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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(10)

 白刃の閃き、紫紺の妖光。

 だが、歩夢はその新種のニ光にも、いささかの動揺を見せてはいなかった。

 未知の敵と相対した彼女の手にも、それに抗するかの如く、同量の輝きが存在していた。


「それは……っ!?」

 ライカは愕然と呟いた。

 瞠られた美少年の瞳に映り込んだもの。

 それは、虹色の彩を放つ、紫芋であった。


「主張が激しい芋だな! こっちは真面目な話してんだよ!?」

「いや、そうは言われても」


 処遇に困っているのは歩夢も同じで、ちょうどそこに来襲してきたのがこの外人だ。咎められる謂れはない。

 さてどうしたものかと芋の腹を指で突いてみるとその接点から光輝は一際大きなものとなった。


 やがてそれが一点に収束すると。現れたのは、一本の濃緑の鍵である。


「あ、『ユニット・キー』出たよ」

「Gaming sweet potato!?」

「なんか光ってたのってレギオン化っぽいしそれで抽出できたんじゃない?」

「Gaming sweet potato!?」

「なんか芋戻ったし」

「Gaming sweet potato!」

「気に入ったの、それ?」


 歩夢たちの前方から、「おい……おい!」という呼びかけと、わざとらしい咳払いが聞こえてくる。

 それほど忍耐に許容量がある方ではないらしい。苛立たしげにガラス質の眼を釣り上げる。


「いつもか、いつもこんな調子なのかお前ら!?」

 などと問われれば、

「まぁ概ね」

 と答えるよりほかない。


 それが少年に対してどれほどの心理効果を発揮したかは、表情を見れば何となくわかる。

 少なくとも、お互いにとって喜ばしいことではなさそうだった。


「……あぁ、そうかよ。よーっく、わかった」

 額にそっと手を当てて呻くように言ったライカは、そのまま銃口を、切っ先を、歩夢たちへ向けた。

 紫紺の絡む白刃がホールダーから離れて射出される。

 だがそれは、天空より飛来して来た歩夢のストロングホールダーの挺身によって妨げられ、鉄の鳥はその衝撃を利用した旋回とともに、歩夢の腰へと張り付いた。


〈軽歩兵〉

〈ドルイド〉


 最初の駒と最新の駒。それらを組み合わせて挿入した歩夢を見ても、美少年の表情に揺らぎも淀みもない。

「そんなおふざけが出来ないよう、ここからは本気でやらせてもらう」

 掌中のデバイス。その同じ部位によって再形成された刃を突きつけて銀色の狼は静かに吼える。


 ~~~


 ようやく戦闘らしいムードになった眼下の様子を、鳴は半ば呆れながら見届けていた。

「相も変わらず緊張感のない連中だな」

 ぼやいた視線の先に、まだ手すりから身を乗り出した長身の少年がいる。


「あいつとあんたとかち合ってたら、案外意気投合してたかもな」

「かもね」


 と答えた後、その自身の呟きに納得しかねたように、首を捻った。


「……ん? いやいや、それだったらライカさん目的果たせないからダメじゃないかな? ぼらアレ……なんだっけ。年末どうのこうのって」

「本末転倒か?」

「そうそれ! よく分かったねぇ」


 何とも気抜けするような相手である。

 その体躯と純朴な性格、そしてご主人が俗世離れした容姿の魔少年であることも相まって、何やらファンタジーの巨人かゴーレムめいた雰囲気を醸していた。


(だが)

 鳴がそれとなく擦り足で身を移そうとすれば、扉の手前に陣取ったままの身体の向きを合わせて推移させる。

 決して愚鈍ではなかった。


「どけよ」

 ストレートに脅しをかけても、当然の如く動かない。

 手を腹の前で交差したまま、だが指先は相当に修練を積んだであろう慣れた手つきで、握る鋒矢に灰色の鍵をねじ込む。

