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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(16)

「建物の中に逃げろ……」

「え?」

「速くッ」


 レンリの鋭い声が飛び、それの合理性を確認するよりも速く、歩夢は裏手の校舎へと駈けだしていた。

 刹那、天の十字が各一基ずつ、光の筋を地上へと垂らす。

 寄り集まったそれは、傍目には流星群に見えないこともない。だが、明確にそれらと隔てるのは、この星々には明確な質量と熱量を伴っていたことであった。


 地に触れ、物に触れ、人に触れる瞬間、それは爆ぜて一個ごとに尋常ならざる光を放出する。

 天地がひっくり返るのかと錯覚せんばかりの地割れが起こり、地表は捲れ上がる。


 咄嗟に急進した歩夢でさえ、あわやその投下に巻き込まれるところだった。が、図らずも爆風に押し出されるかたちで、校内に飛ばされて難を逃れた。


 ~~~


「……南洋、ナメんなよ」

 その範囲攻撃の中、ゆらりと立ち上がる男の影があった。

 南洋分校管理区長相当、縞宮舵渡。

 その爆音の中、再覚醒した彼の足下には、すでに全力をもって防戦と迎撃に当てていたであろう破片類が散在していた。


 だが『バルバロイ』の攻勢とホールダー自体の防御性をダメージは貫通し、服は擦り切れ生皮は裂けて出血し満身創痍。それでもなお、右に提げるのはホールダー。左肩を喪心中の灘に貸して立ち上がって吼えた。


「こんな雨あられなんぞ屁でもねぇやなッ、俺様たちを倒したけりゃあもっと」


 ……正確には、吼えかけた。

 次の瞬間には、通りすがり様の絵草より放たれた神速の裏拳が、その横っ面へと炸裂した。

 激流さえも乗り切ったその体躯が、小娘の一撃によって地を離れる。爆風に破られた窓へと灘もろともそのまま投げ込まれ、還って来る気配がなかった。

 それを追い討つでもなく、さして歩夢を執心して追い回すでもなく、絵草の、ただ夕陽の煌めきを照り返す双眸が、暮色の中に浮いている。


「面倒だ。全員来い。横暴な生徒会長さまに直言ないし直撃を呉れてやれる、希少なチャンスだぞ?」

 などと挑発的に笑い掛けつつ、絵草が付け足した。

「――もっとも、私の至近まで参上できれば、の話だがな」


 ~~~


 十字型の小型機が、とうとう鳴たちのいる棟にまで侵入してきた。

 舌打ち交じりに迎撃せんとする鳴だったが、あのノッポをはるかにしのぐ物量と個々の火力には一矢とてねじ込む隙がない。這う這うの体で逃げるのが精いっぱいであった。

 外から伝わってくる振動は命の危険を感じる。まるで唐突に戦争映画の中に放り出されたか、学校がテロリストに占拠されただとかという益体もない妄想が現実化したかのような、そんな絶望感がある。


(イノから為人と聞いた時は話盛り過ぎだろと思ってたが、色々ととんでもねーな、あの会長)

 一秒とて足を止めることは許されない。だがふと観察もかねて窓の外を見た瞬間、ある所感が生まれた。


「なんか……」

 本来は容易に自分の感情を口にはしない鳴ではあったが、これは忘我とともに呟かざるをえなかった。


「殖えて、ないか……?」


 そう認識してから、把握するのは早かった。

 一基からまた一基、間断なく地上に射撃を投下しながらも、その都度小刻みに震えつつ、左右に割けるようにして分裂していく。

 時間経過による、増殖能力。


 ――これが、『クルセイダー』。これが、征地絵草。

 個にして無敵の軍容、無尽蔵の兵器庫、不抜の王城。

 一たび発動すれば、余人に留めることは、できない。


 それを悟った時、諦観は知れず鳴の膝から気力を奪い、停まり、頽れようとしていた。

 次の瞬間、鳴は後頭部に、風音を感じた。浮遊する気配がかすめた。

 ――反転と反撃は、間に合いそうになかった。


 だが、その間に大柄の人影が割り込んで来た。その手に握る棍のごときものから発せられる雲が十字の砲撃を絡め取り、そのまま飛び込んで来たままの勢いを借りて、フルスイングによって相手へ投げ返す。


