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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(11)

 躊躇の様子なく、的場鳴が我が身をさくっと放り出したのを、嶺児は茫然と見送った。

 パチパチと目を瞬かせて、何秒間かのフリーズの後、

「うええぇえぇ!?」

 という頓狂な声を上げて柵に駆け寄る。

 だがその眼下には何者も影もない。自殺を図った少女の身柄もしくは遺体など、どこにもなかった。


「た、大変だァライカさん!! 女の子が、飛び降りて、でもなんかいなくてッ」


 嶺児の言語能力と心理的現状においては、そう説明するのが精一杯であった。

 ターゲットと絶賛戦闘中の相棒から返ってきたのは、

「アホーーーーーッッ!!」

 ……という、ダイレクトにしてダイナミックな罵声。


「忘れたのかお前!? ここがどういう場所なのか!」


 〜〜〜


 旧校舎。『黒き園』。

 この世ならざる、森羅万象の理から外れた迷家(マヨヒガ)

 扉の向こうに部屋があるとは限らず、屋上より身を投げても正しく地上に落下とは限らない。

 常識の通用しない魔境において頼りになるのは、自分自身の経験と記憶力である。


(やっぱり連中はその辺りの土地勘がない素人だ)

 旧視聴覚室の通気口を蹴破る形で着地した鳴は、足を止めずに廊下へと躍り出た。

 回り道ではあるが、中庭へ通じる道を彼女は知識として知っている。


 問題は、何故そんなこの空間で見覚えのない新参者が、能力からして高ランクのキーを所持しているかである。


 だが、その思索と逃走は、前方の曲がり角の死角からの襲撃によって遮られた。

 突き出た直剣の切先を言葉通りの寸毫の間で躱す。自身の防壁と太刀筋との摩擦が、火花を散らす。


 咄嗟に瞼を伏せて地面を転びながらも、鳴は次の瞬間には受け身を取った腕一本で身を起こして一帯を刮目した。


 少し開けたあたりの踊り場。

 そこに、重厚な装甲を持つ戦士たちが十体ほどひしめいている。

 中には変わり種もいて、パラボラアンテナを頭部に持つ者も奥まったスペースで遠巻きに蠢いている。


「こいつら、典子の時と同じ……いや」

 彼らの内には人の意思やそれをエネルギーとする猛々しさは感じない。感情のない鉄人形……鍵そのものを媒体とする自動操縦型の人造レギオン。


 つまり敵はふたりの少年のみではなかったということになる。


「おいおいイノ……あたしら、一体誰にケンカ売ったんだよ?」

 通信が妨害されていることを承知で、この場にいない少女に鳴は嘆いた。


 〜〜〜


 ニコンの双眼鏡で眺望すれば、向かいの棟に悪戦苦闘の的場鳴の飛び跳ねる姿が見えた。

「……虎の子の『ユニット・キー』、維ノ里の使い走りごときに使うのは癪なんだけど」

 自身の手駒を遠隔操作し、鳴を質と量の両面で圧迫していくも、賀来久詠の口ぶりには不満がありありと浮かび上がっていた。

「まぁまぁまぁ。デカイものを手に入れたきゃ、デカく投機しないとね」

 いかにも多治比の人間らしい物言いとともに、身を寄せてくる和矢を白眼視しつつ、距離を取り直す。


「じゃあ貴方も投機とやらをしなさい」

「はーい」


 無邪気に返事をしつつ、彼は自らの後方に控える軽量バイク型のホールダー達に向かって、砲塔の飾りを持つ数本のホールダーを投げつけた。


砲兵(カノン)砲撃(ファイア)形態(モード)


 腹に響く重低音とともに、車輪をそのままにバイクたちの上体が変化する。

 ハンドルが組直されて、砲身へと変形する。


「それじゃあ足止めよろしくねー」

 緩い感じで自走砲たちを送り出した和矢。その横顔を盗み見つつ、久詠はあえて皮肉っぽく言ってみた。


「足止めが万全でも、あの少年が破られれば破算なんだけど、もしそうなった場合の補償はどうしてくれるのかしらね。それとも、トドメは譲ってくれるってこと?」

「お久さん的には、極力姿見せない方が良いでしょ。あ、だからおれをそうやって煽って更なる手の内晒させよーってのか」

 和矢はサラリと言い当てた。

「んでもって、おれと彼女らを共倒れにさせて、陰謀に絡んでて他にも色々訳知りのヤツも本命も一網打尽ってわけかね」

「まっさか。考え過ぎよ」


 久詠はそう言って一笑に伏したが、

(可愛げのないガキ)