 その尾飾りの四つの山峰が、だらりと揺れた。


「ごめん、無理」

 にべもなく言ってのけた手元で、『キー』を読み取ったホールダーは重低音で、


〈ジャンダルム〉


 と名乗り上げた。


「ちなみにこの『無理』ってのは、詫びというよりかは……君が、オレを抜くことが不可能(ムリ)ってことだ」

 いくらか声のトーンを落として大きく振った切っ先のあたりに、白く層の厚い雲霧が漂う。

 その人工雲こそが、少年の人造レギオンと言ったところなのだろう。


「意外と言葉が強いな」

 と感心をしてみせる鳴もしかし、そのホールダーにはちゃっかりと『軽射手』の鍵がセットされていた。

 そして髪をかき上げる仕草をブラフに、そのままシームレスに矢を放った。

 不意打ちの一発。だが敵の打倒が目的ではない。それで生じた隙に我が身をねじ込み、そのまま扉を突破。これが狙い。

 しかし少年の長躯は身じろぎしなかった。一切の回避行動を取らず、自身の正中へ急進する光矢を瞬くもせず見つめる。


 代わり、動いたのは雲である。

 軟体生物の捕食のように、一部が伸び上がるや、その弾道の前に立ちはだかり、そして矢を呑んだ。

 貫通はせず、呑まれたきりである。代わり、光芒めいたものがその雲の中で幾度となく濃淡明滅をくり返して閃いていく。


 動揺しつつ、経験に馴らした鳴の指は二の矢、三の矢をつまびく。

 軌道にわずかに変化や緩急をつけながら加えた射撃はしかし、そのいずれをも上回るスピードで雲が捉える。

 その反応速度は、人間の知覚できる範疇を超えている。おそらくはあのキーの特性は、全自動による全方面防御。

 少年自身は石突きで屋上のタイルを叩いて仁王立ち。不動の構えである。


「どうした? 防戦できても攻めは出来ないってか?」

 力技で押し通れない、と判断し挑発による心理的揺さぶりに転ずる。

 だがそれにも泰然と彼は微笑んでいる。


「山は、何者をも傷つけない」

 と意味深な言葉を紡ぎつつ、

「山に死神がいるとすれば、それはいつだって人間自身の過ちによるものだ」

 などと宣う。


 転瞬、視界を何かが掠め、脇腹を貫いていった。

 ついで二度、三度……自分が射放った分だけの光矢が、同じ色彩、同じ速度をもって返って来る。

 鳴は一発は打ち落とした。二度目は弓弦を引き切れずにホールダーの本体で弾いて起動を反らした。


 凌ぎ切って、ワンテンポ遅れてじんわりとした痛みが腹部を苛んだ。

 もちろん皮膜のごとき防壁は働いているが、それでも相殺し切れぬほどの直撃を初手で喰らった。内出血を起こしているようなうすら寒さもあった。


 鳴は、脳裏に描かれた言葉をわずかに修正した。

 すなわち、全自動防御ではなく、全自動反射。

 ただ攻撃を呑むばかりでなく、谺のごとくそれを返す。


(いつ以来だ? 被弾したの)

 鳴は自分の力量や身の程をよく弁えている。自力でグレード3以上に到達するような才覚者たちとは程遠い。だが、それでも凡人なりに、人間(ユーザー)相手だろうと怪物(レギオン)相手だろうと程よく立ち回って自分のペースを貫いていたことこそが自負だった。


 苦笑しつつ、後ずさる。

 それを追わず、優しさ憐れみさえ伴った眼差しで、少年は

「悪いとは思うんだけど、仕事だからさ。諦めてくれ」

 と、加圧してくる。


「そーだな……たぶん、真っ当にやっても勝てないんだろうな」

 少年は動いていないにも関わらず、知れず手すりに寄りかかる体勢にまで鳴は追い詰められていた。

「うん、認めるわ。それは」

 鳴は自分の内で、くり返す。


 身の程は、弁える。

 敵の打倒が目的では、ない。


 鳴は添わせた手すりに力を込めて飛び上がる。

 そして、片腹を抱えるようなかたちで、ひらりと屋上から飛び降りた。

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