(20)
足利歩夢は、夢を見る。
臥した人々で描かれる曼荼羅。砂土を焦がす熱。破壊された庭園。崩落する校舎。
そして為す術もなく倒れる自分自身。
――まさに、目の前に広がるこの光景そのものであった。
いつかの夢と今この現とが、多少の差異はあるにせよ重なった時、煉獄の炎の渦底に、死者の貌を見た。
的場鳴がいた。
白景涼がいた。深潼汀がいた。澤城灘がいた。楼灯一がいた。
他にも数え上げたらキリがない。見覚えのない顔触れもいる。
ただ共通して言えることがある。
死んだ。皆死んだ。
誰一人として生きてはいない。誰しも、五体満足ではない。人の形を保てているだけでも半数を割れる。いや、一人最後立っている。
目の前の、征地絵草。
同じように自分を睨み、迷い、躊躇一切なく剣を振る。
それがあの夢の前のことなのか後のことなのかは、定かではないが。
「その鳥を渡せ。もしくは責任を取って貴様が殺処分するというのなら、それでも良い」
その絵草の恫喝が、遠く濁って聞こえる。
結局のところ、あれは何だったのだろう。
ただ一つ、確かなことがある。
ユメであろうと現だろうと、フェイクだろうと真実だろうと。
常に『上帝剣』が、そこに在る。
変わらない威容を顕示している。
『そいつは他人や物事に興味がないくせして、本質だけはしっかり眼が届いてやがる。ヘタ打ちゃ、どう転がるか知れたもんじゃねぇ』
いつかの縞宮が歩夢のことをそう評していた。
まったくもってその通りだと自分自身でも思う。
その性質が言っている。
やはり総ての真実は、あの剣の中にこそあると。
(まぁそれは、誰にとっても明らかだけど)
それでも、触れれば、受け入れれば、あるいは判然とするのかも知れない。
わざわざ手順も理路整然とした解も必要なく、手っ取り早く。
そうして掲げて見せた手が、無言が、反抗の表れと見て取れたらしい。
「そうか」
短く言って合点した生徒会長は、双剣を振り上げて
「ここに足を踏み入れたうえ私の温情を拒むか。それで蒙昧に掲げられた両腕が穏便に済むと思うなよ」
無慈悲な宣告とともに、歩夢の手へと叩きつけられようとした。
もはやそのことにも、恐れもなく、現実味が薄い。屋上で敗北した士羽や、鳴が、意思と気力を取り戻してあらん限りに声を振り絞るが、それも遠い。
この瞬間、足利歩夢の感覚は二極化していた。
すなわち、『上帝剣』に漠然と向けられた陶酔と、自身の腕の中よりすり抜けた、カラスへと。
歩夢と絵草の間に割り込んだレンリの身体が、一瞬の光芒の後に輪郭を変えた。人の姿になった。細やかな男の影となった。
逆光の中で男の手には、黒い金属質の筐体が握られていた。
胞胚のように、いくつもの分裂体が緑の閃光で区切られて分かれている。そのうちの一個を親指で押し込むと、
〈オルガナイザー・アーカイブ〉
と、その物質の個体名らしき単語と起動音を人工音声が唱え、一個一個のがプラネタリウムのように空へ『ユニット・キー』の名称と思しき羅列と映像とを照射する。
その画面の内に手を突っ込んだ後に引き抜くと、そこには孔雀の羽のごとく極彩色の焔が渦巻く『鍵』が握りしめられていた。
〈コンキスタドール・ロバンド〉
それを手にする自体が苦痛であるかのように、わずかに髪の隙間から覗く奥歯を軋らせ呻き声を絞り上げ、青年は箱の本体へとそのキーを叩きつけてねじ回した。
箱が切れ目に沿って分化する。一個一個が形を変えて、男の全身を覆い包み、変形させる。
爪に翼に、肌に、羽毛に、嘴に。
武器に。外骨格に。無数の鍵に。兜に。
異形の総身をもって、彼は迫り来る斬撃を受け切った。
絵草の双眸が共学に見開かれたのも束の間、
「そうか、貴様が、貴様の如き者を言うのか……!」
と納得してみせた。
その感情の推移は、この刹那を目撃した生徒全員と同じものであったことだろう。
あぁ、それについても。
気づく機会はいくらでもあった。推察することは容易に出来たはずだ。
出来てなお、自分はその答えから目を伏せた。
当然の疑問であった。行き着くべくして行き着いた帰結であった。
彼は、カラスは、レンリは、異なる世界より来訪してきたという。
『上帝剣』が選び、変貌させられた怪物によって滅んだ世から。
――であれば、その地獄からやってきたこいつは、一体なんだ?
「『征服者』……!」
夢にあって現に欠けていたもの。
その最後のピースが当てはまった時、誰の目にも明らかなほどに、真実の絵図が示されたのだった。