 内心では思い切り舌打ちしたのは言うまでもない。


「心配しなくとも、ライカはそうは負けないよ。そんなヤワな子に育てちゃいない」

 本気か冗談か、親めいた目線で和矢は言うが、久詠はブラフではなく、力量不足ではないかと思った。


 威勢の良かったのは最初だけ。

 速攻は大したものだが、いかんせん攻撃が直線的に過ぎる。飛ばす短剣(ダガー)に緩急をつけないから、次第に速さに足利歩夢の目も身体も慣れてきている。


(いや、それにしても足利の順応が異様に速い、というのもあるが)


 その足捌きにも余裕が出てきた辺りで、

〈コサック〉

 歩夢は自身の駒鍵を換装した。


(一気にケリをつけるつもりか)

 彼女が新たに手にしたドルイドの駒の効果か。銃型デバイスで撃ちまくって作った方々の弾痕から、蔦が伸び上がって少年の四肢を絡め取った。


〈コサック・ジェネラルフロストチャージ〉

 銃口が氷気を帯びていくのが、遠目からも見て取れる。

 無造作に、容赦なくトリガーを引いた少女の手元から、凍気の塊が放たれて、身動きの取れない矮躯に直撃した。

 その戦術はシンプルながらも抜かりはない。油断もない。逡巡もない。普通ならばこれで片がつくはずだ。


 だが、和矢は加勢に入るどころか、眉一つ動かす様子を見せなかった。


 そうして彼が傍観している間に、少年のいたあたりに散った氷霧が薄れていった。

 しかしそれが晴れていくと同時に、内に潜んでいく影が濃く浮き彫りにされる。輪郭がはっきりとして霧中の内で様子がはっきりしていくと、歩夢の鉄面皮にも少なからぬ動揺が顕れ、そして目が見開かれた。


 ライカは冷気の幕を破って、地に足をつけた。

 なんてことも無さそうに、否。


 周囲に散ったエネルギーの残滓を彼のホールダーから伸びる紫の魔手が絡め取る。そして白刃へと取り込むと、その輝度を増していく。

 無意識かそうでないのか。半歩退いた歩夢を追って、銀髪の美少年はまだ自身に弱々しく絡め取る蔦を振り解いて地を踏んだ。

 次いで繰り出されたカウンターは、その反射神経、射速、手数威力、全てが先とは較べものにはならなかった。


「革命の刃は、敵が熾烈であるほどに長く鋭く研ぎ澄まされる」

 思わせぶりなことを、久詠の横で和矢は言った。


「『リベリオン』の特性だよ。あれは、敵の『ユニット・キー』のエネルギーの飛沫を取り込んでその性能を向上させていく。つまり敵が強大であるほどに、戦闘が激化し持続するほどに、強くなっていく」


 なるほど、と久詠は口の中で呟いた。

 だが彼女の見立てるところ、一転して優位に立てたのはそれだけではなかった。内心で指摘していたところの、緩急や変化を攻撃に持たせ始めつつある。

 おそらく先の単調な攻撃は歩夢の攻めを誘発するための、餌。


 しかし奇妙なのはもう一つある。

 そのことに、あの助言者のカラスがアドバイスしていないのがおかしい。久詠の目撃した先の二度の戦闘でも、彼は歩夢を節介なほどに補佐していたではないか。


(そう言えば、あいつ戦う前になんか叫んでたけど)

 心なしか彼は、その時の動揺から立て直し切れていないように見えた。


 そのことには言及せず、だが確かに沈黙を守るカラスを冷視して和矢は、


「読めなかったろ、あんたにこれは」

 と、いつになく低い声で言った。

 その横顔にはありありと侮蔑と嫌悪が見て取れた。


 だが、久詠の意識は少年が逆手に武器を持ち替えたことによってそちらへと戻った。

 彼の身体から不自然な強張りが抜け、すっと自然な構えを取る。おそらくはそれこそが本来のスタイル。

 今度は逆に、ライカが詰めの一手に出る気だろう。


 だが強襲は、彼と彼女の中間地点、その横合いよりの破砕音によって留められた。


「まさか……的場鳴がもう!?」

 と危惧した久詠ではあったが、ぶち破られた校舎の壁の隙間、生じた土煙の中より現れたシルエットが、屈強な男のそれであったことが彼女をより当惑させた。


「ったく、あのおっさんの頼みはいつも唐突で無茶苦茶だな!」


 久詠たちの耳朶をも震わせる、雷のごとき剛声威勢。

 着崩した詰襟の制服の下の、焼けた肌は秋になっても容易にその色素が抜け切らない。


 誰ぞの無茶を非難する口ぶりであったが、彼の方こそが登場からして破天荒そのもの。


 こんな特徴的な男子は、バラエティ豊かな学校関係者の内でもそうはいない。少なくとも、その豪放な気質から、所属(コミュニティ)は即座に判別できる。


「とりあえず、参加枠はまだ埋まっていないようで何よりだッ」

 ……手斧に変形したホールダー引っ提げ南洋分校の管理区長代行、縞宮舵渡、ウハハハという快笑とともに参戦。

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