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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(4)

 その備蓄庫は、一人が寝起きする分には申し分ない広さだったが、十人近い人数が押し込められると、身動きに難儀する。

 だが、その限られたスペースの中にいるほぼ全員が、渦中のカラスからは出来るだけ間を置きたかったところだろう。


「そうだ、俺は自分の世界を滅ぼして、ここにいる。『征服者』となってな」


 あらためてレンリは、匕首で心臓を再度刺し貫くがごとく告げた。

 皆が固まる中、動いたのはライカと嶺児、そして南洋の澤城灘が動いた。正確には、激発したライカを、比較的手近にいた二人が止めた。


「ライカさん、落ち着いて!」

「まだ彼は、全てを語り切ってはいない! ここで彼を殺せば、本当のことが分からない!」


 本当のこと。真実、ライカ・ステイレットの探し求めていたこと。

 それが少年に最後の一線を踏みとどまらせた。浮かしかけた腰を地べたへと落とし、荒々しく息まく。


「そもそもそいつが世界を喰らう化物だというならばよ」

 と、縞宮がその始終を眺めつつ言った。

「どうして、それを実行に移さない? 今更とは言え、こうして俺様たちと対話している?」

「そもそも、一度『上帝剣』に選定された人間は自我が崩壊する。そう言ったのは貴方ではありませんか。あれは嘘だったのですか」


 彼や士羽が口にしたのはもっともな疑問だった。今、南洋やライカたちコンビが望んでいるのもまさにそこだった。

「……そこについては、嘘はない」

 なお尋常ならざる殺気を滲ませるライカの視線にも臆することなく、カラスは答えた。


「お前たちとは違い、あの『剣』が来襲した時、俺たちにあれに対する前情報なんてのは無かった。ただその膨大なエネルギーとそれを結晶化させた魔性の鍵に心奪われ、国内外でここよりも激しくそれを求め、争った」

 口端(クチバシ)に乗せるのも愚かしい、と言わんばかりに自嘲と自虐を含め、レンリは言う。


「その本質に気が付いたのは、すでに手遅れとなった後だった。『上帝剣』が選んだのは、当初研究の第一人者として前線で参加していた…………俺だった。自身の心身の異常をもってそのことを知った俺は、必死に自我の制圧に抗いながら、その因子を摘出する技術の確立を求めた。だがすでに時間は残されていなかった。ある時を境に、俺の意識はふつりと途絶えた」


 そこから、長い沈黙が続いた。抱えた膝に顔を埋め、もしかすればそのまま黙秘を決め込むかと皆が疑り始めた頃になった時、伏せた顔からふたたびか細い青年の声が漏れた。


「次、俺が意識を浮かび上がらせた時、そこは地獄だった。『上帝剣』の基盤たる校舎を除いて世界は吸い上げられ、それに抵抗しようとしていた知人たちは皆死んでいた。俺は守りたいと願った奴の命を奪い、この手はその血にまみれていた」


 渇いた声の、告解。歩夢の脳裏にもその光景が鮮明に浮かび上がる。

 もちろん、彼の世界を知らないのだから思い描けるはずもないのだが――あるいは、と。


「そして俺は我に返った瞬間に、自身のデバイスで『征服者』の因子を『ユニット・キー』として抽出した。でも、もう世界の崩壊は防ぎ止めようがなく、『上帝剣』を除外すると同時に完全に崩れ去って俺はその衝撃に巻き込まれ、ここに辿り着いた」


 すさまじい話ではある。その場に居た学生たちに容易に吞み込める道理はない。

 しかしそれでも歩夢には、血を吐くようなレンリの後悔と慙愧に、偽りがあるとは歩夢には思えなかった。


「でも、おたくが支配権を手に入れたんなら、もうそれで終いじゃないのか? それとも、やっぱり野心が芽生えて、俺たちの世界にあの『剣』を」

 不穏当なことを言いさした灯一に、棘のある眼差しが四方より寄せられる。こと、銀髪の異邦人の烈しさは半端なものではない。

「悪かった。ただ、気になったもんで」

 首をすぼめた灯一だったが、対するレンリは真摯に応答した。


「……『上帝剣』へのアクセス権限は、その因子を体内に持った、その星の知性体しか行使できない

。世界が崩壊している時点で、俺の『キー』はその大部分を失効していた」

「あれで、残りカスかよ」

 鳴が口端を引き吊らせる傍らで、士羽が疑問を引き継いだ。


「では、『上帝剣』の玉座は依然空位のまま、と?」

 レンリは顔を上げた。だが歩夢とは頑なに目を向けず

「そうだ」

 と、ややあって答えた。

「おそらく『上帝剣』は『征服者』の再選定にかかっている。そして……適性者であれば、一度因子を摘出したとしても再度認定される可能性は著しく高い」


 そこでまたライカが立ち上がった。

 今度は静かに落ち着き払って、いやそう取り繕おうと必死に自制のうえで。

「……つまり」

 手に取ったデバイスの射出口をレンリの額に押し当てながら、燃える双眸で見下ろす。


「オマエが『上帝剣』の始末を上手くできなかったせいで、こうなってると?」

「そうだ」

「そして……オマエがまた破壊者として返り咲くことも、十分にありえる?」

「そうだ」

 レンリは眉間を今まさに焼き貫かれるおそれもあるのに怖じもせず、二度即答して付け加えた。


「最有力候補である俺を殺し、過去の、あるいはすでに芽生えつつあるかもしれない新たな因子を強制的に奪うことは、そう悪い選択じゃない。それが完全に失効する前に『上帝剣』へ干渉が出来れば、もうけものだろう?」


