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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(2)

 空気の張り詰め方は、征地絵草が現れた時に匹敵する。

 だがそれ自体の発する気配そのものが、まるで違っている。


 絵草は曲がりなりにも人間の形を取っている。人の言葉を話し、一応は筋の通った思考を組む。

 レギオンは人間を宿主とする異形だ。だが、習性は獣のそれで、明確な自我はない。

 が、この全身を凶器と換えた怪人は、明確な理性がある。絵草の言葉に反応し、ゆるやかに首を巡らせるゆとりと情緒がある。


 異物感は、そこから来る。

 まるで宇宙人が突如目の前に飛来してきたような心地を、その場に居合わせる全員が味わったことだろう。


「あ」

 誰かが声をあげた。誰しも、その怪物を一時も怠ることなく注視していたはずだった。

 にも関わらず、その誰の視界からも消えた。

 次にレンリが現れたのは、絵草のすぐ左手であった。


「なっ!?」

 驚く間もなく、無敵の生徒会長の身体が不意打ちの横槍によって飛んだ。この場に並居る実力上位者相手にさえ苦戦というものをまるでしていなかった女が、まともに攻撃を喰らった。


 高速移動。否、軌道が見える見えないどころか風の流れさえ感じない。

 瞬間移動。否、時空が歪む、と言うよりかは壊れる、隔てるものが砕けて割れる、という表現(おと)が正しい。


 とにかくレンリを名乗っていたこの怪物は、一度この世界から間違いなく消失していた。そして間も置かずして再び現れた。


「大丈夫か?」

 瓦礫の山に突っ込んでダウンした絵草から自分たち、というよりも歩夢の無事を確保したレンリは、その腕を差し出した。

 だが、脳裏を過ぎるのは悪夢。差し出した彼の手で心臓を貫かれる間際の幻影。

 咄嗟に歩夢が伸ばした手は、レンリを拒絶し振り払うために使われた。


「……」

 強かに打たれた自身の掌をじっと見下ろすレンリの表情は、その凶悪な鳥のマスクに隠されている。

 だが、感情を押し殺し声を絞る。

「鳴……この娘を、頼む」


 言わずもがな、鳴は動いた。

 よろめきながらも立ち上がり自身の小脇に歩夢を抱えて間を置いた。それは、両者の戦いから、というよりもレンリ自体からという向きがある。


 絵草の埋もれていた瓦礫の山が、内側から消し飛んだ。

 閃光の速度と輝度をもって、たちどころに体勢を立て直して討って出たきた絵草の刺突は、レンリの外殻を掠めて火の華を咲かせた。


 有効打ではない、と判断した彼女は咄嗟に二転、三転と身を切り返し二種の太刀筋を閃かせ、肉薄する。息をつかせる間もなく切り立てていく。


「妙な術を使うようだが、所詮は士羽の延長線! ならば転移する暇を与えず攻め抜くのみ!」


 と気炎を発し、その猛攻には一瞬時の緩みもない。

 果たしてその読み通り、世界を越える暇はない。代わりにレンリは、尋常ならざる飛距離と速度で飛び退いた。


 だがそれさえも、絵草の案の内である。

 いつの間にか頭上には、十字の砲台が展開されていた。光線を放つ。それも直接的な落下ではなく、互いが互いを弾き、跳ねさせ軌道を変えて。不規則な弾道が檻のごとくにレンリを捉え、捕らえ、やがては彼を終着点として集約されて爆ぜた。


 攻勢成れり。だが、絵草の表情は晴れない。その眩さの向こう側で、何かを認め舌打ちする。


 全弾、カラスの異形には届いていなかった。

 彼が突き出した掌を起点として、異空間が彼の周囲を覆っていた。

 ヒビ割れたガラスのように。古ぼけた遊園地のミラーハウスのように。多元的に広がる色と景色。

 その中に、断片的にこの世ならざる何かが差し挟まれている。その場所に、必中必殺であったはずの絵草の砲撃は裁断され、乱反射しつつ飲み込まれていく。誘い込まれ、深淵へ沈められて、消滅した。


「くっ」


 歯噛みしながらも、絵草はなおも攻勢を諦めない。第二第三と弾幕

 一時でもそれを絶やせば、この未知の怪物の反攻を受けることを、肌身で感じ取っているがゆえに。


 なるほど確かに、その絶え間ない猛攻の甲斐もあって、またそれが空間にさえ干渉するという最上級の『ユニット・キー』によるものであるがために、レンリを保護するその断片が貫かれて破砕された。