「お待たせ、いやーはぐれちゃってたねー」

 小気味良い破裂音とともに砕け散った十字架を背を向ける形で、今まで敵として対峙していたはずのその長身の男子は笑顔を振り向けた。


「見晴嶺児、足を止めるな。すぐに後続が来る」

 と、彼のフルネームらしきものを呼ばわり追いついてきた白景涼は、足早に鳴たちを素通りしていった。


「……ほんの少し見ない間に、仲直りでもしたんすか?」

「アレが現れた以上、自己防衛のための停戦共闘もやむを得ないだろう」

 鳴の皮肉に対し、さしてしこりを残した様子もなく言ってのけると、当の少年も「そーそー」と相槌を打った。


「それに、ケンカに水差してきたヤツに一矢報いることもできずに雑に片づけられるのもシャクだしね」

 一見、優男風なこの見晴嶺児とやら、言葉の端々から感じられる通り、存外に我の強い、ワイルドな面も持っているかもしれない。


闘争心、恐怖心、克己心エトセトラ。

それらをない混ぜにして細められた目も吊り上がった口端も、容易に笑みというものにカテゴライズして良いものではなかった。


「で、どうするんすか? あんなメチャクチャなのに、勝てるとでも」


 今度こそ足を止めず、互いに背を守るかたちで移動しつつ、かつ全体的な防御は嶺児がカバーする。


「……対抗手段は、ないでもない」

 自身も適度に敵機を撃ち落としつつ呟いた涼は、黒い鍵をその龍の飾りごとに握りしめた。


 〜〜〜


「うう……」

 気がつけば、澤城灘は縞宮舵渡とともに、散乱する絵画や石膏の像だの彫刻刀とともに仰臥していた。

 おぼろげながら、憶えている。南洋最強だったはずの男に対し、挑まれた絵草は武器さえ用いず拳一発で自分たちをここまで吹き飛ばした。

 そのダメージによるものか、あるいはプライドさえも打ち砕かれたがためか。背を丸めて舵渡は蹲っている。


 視界がぼやけるのは、自分もまたその余波を受けているせいだと灘は考えた。

 だが、目元に手を遣れば、眼鏡がない。ガラスが眼球を抉らなかっただけマシと考えるべきか。


 ひょっとすれば近くに落ちていないかと、指を顔から足下へと移してまさぐる。中指のあたりに硬い感触がかち合った。

 乱視気味のあやふやな視界。像も記憶も朧げながらも、そのフォルムには既視感がある。


 『ユニオン・ユニット』。カラーリングからしてあの留学生が用いていたものだろうが、

「どうして、ここに」

 無意識化に拾っていたのか。あるいは……なにかに導かれるようにして誘い込まれたのか。


 だがこれを使えれば、ともすれば事態を打開できるのではないか。半ば夢の中にいた、あの夏の時のように。対抗は無理でも、足利歩夢たちを離脱させるだけの手立てがあるのかもしれない。

 そう考えて震える手を伸ばした。


 ――止めておけ。

 ふと、己の内より声が響いた。


 お前には、何も出来ない。何もするな。

 お前は自分と、『彼女』の幸福を優先するべきだ。


 どこかで、聞いたことのあるような声。だが、記憶のそれよりも低く淀んで枯れた音。

 呪詛のような言葉が脳に染み入るたび、ふたたび意識が遠のいていく。


 ――青春を、謳歌しろ。

 これ以上その拙い情動のままにあの娘たちに関われば、お前は必ず後悔する。


 夢か、現か。

 網膜の内側に、独りの青年がいる。自分自身の唇を借りて、戒める。

 それを聞きながら、灘の視界と意識は完全にシャットダウンした。

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