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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(8)

 その日の放課後、歩夢と鳴と、そしてレンリは正規(・・)の手順を踏んで、旧校舎へと足を踏み入れていた。

 どこかひりつく空気が、どこか郷愁じみた懐かしささえ感じさせる。


「……こちら鳴。なんか、ここにちゃんと来るのずいぶん久しぶりな気がするな。メイド喫茶帰りに雪国に放り出されたり、南洋のゴタゴタに巻き込まれたり、ロクに行けてなかったから」


 校舎屋上にて鳴がそう語る相手は、歩夢たちではない。

 相も変わらず椅子の人(チェアマン)気取りの不動の令嬢、維ノ里士羽に、『偵察兵(通信機)』越しにぼやいている。


「けど、一通りぐるっと見回ったけど、人っ気もレギオンの影もねーよ? ホントのネタなんだろーな? 新北棟の留学生がここに紛れ込んだって」

〈たしかに一人踏み入ったところまでは確認できていますし、捜索依頼自体も生徒会自体から出ています……が、何故それを自身で実行せず、こちらにわざわざ話を寄越すのか〉


 士羽はそう訊いてきたが、鳴へ意見を求めたわけではなく、自問の独語に近い。

「まーたナワバリ争いのゴタゴタじゃねーの?」

 しかし聞いた以上は返さざるを得ない、という律儀さのもとに、鳴は私見を述べた。が、無言(シカト)である。

 聞いてはいるだろうが、彼女の凡庸な答えはわざわざ取り上げるほどの価値はなかった、もしくはとうに思いつく程度のものだったのだろう。


 誰に見せるでもない苦笑を称える鳴に、士羽はさらに問うた。

〈で、そちらに動きは?〉

「だから無いって」

〈留学生の件じゃありません。あの鳥のことですよ。歩夢にも言いましたが、ここのところ行動に不審な点が多い。今に始まったことではないにせよ、警戒は解かないように〉

「……そんなに気になるなら、自分から寄って、聞いて、確かめれば良いだろうが。『事態の現状を知るには、現地調査が一番』なんだろ?」

 軽い沈黙の時間のあと、トーンの低い、士羽の確認が飛んできた。

〈……その言葉、どこで?〉

「ん、言ったのお前じゃなかったっけか? 悪い、つい最近どっかで聞いた気がしてな。でも、それがどうかしたか?」

〈別に。とにかく内外への警戒を怠らないでください〉


 そう口早に念押しされて後、通信は絶えた。


「……他人の詮索には熱心なくせに、自分のことは言わねーのな」

 口に中で酸く苦く呟いたが、言われた通りに歩夢らの方へと何となしに視線を注ぐ。


「どーしたもんかね」

 鳴の眼下の一区画。

 校舎の中心地、『黒き園』。

 そこに士羽がご執心のペアが歩哨に立っている。


 〜〜〜


 その巨剣は、久々に見ても衰えることのない力を奔流を発揮していた。

 全容が見えないからこそ、至近で見ればこそ、大地に食い込む強さと深さが解ってしまう。


 その妖光は、寄れば肌が炙られるような熱さではなく、内の芯より焼かれる類のものだ。


 一個人との圧倒的なエネルギーの出力差、否物体としての格差に打ちのめされる。


 だが、この力だ。

 この光輝が、この熱が、今の自分には必要なのだ。


「――危ないっ!!」

 『上帝剣』へと差し伸ばされた歩夢の腕に、レンリが飛びついた。必死に引き戻そうとするその力は尋常ならざるもので、バランスを軽く崩すかたちで、少女は魔巨剣と距離を取った。その拍子に、カラスもまた地面に尻もちをついた。


