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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(10)

 的場鳴は放課後のグラウンドを走る。

 部活を辞めた後も方々を駆けずり回ることは散々にあったが、授業以外で特に目的もなく、ユニフォームに着替えてただ走るのは久々のことだった。


 もっとも、ここまでの悶々としたものを振り払って完全に虚心、というわけにもいかない。

 腕や脚を前後させるその合間にも、つい益体もないことを考えてしまう。もう少しで出口が見えそうな気もする。そうした思索における余計な部分をこそぎ落として、納得まで行き着くために、もう一周、とトラックを廻る。


「何やってんの、部外者」

 と、横合いから声をかけられたのは、少し息が上がり始めた辺りだった。


 気まずさに、口元の汗を拭って誤魔化す。

 陸上部の練習時間よりも後。練習日とも違うはず。あえて両方外して忍んできたわけだが、よりにもよって見られたくない相手に会ってしまった。


 のっけから辛辣な呼び名だ。しかし、まさしく鳴は部外者だった。少なくとも、そう呼んだ彼女の中では『裏切者』ではなくなったらしい。


「勝手に使って悪かった。整備してから帰るから」

「良いよ、このぐらいで」


 そう返した少女、井田典子は一拍子置いてから、ほんのりと苦味を加えて続けた。


「未練あるなら、部活(こっち)に帰ってきたら?」

「未練ってほどでもねーよ。ただ、時々は馬鹿になるのが好きなだけだ」


 そう迷いなく答えた鳴は、これ以上やれば明日に響くと見切りをつけて、クールダウンのストレッチに入った。


「まぁきっかけこそとんでもなかったけど、中学の時点で色々キテたんだよ。身体は競技向きじゃなくなっていくし、動画とか撮ってネットに上げるバカとかいやがったし」

「……それだって、あんたが悪いわけじゃないでしょ。あの時だって、あんたがきちんと否定さえしてくれれば」


 あの時、というのは恐らく、『レギオン』化して大会をすっぽかした後、顧問たちに難詰されたあたりのことを言うのだろう。


「言ったところで、信じてもらえるわけもなかったしな」

 シニカルに苦笑を浮かべつつ、鳴は大きく伸びをした。そもそも、相方が『アレ』なので、最初は自分の身に何が起こったのかさえろくすっぽ説明してくれない。だから、皆に弁解をしたり誤魔化すだけの材料などあるはずもなかった。


「お前とか一部のヤツはともかく、周りの大人はアタマっからこっちが悪いって決めてかかってたし、そいつら相手に必死になって言い訳すんのもみっともなくてめんどくせーし。あとはまぁ、あたし一人ワルモノになることで他の全部が丸く収まるってんなら、それで良いか、と……」

 ふと最後に、図らずも言い淀んでしまった。


「鳴?」

 唐突に黙りこくった旧友を、典子は訝しげに見つめた。


「――だからあいつも、()()()()()()なんだろうな」

 宙に吊るように挙げていた腕をゆっくりと、大きく息を吐きながら下ろしつつ、鳴は低く呟きを地面の影へと落とした。

 腹はますます立ったが、腑に落ちるものはあった。

 鈍感な自分でもようやく悟り得たのだ。士羽はともかくもう一人は、いやおそらく最初から、きっとそんなことは些末なことで……


 帰り支度を始めた鳴を、典子は訝しげに眉をひそめた。


「もう良いの?」

「まーな。走りに来て良かった……ありがとな、典子」

「……勝手にスッキリしてるところ悪いんだけど、ちょうどこっちもあんたに言いたいことあったんだけど」


 なんだよ、と体操着の上からジャージを羽織りながら尋ねた鳴に、呆れたような調子をわざわざ作って、旧友は

「部活に戻る気ないんなら、ずっと匿名で部費を払い込むの止めてね、『足長おじさん』?」

 と言った。口端に浮かぶ揶揄の笑みを、必死に押し殺しながら。


「そこはせめて、『おばさん』にしといてくれ」

 彼女を通り過ぎた鳴は、横顔だけ見せてはにかみ、そして迷いなくグラウンドに背を向けた。

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