に立ち得たことは事実として、結局自分は蚊帳の外。何かを取り戻せたわけではない。
残されたのは、ただ復讐の一点のみ。
「……別に。奴の行方を探してただけだ」
「あれ? さっき君の携帯に送ったと思うけど。君の仇は会長が確保済み。位置情報も書いてあるよ」
その虚勢は、すでに予測済みということか。とぼけたようでごく自然に即答した和矢は、そのままライカの拳をこじ開けて、そこにU字型のデバイスを握らせた。
「ハイ、『ユニオン・ユニット』の複製品。無くしちゃったんだろう? これで戦力も万端ってワケだ」
そう押し付けがましく言ってくるのを、揺れる横目でライカは見返した。
「……無意味なんじゃなかったのか。何故今更協力する気になった?」
「無意味だよ。けど、奴を殺さないと君が妹を喪った後の人生に意味を見出せないのなら、おれはそれを応援したい。だから君の独断専行も黙認したじゃないか」
と、ライカの手から腕へとなぞり上げ、そして肩に手を置く。
「……まさか今更、『捜すフリして実は見つけたくなかった』なんて言わないよな?」
軽やかに笑声は、底の冷えたものだった。掴むその手は猛禽の爪のように食い込む。
あの会長やカラスなどは、直接的な脅威だった。だが、今自分と並び立つ少年には、得体の知れない、妖怪じみたおぞましさをライカは感じ取っていた。
「……アンタに、聞きたいことがある」
「ん? どうぞ?」
どうぞ、と言いつつそこにはうっすらと拒絶の色が滲んでいる。自らを励ましてそれを意図的に黙殺したライカは、息を詰まらせて訪ねた。
「アンタはレギオン化しかけていた俺を救ってくれた。このデバイスと『ユニット・キー』をくれた」
それは目的のため、あえて踏み込まないようにしていた、当然の疑問。相手にしてもだから強気に出られないだろうとタカを括ってあえて説明をしてこなかったこと。
「……だが、維ノ里士羽がストロングホールダーシステムを開発したのは、その後のはずだ……!」
「そうだね」
あっさりと和矢は認めた。認めつつ、それ以上は自ら口を開くことはしない。
「アンタ、いったい誰なんだ……とは訊かない。俺は、あの時のアンタの憎悪を信じている。正体も動機も、俺に関係ないことなんだろう。けど、代わりにこれだけは答えてもらうぞ!」
肩を握る手を掴み返し、ライカはあらん限りに声を張った。
「本当は知ってたんじゃないのか!? あの『翔夜祭』に、何が起こるのか! だから俺を救い出せた! でも、だったら……どうして妹は、クリスは!?」
蛮勇とともにそう問い質した瞬間、和矢は笑った。天を仰ぐように背を仰け反らせ、壊れたように声を轟かせた。
「やだなぁ」
するりと和矢の細腕がライカの拘束を外す。追いかけることも出来ず立ち尽くす彼を最後に一度顧みて、少年は渇き切った目を細めた。
「――もし知ってたのなら、もっと賢く立ち回ってるよ」
あの時と、同じ眼をしていた。