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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(8)

「ライカさん」

 声を掛ければ進み出す。追いかければ足を速める。

 そして足を止めれば、立ち止まって眉根を寄せて振り返る。

 焦燥と怒りに掻き立てられてはいたものの、基本的にはいつもの『ライカ』さんだ。


「……あまり、奴らに余計なことを話すな。仲良くなるな」

「それは……つまりヤキモチ、てコト!?」


 廊下で追いついた嶺児は調子良くからかった。しかし対するライカは、いつものように激して声を荒げるでもなく、侮蔑の冷たさを帯びた眼差しで刺してくる。


(あ、だめだ。コレはマジなキレ方(ヤツ)

 素直に反省を見せて俯く嶺児に、ライカはようやく険を和らげて背を向けた。


「……あいつらは、おそらく敵になった。そいつらに加担するなら、オマエも敵だ」

 と、溜息混じりに言い置く。

「敵とか加担とか、そういうのは違うでしょ?」

 冗談はかなぐり捨てて、口を酸くして諌める。


「きっと、それだけ強い繋がりを持っていたんだよ、あの鳥と。鳥だって、足利さんのためにあの会長さんの前に庇って立つなんて」

「……それは、あいつが」

「いくらとんでもない力とか何かしらの思惑があるったって出来ることじゃない。現にそれでモロに食らってるし……大切なんだよ。お互いがお互いに想い合ってる。オレとライカさんみたいにね」

「だとしても、俺があの化け物を許すことはない。妹との仇は、絶対に討つ」


 そっか、とほろ苦く微笑を浮かべて嶺児は頷いた。

 すでにその決意は固い。いくら言葉を尽くして説き伏せたとしても、容易に翻すことのない声質と背筋の硬さだ。


 もはや引き留める材料もなく、嶺児としては遠ざかり、さらに小さくなっていく背を傍観するばかりでしかなかった。


 ……かに思えたが。

 ライカは真っ赤になって目を尖らせて、足早にUターンしてきた。

 あり? と小首を傾げる嶺児に対し、


「な・ん・で! オ・マ・エ・が! お・れ・の! た・い・せ・つ・な・ん・だ・よ! ふ・ざ・け・ん・な!」

 ……と、その脛に容赦なくローキックを連発した。


「いたた! いった!? オレ、割とマジで立ってるのがやっとの状態なんですけど!?」

「じゃあ家帰って寝てろっ! いつもいつも頼まれもしないのにしゃしゃり出てくんな!」

 とどめとばかりに突き出された拳骨を、嶺児はその手首から掴んで防いだ。


「……いや、付き合うってば」

 と、真剣なトーンで告げた。

「ここまで来たら、最後まで。君がそうすることでしか人生を再開できないってのなら。必要なら、あの娘たちともまた戦う」

「なんで、そこまで……っ」

「だって、アレコレ悩むより自分でブチ当たんないとライカさん納得しないヒトでしょ?」

 と表情を綻ばせる嶺児に

「だから! そうじゃなくて……!」

 と食い下がろうとしたライカが、物悲しげに目を伏せる。合わせて下がる睫毛が震える。

「もういいッ、好きにしろ!」

 嶺児の胸板を突き飛ばしたライカは、小走りに駆け出した。

「ばぁか!」

 と、言いそびれていたらしい罵声を軽く浴びせてから。


「……だから、そういうとこだっつの」

 思わず素のトーンで呟き、頭を掻いた嶺児だったが、あらためて追うことはしない。

 あまりしつこいとかえって頑なになって自分で退くに退けなくなってしまうのが、あの繊細で難儀な少年なのだから。


 〜〜〜


 見晴嶺児が、ライカ・ステイレットにそれ以上付き纏うことはなかった。

 この上追いかけられては、間違いなく意固地になって突っぱねて、嶺児の言葉に二度と耳を貸さなくなっていただろうことは自身でも想像に難くない。勢い余って断交もあり得た。

 だから、この対処自体はきっと正しい。


(でも妙に気心の通じた感じはハラが立つ……ふだんは距離感バグってるくせに)


 だが、追って来なくて良い。真実があらまし知れた今、もはや残されたのは無益な復讐劇だけだ。嶺児が言うような、人生の再開など期待してはいない。あるのは不毛で味の無い虚ろな時間だけだろう。

 最初から救いなど望んではいない。誰かに愛されることも捨てた。幸福になる資格も喪った。

 二年前、肉親を見殺しにした、あの日から。


 誰かを、信じてもいない。

 あの時、『剣』の落下に先んじて動いて自分だけは(・・・)救ってくれた、多治比和矢も。

(けど、それでも)

 あのおちゃらけた恩人の内、ただ一つ信じられることはある。


 眼。

 あの惨劇の直後にて、半ばレギオン化――もっともその時は原因不明の高熱と神経痛とされていたが――に途中にあったベッドの自分に注がれた、瞳。

 自身も事故に遭い治療を受けていただろう。非難の最中に額でも切ったのか、顔に包帯を巻いて。その下から覗く虹彩は渇いていた、燃えていた、餓えていた。

 熱病とやり場のない喪失感と復讐心に心身を焦がすライカ自身もまた、同じ色相をしていたに違いない。


『お前と、お前の妹に何が起こったのか知りたいか?』

『妹の仇を、取りたいか?』

『だったら――おれと共に戦え……!』


 といったニュアンスのようなことを二、三言、軋らせた歯の奥から怨嗟のごとく漏らして。

 奇妙な機材と紫紺の鍵を差し出して。


 そしてその時の言の通り。

 奴の指示通りに準備し、奴の読んだタイミングで実行したら、果たして真実が明るみに出た。

(だから)

 たとえそこにあったのが、思っていたものとは違う、拍子抜けするようなものであったとしても。

 たとえここから先にあるのが、虚無の穴倉であったとしても。


「俺は最後まで、信じ抜くだけだ。あいつの殺意(しんじつ)を」

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