表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第二章:上帝の、ツルギ
14/187

(3)

「事の起こりは、二〇二一年の暮れ。『翔夜祭(しょうやさい)』の最中でした」

 士羽は重たげに口を開いた。

 その年に、創立記念のアニバーサリーの名前に、歩夢もまたおぼえがあった。というより、この界隈の住人か、学園に籍を置いている者なら軒並み知っているだろう。

 ついさっきの会長の演説でも、取り上げられたばかりだ。


「爆発事故……」


 参加者は学校内外の関係者、出資者、理事会、姉妹校、中等部の参加者を含めて実に五百名近くとも言われている。当時の校舎、今で言う旧校舎の中心である庭園で、突如起こった大爆発は、校舎を半壊させ、参加者を含めて七割が、死者、行方不明者となっていた。


 その原因は今なお不明。まことしやかに流れる風聞の中には、屋台で使用していたガスへの引火。放火。式典に参加していた要人を狙ったテロなどがあったが、どれにも信憑性が欠けていた。

 

 確かなのは、その年から記念日は、慰霊祭へと変わったことと、旧校舎が完全に立ち入り禁止となったことぐらいか。


「まさか」


 この『説明会』に参加するつもりは毛頭なかった歩夢だったが、つい口から呟きが押し出された。視線が、一様に彼女の方向を向いた。


 それは彼女の言わんとしたことが正答であることを示していた。


「そのまさかだ」

 鳴が言った。

「アレが、空から降ってきた」

 彼女の指が、大剣を示した。


「……もっとも、アレは因子を持たない人間には視認できませんからね。当初は、それこそ『原因不明の爆発事故』でしたよ」

 士羽が言葉を引き継いだ。


「ところが、事故が収束した後も混乱は続いた。たとえば、『旧校舎のあたりで階段をのぼっていたはずなのにいつの間にか降りていた』『死んだはずの生徒の声を聞いた』『それどころか姿を見た』『怪物の姿になった』……『巨大な剣が事故現場に刺さっていた』。警察や調査チームは事故のトラウマによる集団幻覚、として片付けました」


「まぁ無理もないわな」

 嘆息交じりに、カラスは理解を示した。

「そんな非常識なもの、見ても信じられるかどうか」


「……」

「……」

「……」


 一瞬の、静寂が訪れた。

 腕組みならぬ羽組みのポーズで、あるんだかないんだか分からない首をウンウンと上下させる。

 

 当事者以外の、すべての視線が鳥へと集まった。


「……それ、ツッコミ待ちか?」

「は? 何が?」

「あぁ、もう良い。たく、ただでさえややこしい状況に紛れ込んで来やがって」


 あえて聞いてしまった自身の愚を恥じてか。ベッドに横たわったままの鳴は手を振りに、追及を打ち切った。

 そのやりとりを、士羽は冷視していた。


「そう、実際こうしてあの剣とか怪物を見るまで……事故の後も行方不明者が続発するまで、私もそう考えていた」

「……あの剣って、なんなの?」


 別にこれ以上の関係を持つ気もないが、また妙な力で吸い寄せられるのも気味が悪い。

 あの時は、幸福とさえとれるような、全身が熱で浮かされた夢見心地だった。自分の人生の中で考えられないぐらい感情が動き、さらなる刺激を麻薬のように求めた。

 だがその情動も、喉元を過ぎれば収まりの悪いうすら寒さへと推移していっている。


「私たちはあれを、『上帝剣』と呼んでいます」

 士羽は、紅茶をカップで飲みながら、映画のワンシーンのような隙のなさとキレのある所作で、自身の作業机とおぼしき場所から文庫本を取り出した。さんざん読み尽されてきたのだろう。水色の背表紙は変色し、擦り切れていた。


 氷の賢者は語る。

 検証して判明したこと。それにもとづく自身の所見。


 あれ自体は、人間には本来感知しえない次元に存在すること。

 そして胞子のごとく絶えず自身の因子を排出し、それを浴びた人間に自身の姿を認識させる。

 それだけであればまだ良い。だが、その因子と適合した人間をなんの処置もしないまま放置すると自我を喪い、異形と化す。いや、封じ込められるといったほうが正しい。


「それが、お前を襲ったヤツ。誰が名付けたのやら、あたしらは『レギオン』と呼んでる」


 未だ、悪夢の中にいるのだろうか。

 上半身をもたげた鳴は、そのまま隣で眠る女子生徒の前髪を撫でつけた。

「おおかた、お前も因子に触れちまったからあんなところでおかしくなってたんだろ。もう少し、抽出が遅れてたらヤバかったんだ」


「『レギオン』化した人間の中には、在校生だけではない、事故当時の行方不明者も入っているケースがありました」


 つまり、死んだと思われている生徒は、生きている可能性がある。

 あの異次元と化した事故現場で、幽鬼のように彷徨いながら。


 あの時囁きかけた声に従っていれば、自分もそうなっていたのだろうか。考えかけて、やめた。そんなIfに何の意味が……


「……ん?」

 ふと、疑念めいたものが脳の神経の片隅をよぎった気がした。

(今の説明、なんか……)


「けど、それをどうにかしたのがこの維ノ里士羽センセイってワケだ」


 ベッドから起き上がった鳴は、士羽の背後をとって肩を掴んだ。自身の背を丸めて、その横から得意げな、いやイタズラっぽい顔を覗かせた。

 歩夢の一瞬の疑問など気にする暇などないほどに、おそらく凄く簡略化されているだろう説明は流れていく。

 まぁいいか、と歩夢は思った。そもそも異常なことなんて、今自分の周囲にまとわりつく全部だ。


「この大天才様は、あの事故の数少ない生存者だ。あの後旧校舎の調査に乗り出し、そして因子を物質化する技術と、それを人体でも利用可能なエネルギーへと転換させるシステムを確立した」

「じゃあ、あの蛇とかその牛とか、この鳥のメカとかって」

「そ。その『ストロングホールダー』の基礎を作ったのがこいつ。ただ惜しむらくは」


 鳴。士羽の声が遮った。

 沈黙が、再びその場に帳を下ろした。


「でも、上帝だなんて御大層な名前だこと」

 薄く揶揄の笑みを作る歩夢に、こともなげに士羽は返す。


「あれが居座ってだいぶ経過している。にもかかわらず、我々はあれの存在意義も未だわかっていない。そに圧倒的なパワーには抵抗するすべを持たない。何も語らぬあの異邦者は、私たちの尊厳を奪いながら、同時に次のステップへと否応なしに引き上げる。そして私達は、この異常極まる状況を生活として受け入れるつつある」


 とするならば。士羽は自身が手にした文庫本を、歩夢たちに披露した。


上帝(オーバーロード)の名こそ、冠するに相応しい」


 地球を卵か胎に見立て、そこで丸まりながら眠る嬰児のイラストを。


 意味を問う声があがらないところから察するに、おそらくそれは意味が通じて当然と思われるような、本読みであれば初歩中の初歩とも呼べる知識であったのかもしれない。

 しかし歩夢にはその意図が読めない。追及するのもアホらしい。


「ここまで話したんです。約束は、当然守ってもらえるのですよね?」


 士羽は問う。一同の視線は、再びあの黒い鞠のような物体に集まった。


「もうひとつ、条件がある」

 カラスは言った。だがそれはごく自然な響きを持っていて、駆け引きや打算めいたものを感じなかった。


「最終的な判断はお前らに委ねるけど、今から言う情報は、関係者の間で共有してもらいたい。それも、出来るなら全員に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