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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第二章:上帝の、ツルギ
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(2)

 教室に戻ることも許されず、怪力女に抱きかかえられたままに、歩夢が連行されたのは南に位置する高等部本棟にある保健室だった。

 そこに至るまでにどこをどう通ったかは知れない。だが桂騎同様に、どこをどう通れば良いかの手順を、この女もまた経験からわきまえているようだった。角を曲がるにも扉をくぐるにも、迷いというものがなかった。


 扉を開けると、薬品の刺激臭……ではなく、ほどよく煎じた茶葉の香りが漂った。その中心にいる、自分よりも年上の少女に、


「……あ?」

 足利歩夢は、抱えられたまま忌憚なく不審を顔に出した。


 あまり人の美醜に関心を持たない歩夢から見ても、彼女は美少女と呼称するに足る。だが、そこには『氷の』だとか『鉄の』という比喩も付け加えられる。


 絹のような、細く長く、そして均一な髪、眉、そして手足。

 緑色のかかった、冷たい輝きを放つ瞳。完璧とも言うべき目鼻立ちの造形。

 だが、その端正さは隙のなさとの裏返しだ。決して男の食指の伸びるタイプの美貌ではない。


 髪の端から爪先まで、その神経質なまでの徹底ぶりは、工業製品とか、あるいはそれを製造する工場に、趣を見出すにも似ていた。

 とすれば、その肢体を保護する白衣とブレザーの上下は、包装かコーティングか。


「ただいま」

 と鳴は言った。


 だが彼女はそれに言葉を返さない。

 苦笑しながら、鳴は歩夢を床に置く。

「珍しく大漁だぜ?」

 などと茶化す鳴をよそに、起き上がりながら睨み上げる歩夢の咎め視線を無視して、まっすぐに彼女の腰元へと歩み寄った氷の女は、鳥をあしらったその機械を指で操作すると、取り外した。


「何故、貴方がこれを持っている?」


 両サイドに展開していた翼が格納されたそれを手に持ちながら、目と同様な冷ややかさで問う。

 だが、その答えをあいにく歩夢は持ち合わせていない。これがなんなのか。どういう原理でどんな代物からエネルギーを生み出しあんな魔法を生み出しているのか。どれほどの価値があり、この目の前の女がなにを重要視して問いかけ、どんな関わりを持っているのか。竿竹屋は何故潰れないのか。


 要するに逆に聞きたいのはこっちだ、という気分だ。


 歩夢は投げやりに視線をカラスに送った。


「そいつの持ち物らしいから、そいつに聞けば?」


 女は、初めてその存在に気がついたかのようにカラスへと首を向けた。


「何ですか、この珍妙なレギオンは。……理性を保っている?」

「レギオンじゃないってば。ずいぶんと不躾なヤツだが、そういうお前さんは誰さんよ?」


 スネた調子でカラスが口を尖らせる。いや実際問題、嘴は尖ってはいたけれども。


「維ノ里士羽」


 簡潔に、淡々と、みずからを意味する五字を口にする。初めて聞いた人間には、それが少女のフルネームだと判断するのに数秒以上要したことだろう。

「…………」

 現に、尋ねた側のカラスが、その碧眼を見開いたままに、翼を突っ張らせて硬直していた。


「名乗るだけ名乗らせて、自分はノーリアクションですか」

「いや……聞いた名前が出てきたな、と思ってな」

 動揺を抑えきれないまま、カラスは言った。


「そりゃあ、あたし知ってるぐらいなら、そっちの名前もわかるよな」

 担いでいた残りひとり、あの顔のない怪物からはじき出された女子生徒をベッドに寝かせながら、鳴が失笑を含ませて言った。

「こいつらの生みの親なんだから」


 担いでいた間も絶えず握っていた鉄の牛を、ようやく鳴は床に放り出した。

 そのまま自身も、細長い呼気を吐きながらベッドに四肢を投げ出した。


「鳴」


 士羽が声の楔を打つ。

 それ以上の情報の開示は、不要と。だから歩夢たち(お前ら)も、余計な詮索をするな、と。

 緊迫と、膠着が生ずる。

 その中を動いているのは、士羽だけだった。


 回収した鉄鳥を手近なトレイの上に置く。自動的、といっても過言でもない慣れた手つきで、ティーポットから一人分の紅茶を淹れている。

 だが、相手のことを探りかねているのは、この女も同様のはずだった。


 それぞれが、それぞれに知り得ない情報を握っている。

 そして極力相手に手の内を見せないよう、かつ相手から情報を主導権を奪えないかと模索している。


 まるで互いを意識する男女が、相手の趣味や嗜好や恋愛事情を探るように。

 でなければ、真っ暗闇の中で殴り合いでもするように。


「――日ィ暮れるぞ?」


 鳴が寝返りを打つ。シーツが擦れる音とともに、呆れ声をあげる。


「あんたがだんまりを決め込むなら、あたしから説明してやってもいいけどな」

「鳴」

 再度名を呼ぶ。だが、強制力になるほどの強さはなかった。

「このままじゃ埒が明かねーだろ。それに、あれが見えるようになった時点で、無関係じゃいられない」

 カーテンと、その奥の窓越しに伸びる剣の巨影に、鳴は顔を向けた。

「その場合は説明と保護の義務が生じるっていったのは、イノ、お前自身だ。それはたとえ相手が新入生だろうと鳥類だろうと変わりはない、だろ?」


 滔々と鳴は道理を説く。

 割と強引なきらいはあるが、この場合さらに頑ななのは士羽のほうだ。

 本人もそれは認めるところではあるのだろう。わずかに息を詰まらせた。


「俺からも頼む」

 ふざけたナリのその鳥類は、外見とは裏腹に、妙にまじめくさった調子で頭を下げた。


「少なくとも、この娘には知る権利があるはずだ。その代わり、あの剣に関して俺が知っていることも話す」


 カラスは自身のイニシアチブをあっさり放棄することを選んだ。

 全員で情報の共有することを優先した。


 歩夢がポッキーを噛み終えるまで待つかのように、ややあって士羽は息をこぼした。

 それは、カラスや鳴の提案に、肯定はせずとも妥協をしたということの、意思表示でもあった。


(いや別に、私は知りたくもないんですけど)

 と言える雰囲気でもなく、話は歩夢を差し置いて進んでいくようだった。

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