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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(18)

 的場鳴の、脚を折る。

 聞こえよがしに発せられたその宣言に、物陰より歩夢は眉をひそめた。

 冷静な部分で、

(そこは、殺すって言うとこじゃないの?)

 と首をひねったはいたが。


「こう思っているのだろう。『ダイレクトに殺すって言った方がより危機感を煽れるのではないのか?』と」

 当たらずとも遠からずといったところの先読みとともに、中央に陣する生徒会長は言った。

「だが、今までゲーム感覚で『鍵』を弄んできた者に生死をちらつかせたところで、にわかには説得力を持たないだろう……対して痛みというのは身近なものだ」

 強く足裏に力を込めれば、未だ意識は戻らないながらも、鳴の口端からは苦悶の声があがる。

 迫真とも言うべきその断末魔に、反射的に歩夢の身体も反応した。


「そして人体というのは丈夫なようで意外なところで繊細でな。たとえ『衛生兵』を使ったとて、折られた骨が完全に修復できるとは限らないぞ。まして、スポーツなどするのであれば元のように動けなくなる」


 この女は、知っている。

 今自身が足蹴にしている同学年生の素性も。歩夢たちとの切っても切れない関係性も。

 そのうえで、さらに加圧しつつ


「彼女がまだ陸上に未練を持っているか、聞いてみるかな? 全て終わった後に『アスリートとして君は再起不能になったけど、まぁどうせ使わない脚だし大丈夫だよな?』とか」


 と脅し文句を平然と垂れ終わる前に、レンリは校舎に飛び出した。

 歩夢は引きずられる形でそれを追った。

 外に出ればそこはすでにして死地。出てくるのを待ち受けていた十字の浮遊砲台が、三方を取り囲んで今まさにレンリを打ち砕かんとしていた。


「っ!」

〈重装歩兵〉


 一足遅れて追いついた歩夢がその軌道上に割り込む。

 展開したエネルギーの大楯はただ一撃で打ち砕かれ、その反動で実は転がり落ちる。直撃は避けたにもかかわらず、重い痛みが身体の節々に負荷をかけて、刹那的な自分の判断と行動に猛省を促してくる。刃向かったことが馬鹿馬鹿しくなってくる。


 これが、最高位。これこそがグレード5とのスペック差なのだろう。

 ……だとしたら、それに丸腰で突っ込んでいったこのカラスは、いったいどういうつもりなのか。どこまで自分の身を粗末にすれば満足するのか。


「おい、歩夢! 大丈夫かっ」

 だが、それでもレンリ自体の救出には成功していた。

 逆に彼女の身を案じるカラスの頭頂を手のひらで押さえつけて、それを支えに立ち上がる。


「そりゃこっちのセリフ……てか、こんなんに突っ込んでくとか頭に心配したくなるわ」

「……俺は、良いんだよ。俺の命に、鳴の脚とかお前に釣り合うほどの価値はない」


 ――また、これだ。

 何もない時に率先して身投げしようとするわけではないものの、いざ目の前にロープが掛けられていたのなら、迷わずそこに首を絡ませる。命の投げ出すタイミングを常に求めている。


 そしてそのことに、歩夢(自分)は何をそんなに苛立っているのか。


「その程度の『キー』しか持たずこの私の前に立つ度胸は認めてやるが」


 呆れるような絵草の顔は目前。

 見上げれば、整列した第二陣。

 気がつけば、すでに第二射間近。

 