 歩夢はそこで堪らなくなって思わず立ち上がった。

 自分でも驚くほどに靴音を鳴らし、背後でかかる何種かの制止の声も振り切って戸を開けて、その場をあとにする。

 その場に居たくなかった。何も耳に入れたくもなかった。知るもんかと思ったし、正直なところ、そのままライカ・ステイレットに射殺されてしまえとも念じた。

 いくつもの大それた情報(こと)をその矮躯の内に隠しておきながら、自分は兄を気取って過干渉してくる奴自身にも、何だかんだそれに甘えてきた自分自身の心境の変化にも腹が立っていた。

 こんなことなら、何も知らないままで居たかった。何者にも興味も関わりも持たず、ただ与えられた環境を受け入れるだけの、人形で良かった。


 ――つまるところは何もかも、自負する通りレンリ(あいつ)が悪い。


 ~~~


 ライカが身を退いた。興奮してぶり返してきた痛みのために、退かざるをえなかったのだろう。憎悪によるしかめっ面が、さらに苦悶と悔しさで歪んでいる。

「……ライカさん、今はムリでしょ。色々と」

 案じて伸びる相棒の手を振り払って、歩夢に追従するかたちで彼も倉庫を後にした。

 ややぎこちなく笑みを取り繕い、嶺児も退出する。


「まぁなんだ。お互い言いたいことは色々あるだろうが、今はアタマ冷やしとけって。オレも実は今、思いがけず情報の洪水ワッと浴びせられてめっちゃテンパってるし」

「あと、時間とルートは分けて出てった方が良い。まとまって動いてると会長に捕捉される」


 という灯一と桂騎の提案に従って、一同が解散という運びとなった。

 もっとも後に出て行こうとする鳴を呼び止めたレンリは、

「鳴、あの娘のことを頼む」

 と念を押すように頼み込んだ。

 下げられた黒い頭を冷ややかに見下した少女は、

「言えた立ち場か、アンゴルモア大王」

 と声を低めて返した。

 いつものような暴力を振るわない辺りに、本気の怒りと呆れと感じさせる。

 言えと迫られ、言えばこういう対応を取られるのは多少の理不尽感が伴うが、冷遇されても仕方のない裏切り者だと自嘲する。


 最終的に後に残ったのは、士羽とレンリ、そして意識があるのかないのか判然としないままに仰臥する白景涼である。


「……お前は出てかないのか? 士羽」

「さすがに白景涼をこの状態で『旧北棟』に送り返したら、南部あたりが激怒しますよ。不可抗力とはいえ、詫びも兼ねて看病ぐらいします」


 殊勝な物言いだが、どうしても褒める気にはなれないのはいつものことだ。

 それのみが、本心ではないと知っているためでもある。


「……話すべきことは話したぞ。命綱はすべて投げ出した。殺すなら殺せ」

「さて、どうでしょうね。私の見立てるところ、まだはぐらかしている部分がある」


 士羽は椅子ごと身体を移動させて、レンリと向かい合う形を取った。

 膝を揃え、上体を曲げる姿は、さながら海外の刑事ドラマにおける拷問シーンのように気取ったものだった。


「ほー、例えば?」

「先に貴方がふいに漏らしたことですよ」

「何を?」


 これについては韜晦ではなく、本気で判らなかった。自分でも必死に軌跡や考えを整理して、なんとか理が通っているかのように語ってみせたのだ。どこまでのことを語ったのか、正直レンリ自身に実像が掴めないでいる。


「貴方は、『上帝剣』の基盤を校舎(・・)と、言った」


 意図的に節を区切って士羽が言った時、その迂闊さをレンリは悔やんだ。

 別にそこまで強いて秘していたことではないにせよ、不覚な失言であったことは確かだ。


「……ずっと、疑問に思っていた」

 と士羽は名探偵よろしく続けた。


「貴方はその異形、異世界からの来訪者にも関わらず、最初から妙に世慣れしていた。その一方で、一部の認識にわずかなズレや、本来起こり得ない見当違いが散見された……まるで、別のどこかではそれが既定の事実であったかのように」


 双方の息遣いが、一瞬完全に合致した。

 そのことに忌々しく碧眼を絞る異境の使者に、この世界の探究者は初めて深くその真実に踏み入ってきた。




「異世界は異世界でも貴方が居たのは、並行世界(もうひとつ)の剣ノ杜学園だ」

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