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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(15)

 歩夢の反撃がライカを押し返したのに前後して。


「オラオラ、どうしたっ! こないだの押しの強さはどこいったよ!?」

「ぐっ……あの時は、『キー』が揃っていたから……」

「いいや違うなぁ! アン時のお前には、なにがなになんでも願望を押し通そうっていう意志があった! テメェ自身を賭け金に捧げても事を進める覚悟があった……お前の中にいた『誰か』とお前を隔てるもんがあるとすりゃあ、それだ」


 遠近と緩急を織り交ぜて、言葉と武器による応酬を、中庭で南洋のふたりが繰り広げていた。


「カーッ! いったー……案外やるじゃん、お姉さん」

「……マジかよ、グレード3相当のチャージ攻撃だぞ」

「悪いけど、この程度でくじけるようなヤワな生まれ方も育てられ方も鍛えられ方もしてないもんでね……けど、久々にガツンと来たね。ちょっとスイッチ入ってきた」


 などと、西棟の半ばで鳴と涼とが嶺児と対峙している。


「――さぁ、ここまで役者揃えてお膳立てしてやったんだ。いい加減厚いツラの皮剥がしてくれよ……バケモノ」

 と、久詠の下から離脱した和矢が、対する棟の下層でその対峙を模様見する。


 戦力、勢力、武装、エネルギー……等々等。

 ありとあらゆる事物がその異界で飽和に至った時、閉塞したその場に風穴を穿つがごとく、爆発が起こった。


 やや可憐さには欠ける悲鳴を伸ばしながら、生徒会兼『委員会』のサブリーダーが転がった時、その場にいた誰もが困惑し、その彼女をゆっくりと追って中央に進出して来た娘の登場に、凍り付いた。


