表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
129/187

(20)

 足利歩夢は、夢を見る。

 臥した人々で描かれる曼荼羅。砂土を焦がす熱。破壊された庭園。崩落する校舎。

 そして為す術もなく倒れる自分自身。


 ――まさに、目の前に広がるこの光景そのものであった。


 いつかの夢と今この現とが、多少の差異はあるにせよ重なった時、煉獄の炎の渦底に、死者の貌を見た。


 的場鳴がいた。

 白景涼がいた。深潼汀がいた。澤城灘がいた。楼灯一がいた。

 他にも数え上げたらキリがない。見覚えのない顔触れもいる。

 ただ共通して言えることがある。


 死んだ。皆死んだ。

 誰一人として生きてはいない。誰しも、五体満足ではない。人の形を保てているだけでも半数を割れる。いや、一人最後立っている。

 目の前の、征地絵草。

 同じように自分を睨み、迷い、躊躇一切なく剣を振る。

 それがあの夢の前のことなのか後のことなのかは、定かではないが。


「その鳥を渡せ。もしくは責任を取って貴様が殺処分するというのなら、それでも良い」

 その絵草の恫喝が、遠く濁って聞こえる。


 結局のところ、あれは何だったのだろう。

 ただ一つ、確かなことがある。


 ユメであろうと現だろうと、フェイクだろうと真実だろうと。

 常に『上帝剣(アレ)』が、そこに在る。

 変わらない威容を顕示している。


『そいつは他人や物事に興味がないくせして、本質(モノ)だけはしっかり眼が届いてやがる。ヘタ打ちゃ、どう転がるか知れたもんじゃねぇ』


 いつかの縞宮(だれか)が歩夢のことをそう評していた。

 まったくもってその通りだと自分自身でも思う。

 その性質が言っている。

 やはり総ての真実は、あの剣の中にこそあると。


(まぁそれは、誰にとっても明らかだけど)

 それでも、触れれば、受け入れれば、あるいは判然とするのかも知れない。

 わざわざ手順も理路整然とした解も必要なく、手っ取り早く。


 そうして掲げて見せた手が、無言が、反抗の表れと見て取れたらしい。


「そうか」

 短く言って合点した生徒会長は、双剣を振り上げて

「ここに足を踏み入れたうえ私の温情を拒むか。それで蒙昧に掲げられた両腕が穏便に済むと思うなよ」

 無慈悲な宣告とともに、歩夢の手へと叩きつけられようとした。

 もはやそのことにも、恐れもなく、現実味が薄い。屋上で敗北した士羽や、鳴が、意思と気力を取り戻してあらん限りに声を振り絞るが、それも遠い。


 この瞬間、足利歩夢の感覚は二極化していた。

 すなわち、『上帝剣』に漠然と向けられた陶酔と、自身の腕の中よりすり抜けた、カラスへと。


 歩夢と絵草の間に割り込んだレンリの身体が、一瞬の光芒の後に輪郭を変えた。人の姿になった。細やかな男の影となった。


 逆光の中で男の手には、黒い金属質の筐体が握られていた。

 胞胚のように、いくつもの分裂体が緑の閃光で区切られて分かれている。そのうちの一個を親指で押し込むと、


〈オルガナイザー・アーカイブ〉

 と、その物質の個体名らしき単語と起動音を人工音声が唱え、一個一個のがプラネタリウムのように空へ『ユニット・キー』の名称と思しき羅列(リスト)と映像とを照射する。


 その画面の内に手を突っ込んだ後に引き抜くと、そこには孔雀の羽のごとく極彩色の焔が渦巻く『鍵』が握りしめられていた。


〈コンキスタドール・ロバンド〉


 それを手にする自体が苦痛であるかのように、わずかに髪の隙間から覗く奥歯を軋らせ呻き声を絞り上げ、青年は箱の本体へとそのキーを叩きつけてねじ回した。


 箱が切れ目に沿って分化する。一個一個が形を変えて、男の全身を覆い包み、変形させる。

 爪に翼に、肌に、羽毛に、嘴に。

 武器に。外骨格に。無数の鍵に。兜に。


 異形の総身をもって、彼は迫り来る斬撃を受け切った。

 絵草の双眸が共学に見開かれたのも束の間、

「そうか、貴様が、貴様の如き者を言うのか……!」

 と納得してみせた。

 その感情の推移は、この刹那を目撃した生徒全員と同じものであったことだろう。


 あぁ、それについても。

 気づく機会はいくらでもあった。推察することは容易に出来たはずだ。

 出来てなお、自分はその答えから目を伏せた。

 当然の疑問であった。行き着くべくして行き着いた帰結であった。


 彼は、カラスは、レンリは、異なる世界より来訪してきたという。

 『上帝剣』が選び、変貌させられた怪物(にんげん)によって滅んだ世から。


 ――であれば、その地獄からやってきたこいつは、一体なんだ?


「『征服者(コンキスタドール)』……!」


 夢にあって現に欠けていたもの。

 その最後のピースが当てはまった時、誰の目にも明らかなほどに、真実の絵図が示されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