(9)
的場鳴からも、その銀髪の侵入者が目視で確認できた。
「あれか……例の迷子って? けどあれは」
眼下の少年が握りしめているのはストロングホールダー。対峙する歩夢らに投げかけるのは迷いない、ナイフの質感の眼差し。
「……イノか? 留学生を見つけたんだが、ヘンな塩梅だ。あいつ、もう『キー』のユーザーで……」
鳴が士羽にふたたび連絡をつけるのに、躊躇いはなかった。
だが『偵察兵』の鍵を差し入れたホールダーからは通信の途中、ノイズが奔る。
あちら側からの状況の仔細を求める、音声の断片らしきものは拾えていたが、それも程なくして聞こえなくなった。
……異変は歩夢たちだけに限った話ではない。あからさまに、誰かしらからの妨害を受けている。
というよりも、『委員会』からの委託それ自体が罠である可能性が高くなってきた。
それと入れ替わるように、屋上に青年がひとり、乗り込んできた。
校舎に通じるその戸口から侵入したこの男子生徒は、一九〇はゆうにある長躯を利用するかのように身を置き、そのまま封鎖してきた。
そして心底より申し訳なさそうに眉を下げて、気弱げに笑いながら
「悪い、あの娘らや維ノ里さんとは合流させられない」
……しかして確固たる口調で、長矛のホールダーで足場のタイルを突いた。
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「……誰だ、お前ら」
「誰、あんた」
異口同意。鳴と歩夢はそれぞれの対峙者を誰何した。
歩夢の側からも、屋上で張っていた鳴が長身の少年と向かい合うという、類似したシチュエーションの最中であることは見て取れていた。それすなわち、何者かに嵌められたのだということもすでに承知している。
先んじて傲然と返してきたのは、銀髪の少年だった。
「答えるまでもない。これから敗れる連中にはな」
答えはしたが名乗らずじまいのまま、少年は手の軛に似た鉄器をちらつかせた。
鳴と同じCNタイプのホールダー。それで不意を打つことも出来たはずだがあえてしなかった。
フェアプレイを重んじる、というタイプでもないだろう。正攻法でそちらを打倒してみせるという、絶対的な自信の顕れ。それこそが何よりも雄弁な自己紹介だと言わんばかりの。
――そして、裏で糸を引いている人間どころか自分の出自さえ得意げには吹聴しないという、堅牢な意志がためか。
「ライカさん、おーい、ライカさーんッ」
……が、彼自身がいかにそれを貫いたところで、相方が無邪気にあっさり開示しては、元も子もない。
というか、シリアスにカッコつけてこの顛末なのだから、赤っ恥もいいところである。
「彼女、足止めしてれば良いんだよね? ライカさーん」
憮然として固まるライカ少年をよそに、手すりから身を乗り出して庭におおらかに声を伸ばしてかける。
丁寧に三度目の名を呼ばれたあたりで、くわっと目を見開いて顔を赤くして、ライカは頭上のバディを睨み上げた。
「今の俺の受け答えはなんだったんだよ!? 余計な茶々入れるんじゃないよッ」
「いや別に茶々入れる気ないんだけどさぁー? やっぱ名前ぐらいはハッキリさせとかないと、オレとさえもコンタクト取りづらくない?」
「勝手についてきといてコンタクトとか取る気なんて毛頭あるか、このバカッ! 手伝う気あるなら黙ってソイツ足止めしてろ!」
何やら漫才めいた小馴れた感じの応酬の後、銀髪のライカは太刀筋めいた身の切り返しで改めて歩夢らと向き直った。
「……で、何の用? 『ライカさん』」
「知れたことだろ。そのカラスを渡せ。そうすれば無事にここから返してやる」
「またかいな」
どうやら彼の雇い主も、『旧北棟』で南部真月を指嗾した人物か、もしくはそれに類する派閥であるらしい。
「人気だね」
歩夢は、傍らのレンリに揶揄を投げかけた。
だが、いつものような軽口は返ってこない。いや、異変の兆しはすでにこの異邦人が出現してからあった。それが顕著になったのは、ライカの名が上から落ちて来た時であった。
「ライカ・ステイレット」
と、じっと少年を凝視したまま、いつになく硬い口調でレンリは言った。
「馬鹿な、なんでお前……生きている?」
その問いかけの意味するところを、歩夢は知らない。ライカもまた、怪訝そうに眉をひそめていた。
だが、その眼差しはますます険しい、堅固で冷たいものになっていく。
「……俺はお前なんて知らない。だからこそ、俄然お前の正体に興味が涌いてきた。どうしてお前は俺のフルネームも、そして生死を彷徨う目に遭ったことを知っている?」
問い返されたレンリは、歩夢や士羽に追及された時よりも露骨に、黙秘を貫いていた。
そして元よりライカも答えてくれるとは期待していなかったらしい。
「まぁいずれにしても、俺のやることに変わりはない」
などとうそぶきつつ、キーとそして、見覚えのあるU字型のデバイスを取り出した。
『ユニオン・ユニット』。澤城灘の持っていた、あの『キー』を並列処理、展開する強化モジュールだ。紫をベースとしたカラーリング、微細な意匠こそ異なるが、その披瀝自体がなおさらに、レンリの驚愕と動揺とを大きくしていく。
〈リベリオン〉
〈ダガー〉
次いで取り出したのは、二本の鍵剣。
色は紫紺と銀。取り付けられた装飾は、二筋の交差する矢印のものと、単純明快に短刀のごときもの。
それを左右に差し込まれたユニットを、さらにホールダーへと弾倉のごとくに装填。
〈同盟! 『リベリオン』・『ダガー』!〉
「共同戦線、白兵革命2.20」
抑揚のないコードの読み上げとともに、指先に懸けたホールダーのトリガーを押し込む。
瞬間、中央の射出口から閃光が迸る。
白い輝きが直線を描いて拡散して後、中央で収束して諸刃となり、紫の妖光は伸びる蛇か腕のような放物線で空を引き裂く。刃を絡め取って、何重にも絡みつく不気味な刻印となる。
そして軛本体は、剣把へとその役割を変えたのだった。