「せめて意思統一ぐらいは図ってから挑め」


 無慈悲な声調はさながら死刑宣告をするがごとく。

 その彼女の意図に応じて乱射された光が歩夢もろともにレンリを貫かんと無数の放物線を描いた。


 ――が、次の瞬間それは霧散した。幻影であったかのように、十字の砲台もろともに、そして絵草の握るクレイモアごと消えた。

布告(エディクト)・グレード5・クレリック〉

 絵草が心変わりして情けを持った、というわけではないらしいことは、振り上げかけたまま宙に持ち上げられた腕と、虚を突かれたように見開かれた眼から明らかだった。

 そして、その直前に鳴り響いた大鐘の音と、それに交じ入る、透き通った男の人工音声。

 何者かの意図がそこに差し挟まれたのは、明白だった。


「……ほう?」

 絵草は一度、剣を握りしめていた手を開く。そこには元に戻っていた鍵があった。


「ようやくのお出まし、というところか」

 と、距離を置こうとする歩夢らは捨て置き、おもむろに絵草は視線を中空へと持ち上げた。

 その眼差しの先、二階の窓の手前に一人の少女が器用に踵のみで立っている。

 白衣といい、右手に持った三日月をあしらった細柄の杖といい、どこか中世の裁定者もしくは大神官めいた雰囲気を持っている。

 しかしてその実態は、隠者の振る舞い。維ノ里士羽は、上衣の裾をはためかせながら地上へ、歩夢たちのと降り立った。


「ストロングホールダーにはそれぞれに役割がある」

 あるべき話の流れを断ち切り旧友の言葉をまるで無視して、彼女は淡々と解説を始めた。

「威力偵察用のSCタイプ。有害な環境下で生命活動を維持するLSタイプ。汎用性を持たせたCNタイプ。レギオンを支配下に置きそれをもって難所の調査に当たらせるFSタイプ。さらにより侵入困難な場所へと探査のために非人型レギオンを生成するSAタイプ。『ユニット・キー』促進と増産を目的とするはずだった(・・・・・)CWタイプ……そして、障害物除去のためのWGタイプ」


 碧の混在する瞳で冷ややかに絵草の腰の装置を睨み据えた。


「対して私の専用機CMタイプは、鎮圧……起動した一帯から、セットした『ユニット』と同グレードの『キー』を無力化する」

 手持無沙汰ぎみにみずからの凍結されたデバイスを指で弾きながらも、泰然と絵草は構えている。

「貴方のような、本来の役割も忘れ暴走した自浄機械を制圧するためのストッパーですよ」

 そううそぶく士羽に対し、絵草は肩を揺すって笑い声を立てた。


「ではお前は自身の役割を果たしていると言えるのか?」

 と問いを投げ返す。

「今だってそうだろう。お前はその力により私と白景涼の戦いを停止することも可能だったはずだ。だがそれを静観していた。大方、グレード5同士が全力でやり合った場合のモデルケース、『上帝剣』に及ぼす影響を観察する好機、とでも考えたのだろう」


「……いや、単純に出る機会見失ってただけだぞ」

 ボソッとレンリが歩夢の腕の中で呟いた。


 渋い表情を作る彼女に、絵草は畳みかけるように言った。

「役割を放棄したのはどっちだ? 私は私のすべきことをしたまで。学園の剣として、その害となるものを排除する。だがお前はどうだ? 背を向け閉じこもった先に、真実とやらは視えたか?」


 挑発的な物言いに、士羽は返す言葉もない。もはや問答は無用とばかりに一方的に会話を打ち切って、杖の頂にある三日月を突きつける。

「このまま鳴たちを置いて立ち去れば見逃してあげますよ。貴女の天敵である私が現れて『キー』を展開した以上、勝ち目はない」

 だがその恫喝めいた持ちかけを、絵草は一笑に付した。


「――お前こそ、忘れていないか?」

 ブレザーのポケットからまた別の『鍵』……銀色に輝く刀と三筋の剣閃を模した飾りのそれを見せつけつつ、問いを重ねる。


「確かに最高位を含めた各グレードを封じられるお前の能力は脅威ではあるが」

 と、鍵を腰の鞘に納めれば、

剣豪(ソードマスター)

 と低い音が文言を綴り、新たな武器……一口の日本刀を鍛造した。


「私もまた、お前にとっては天敵なのだよ。士羽」

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