 彼らを余さず見渡しながら、

「やぁ諸君、おはよう」

 と、征地絵草が挨拶をしたのが、この瞬間であった。


 ~~~


 ほんのりと見覚えのある上級生の登場に、歩夢は面食らっていた。

 それと同程度のショックと当惑を、小脇のレンリも受けているようだった。


「あれって確か……誰だっけか」

「生徒会長の征地だ」

 律儀に本人が答えた。

「おはようって、もう放課後だよね」

「いわゆる社交辞令というやつだ」

 と、これまたいちいち拾って受け応える。


「……今更、何しにしゃしゃり出て来た」

 まだダメージが残るのだろう。軽く上体を揺らしながら、ライカが立ち上がって言った。

「生徒会長サマには関係のない話だ、部外者はすっこんでろ」

 そう脅しつける少年に、征地会長はふっ、と微笑んで手の甲をかざした。


「この学園内で起こったもめ事である以上、この私が部外者であるということなどありえない」


 そう言った次の瞬間、ライカの身体が不自然な体勢を取って浮かび上がった。真後ろの校舎へと叩きつけられた。

 破砕音とともに壁が崩落し、首を反らしてライカはそのまま地に沈む。


「ライカさん!」

 棟の窓からその様子を望んだ高身長の少年が、悲鳴じみた声をあげた。


 何が起こったのか……傍らでその一部始終で見ていた歩夢にさえ分からなかった。見えなかった。

 強いていうならば、視えない獣のごときモノが、彼の襟元を掴んで壁へと放り投げたかのような、そんな印象がこの信じ難い視覚情報を元に刻みつけられる。


「だが、部外者が多すぎるというのは確かに問題だな。少し間引いておくか」


 そう宣い、征地絵草は指で灘と舵渡を示した。

 彼らが目を見開いて間もなく、ライカと同様に不可視、不可抗の力により樹木の幹や壁に叩き込まれた。

 不可視? 否、その瞬間を注視していた歩夢には、コンマ数秒の世界に飛翔する、何者かの影が彼らに激突する瞬間を捉えた。


「案ずるな。状況はすでに把握している」

 と言った征地会長の示す先が、横へとスライドしていく。

 怯えて引き攣った声をあげる久詠を通過して向けられた先は歩夢、その手中のレンリ。


「それ」

 と彼女は言った。

「騒乱の種たるそれを消し飛ばせば、争奪戦の意味など無くなり、万事カタがつくだろう。盛る篝火を消したくば、くべられた薪を蹴り飛ばせば良いだけのことだ。たかがそれだけのことに、何をまごついているのか」

 平然とそう続けられた。反射的に身構える歩夢の隣で、

「ま、て」

 と、ライカが起き上がって掠れた声を振り絞った。


「そいつは、この『剣』に対する何かしらの秘密を握っている……それを知らずして、あんたは殺すっていうのか!?」

「そ、そうよ!」


 平伏するかのような、半端な姿勢で上体をもたげた久詠が同調の声をあげた。


「維ノ里士羽は彼を隠していた! その不正の証だし、そうであろうとなかろうと何かしらの謀略の尖兵かもしれない! だから、何も調べずに消し去るなんて、そんな乱暴な……」

「必要ない」


 久詠の媚態は生徒会長の脚にかじりつかんばかりの見え透いたものだったが、それをきっぱりと跳ねつけて、絵草は晴れがましいばかりの笑みを浮かべていた。


「私が問題としているのは、今、まさに、ここで起こっているこの馬鹿騒ぎのことだ。そこに如何なる陰謀が付随していようと、あるいは後続に何者の姿があろうとも、私にとって知ったことではないし、さして問題でもない」

「なっ……!?」

「陰謀も敵も、すべて、その時になって私が破壊すれば良いだけの話だ」


 歩夢を閉口させるほどの暴言、ライカをして絶句させるほどの暴論。

 それを紡いだ自身にいささかの疑問を挟む様子もなく、レンリに向けられていた腕はおのが頭の横へと水平移動していく。

 その手首のあたりに、鈍色の影が停まる。


「とは言え、だ。私は有意義な提言に耳を貸さないほど狭量ではないし、そしてここは剣ノ杜だ」


 紅玉の質感と色の瞳を持つ、鋼鳥。シャープなクチバシに噛まれているのは、幾重にも直線を交差させた鍵飾り(ユニット・キー)

 おそらくは、それこそが、このストロングホールダーこそが、南洋の連中やライカを吹き飛ばして回っていた物の怪の正体なのだろう。歩夢のCWタイプとは形状が似ているが、あちらの方が一回り小ぶりに見える。


「君らの野心、夢、欲望、信念、悲願。それらの成就がためにこのカラスを欲し、手にした力を行使するのも大いに結構。私の主張に否を突きつけ、翻意を促したいというのならば身を張り明澄な道理をもって説き伏せると良い」


 鍵を口から主人の掌へ落としたホールダーが、翼を展開して絵草の腰周りへと滑空する。

 やがて左の腰に、列を成す雁の群れの如く斜に構えた感じで取り付いたそれは、平面的に変形するとともに、内蔵していた群青色のベルトで彼女と接着する。

 まるでそれは、それこそ鳥の横顔を象った壁画のようでもあり……鞘のようでもある。


「哀願などするな、薄っぺらな人倫など並べ立てるな。そんなヒマがあったら才を振り絞れ、死力を尽くし、おのが士魂と理念を示せ」

〈クルセイダー〉


 透き通ったバリトンとともに、彼女が『鍵』をセットする。ホールダーが上に向かって開けた口へと。

 捻り回されたそれが、神秘の輝きとともにホールダーから離れて浮かび上がる。

 鍵の先端は柄頭に、把手に、両刃に。

 飾りはそのままに、墓標にも似た幅広の直剣……所謂クレイモアへと変身を遂げたその『ユニット・キー』を握りしめた絵草は、戦乙女か女荒神よろしく、それを担いで天へと向ける。


「それこそが、そしてこの私こそが、剣ノ杜である」


 『上帝剣』を背に回して高らかに宣言を放った暴君の頭上に(ひず)みが生じた。その混沌の内より無数の十字架が展開されて、夕暮れの兆しを見せる秋の空を埋め尽くした。

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