 だが、それでもレンリには届かない。

 その絶対的な隔絶の先で、おもむろにレンリは腕を持ち上げて軽く手を畳む素振りをした。


 転瞬、絵草の周囲の世界が一転した。

 赤くひび割れた大地。燃える草。焦げ付いて散らばるコンクリート片。彼女の周囲だけが、まるで切り取られたかのようにその地獄の様相を呈している。ついには飛ばす斬撃砲撃それ自体が、まるでテレビの前の出来事であるかのようにその境界を隔てて無力化される。どこかなりに消えていく。


 その絵草の攻撃が、ついに止んだ。

 諦めたわけではなく、にわかに総身を震わせ、苦しみ出していた。

「か……はっ……!?」

 喉元を押さえて必死に呼吸をくり返し、喘ぐ口元からは血が吹きこぼれ、内から襲う苦痛に背を丸めていた。


「無駄だ」

 その攻勢を、抵抗を、カラスの怪物はそう断じた。


「『征服者』は世界をみずからの色へと塗り替える力。ホールダーの恩恵で最低限の生命維持は出来ているが、本来であればそこは人の棲めない領域。息を吸うたびに肺は焼かれ、身じろぎの都度に血管は破れる……悪いことは言わん。退路は用意してやった。諦めてくれるのなら、俺からは何もしない」


 その言葉通り、絵草の背の領域、その線引きがあいまいになっている。

 勝ち目がない今、撤退あるのみ。レンリも、そして歩夢たちを含めた周囲にいる人間もまた、そう考えていたし、むろん絵草にも同様のヴィジョンが一端なりともあったことだろう。


「――舐めるなよ、化物(コンキスタドール)

 が、むしろその気遣い遠慮が、彼女にその選択肢を捨てさせた。


「うだうだと理屈ばかりを並べる、愚かさ、よ!」

 吐き捨てる呼気はひゅうひゅうと悲壮な音を立てる。

 なお刀剣を揮う。すべてが拒絶され虚無に呑み込まれていこうと、代わり己の内外が焼かれようとも、彼女は攻撃を再開させた。


「グレードだの特性だのと異常な世界で論じたところで、何の意味もない! 道理などない! 無理を通せばそんなものは引っ込む!」

「……それ最初にここで言ったの、あんたでしょ」

 指導者が言うべきではない暴言に、歩夢は思わず小さくぼやく。


〈クルセイダー・制圧爆撃〉


 捨て鉢の特攻か。絵草のクレイモアが再び砲台を吸い上げて輝度を増す。

「キェェェェェェェ!」

 地を揺るがす膨れ上がった黄金の一太刀を大上段から片手で振り下ろした。

 最大出力で放たれる斬光は、さすがに消却しきることはできないようだった。が、それでも絶対的な隔絶を前に防がれ、むしろその反動により絵草の身体が望まずして後ずさり、真空状態にさらされて肌には無数の刀痕のごとき裂傷が生じていた。


「おい、やめろ! 本当に身体がバラバラになっちまうぞ!?」

 と、気を揉んだのはむしろレンリの方だった。

 だが当人はお構いなしに、

「退ぁぁがぁぁるぅぅなぁぁぁ!」

 などと、横暴で無謀な陸軍士官のように己の肉体を叱咤する。もっとも、声だけ強めても効果などなく、むしろ体力を消耗するだけだったが。


 みしり、みしりと音を鳴らして軋むのは、果たして世界の境界か、彼女の骨か。

 そこに来て生徒会長は、左手に在る大刀を振り上げた。

 そしてあろうことか――自身の足の甲に刀身を突き立て楔とし、後退していく己と地面とを縫い付けた。

「はぁっ!?」

 愕然とするレンリの動揺が、自身の能力を撓ませたのか。

 あるいは、それこそ無理を押し通さんとする絵草の一念か。

 



「良いからとっとと、到達(とど)かんかァッ!!」




 獅子哮とともに、絵草は最大級の剣閃を振り切った。

 そして不抜の障壁であった世界の垣根を突破し、斬撃は勢いそのままに『征服者』の肩口へと吸い込まれるようにして軌道を描いて直撃した。

 まばゆい輝きつんざくような音とともに爆炎が彼を覆い包んだ。

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