「だから、それに触れるなって言ってるだろ! 本当は、接近することさえも危険なんだ! いくら……っ」


 そう言いさしたレンリは、緩慢に自身を振り返った歩夢の手に握られた棒を認め、ハッと息を呑んだ。碧眼を瞠った。


「お……お前!」


 否……棒と言うよりかは、そこらで拾ったと思しき、小枝であった。

 その先端で刺し貫いたのは、紫色の外皮に包まれた、小ぶりながら長細い物体。サツマイモであった。


「……『上帝剣』で焼き芋するんじゃありません!!」

 レンリはそう叱りつけた。


「いや、なんかお腹空いちゃったしイケるかなって、秋だし」

「季節関係あるかァ! というか学校に芋持ち込みってどういうシチュエーション想定しての備えなんだよ!?」


 歩夢に鋭くツッコミを入れて後、カラスはゼーハーと息を整える。それでもなお言い足りないらしく、

「だいたい、そんなんで焼けるわけないだろ。よしんば焚き火でも直火で熱が通るかよ」

 と、掠れた声で付け足した。


「でも、色変わったよ」

「え?」

 枝から引き抜いた芋を、歩夢は披露した。


「虹色に」

「Gaming sweet potato!?」


 歩夢の誇張ない表現通り、燦然と色彩豊かに煌めく芋を前に、レンリは愕然として声を張った。

 やたらねっとりしたイントネーションで。


「ウッソだろ……こんなことがあっていいのか……」

「焼け頃なのかな」

「口にするなよ、絶対!」


 釘を刺される歩夢は、

「で?」

 と、レインボーポテトを片手に尋ねた。


「触れたら、やっぱなんかあるの? アレ」

「……なんでって、見るからに触れちゃいけないもんだろ、あれ」


 レンリは返した。だが、答えも視線も、どこかはぐらかされている感触がある。

 そのことを多分に自覚しているのか、気まずそうにクチバシの先をかち鳴らし、ややあってから声を低めて言った。


「お前から見ても、俺のことをウソつきだと思うか? その正体が気になるのか?」

「……正直」


 歩夢はそれこそ焚火を前にするかのように、膝を抱えて放置していた学生カバンを手繰り寄せた。


「あんたの正体について考えたことは、一度や二度ならず、あるよ。私なりに」

 そう言って、おもむろにカバンの中から授業に用いるリーフレットを取り出した。


【レンリ、実はペンギン説濃厚! ~北棟や冷蔵庫に入れても平気な理由~】

【レンリ、亡霊説 ~アピールしてください~】

【レンリ、Vtuberで決定! ~同情するならスパチャくれ!~】

【レンリ、手塚作品の倒錯したファンだった! ~奇子で抜いた~】

【レンリ、自動追跡型スタンドだった!? ~スタンド名はビッグティトチェイサー~】

【レンリ、上弦の零で確定か ~劇場版で待ってるぜ!~】

【レンリ、ほら、あのマイクラの……なんか緑の、爆発するヤツ】

【レンリ、そもそも存在しない! ~それは貴方の勘違いじゃないでしょうか~】


「とか」

「すごい数の俺のクソコラが量産されている!」


 ページごとに張り出された種子様々なコラージュ。それらを閉じて再びしまい直しながら、歩夢は息を溜めて吐いた。


「一生懸命、思いつく限りは考察した。けど、納得いく答えは出なかった」

「いや、割と最初から飽きてたよな!? というか、確定翻り過ぎだし、そもそもその案の時点でアヤフヤなのあるしっ!?」

「だから別に良いよ、言いたくないなら。聞いたって、教えてくれないだろうし」

「……っ、そんなことは」


 じゃれあいのようなおふざけムードからシームレスに一転。言いさして、レンリは再びクチバシをつぐむ。目線を歩夢から外す。それを打ち明けることは、彼にとってよほどの蛮行なのだろう。ともすれば互いに傷つき、この関わりが破綻するほどの。

 どこぞの引きこもりのように、それを無神経に暴くことは、さすがの歩夢にもためらわれた。


(そもそも、知りたい訳ない)

 知りたい訳ではない。しかし、己の内に問いかける。

 士羽が勘繰ったように、本当は知っているんじゃないか? 知ってたんじゃないのか?

 我ながら的外れでしかないような考察ばかり思いつくのは、己の内にすでにある答えに、無意識下にセーフティをかけているためではないか……と。


「いつか」

 顔を上げて

「ちゃんとそういう時が来たら、ハナシをするから」


 あぁ、これ(・・)は知ってる。

 その『いつか』というのは、自発的には決してやって来ない。

 父親……を演じていた男もそうだった。母が『いつか』誤解が歩夢を迎えに来ると言い含めておいて、自分自身がついには逃げ出した。

 そういう老獪(オトナ)な、『いつか』だ。


「――いや、今聞いておきたいんだがな」


 声がした。

 歩夢自身の心の声が漏れてきたわけではない。

 少女とも少年とも取れる麗しい侵入者が、地面の木の葉を踏み鳴らして寄ってくる。

 白銀の髪を沈み切らない陽光に照らし、颯爽と新風を孕ませ、靡かせて。

 華奢な体躯が足早に進む姿は、ケーキか何かにナイフを切り込ませるのに似ている。


「どうせ、お前らにその『いつか』は訪れないんだからな」


 その異邦人は、レンリに指を突きつけて冷ややかに宣告した。

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