(14)
その夜、通して夢を見た気がした。
朝が来ればその内容はさっぱりと抜け落ちてしまっていたが、とても重苦しい想いをした気がする。
だが、寝覚めはそれほど悪くなく、むしろいつになく頭が軽かった。
経験はないが泣ける映画で思いっきり涙を流した後に寝つきが良くなるだとか、いつだったか鳴がらしくもなく熱っぽく語った、一生懸命に、思い残しなく走り切った後の快眠というのが、ちょうどこの感覚に相当するのではないだろうか。
いずれにしても、問題はないコンディションだ。
小憎たらしい浮浪カラスを救い出し、おそらくそこに立ちはだかる学園最強のメスゴリラをぶちのめすには、良い日和だ。
学校は休みだが、自然決戦の衣裳として選んだのは、剣ノ杜の制服だった。
警戒しながらドアの向こうを覗き込む。幸にしてか、黒い毛玉を偽装するような不届きな巨乳の元アスリートはいないようだ。
安堵して開けたその矢先、隣の部屋からほぼ同時に白衣の少女が顔を覗かせた。
「意気揚々と出陣するのは結構ですが、行先ぐらい把握したらどうです?」
と、傲岸な物言いとともに見せつけてくるスマホ。そこに表示されている地図アプリには、どこかしらの港湾のマークが示されている。
おそらくはそこにレンリが、そしてあの女が待っているのだろう。
教えてくれたことに素直に謝意は見せたいが、問題はその魂胆である。
「どういう風の吹き回し?」
この隣人、維ノ里士羽ではあるまいし、直截に問う。
彼女は眼を伏せながら端末をしまい、
「貴女のために」
と言いさしてから、ひどく表情を淀ませた。
だが、一転して氷の女に戻るや、取り澄ました調子で、
「などと体の良いことは言いません。私は私の都合と感情で動いている。そのために貴女を利用し、行動を共にすると決めた……そう言えば、少しは信じてもらえますか?」
「押しつけがましいことを厚かましく言われるよりはね」
そっけなく言い捨てて、歩夢は自身の足で階段を下りる。エレベーターも使わず、士羽もそれに従った。
拒みもせず、歩夢はそれをあくまで事実とスタンスとして受け入れる。
階下までたどり着くと、件の不届きな巨乳が入り口の手前でスカジャンを羽織ってストレッチをしていた。
「よう、遅かったな」
的場鳴はさもここで待ち合わせでもしたいたかのようなリアクションとともに出迎え、残りのふたりを呆れ、憮然とさせた。
「……どういう風の吹き回しですか」
先ほどの歩夢の問いをリレーするが如くに尋ねる士羽に、鳴は嫌味もなく
「走りかけでリタイアするのはもう二度と御免でな。ここまで来たら、良くも悪くもゴールを踏むしかねーんだって思った」
と答える。
キザったらしくならないのは、本人の容姿ゆえの役得か。
とにもかくにも、無謀な戦い。
戦力と頭数は大いに越したことはない。
互いに今更確認の言葉は要らず。ただそれぞれの歩幅で戦装束で、だが競り合うかのようになるせいで並び立つように歩き始めた。
そして道中の分かれ道で、白景涼が合流した。
白景涼が合流した。
……白景涼が、合流した。
……
…………
「おい、おいっ」
鳴が小声で呼ばわるのを合図に、少女三人は歩道の隅に寄って額を突き合わせた。
それに律儀に合わせて、アロハシャツの上にミリタリージャケットを負った涼も、ピタリと数歩分後ろで足を止めた。
「いやいや、なんかヌルッと入って来たんだけどなんだアレ……!?」
「てか、まだ『北棟』に戻ってなかったんだ……」
「帰れないってことはないと思うんですが……加勢してくれるってことなんじゃないですか」
「いや、だとは思うんだけどせめてなんか言えよ! 電車乗るあたりのカオナシかよッ」
などと囁き合うも、本人はその対話に踏み込むこともせず、不思議そうに小首を傾げるばかりだ。
仕方なしに歩夢は会話の輪から外れて、直接本人に歩み寄った。
「手伝ってくれる?」
涼は拒むでも韜晦するでもなくこくりと頷き、
「陰キャに気遣われてる……」
と鳴を呆れさせた。