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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(7)

 真紅の外国車が、夜の山道を疾走する。

 テールランプが光帯の尾を引いて流れていく様は、まるで獲物を夜求めて飢え走る獣のごとくでもある。


「ハ、あの雌鼠、またぞろウロチョロと這いずり回り始めたか」


 男は、車内で嘲弄を浮かべた。

 ハンズフリーの携帯からその報告をもたらしたのは、秘書の鈴木。『笑い話』に耳を傾ける男は、手ずからその高級車を操っていた。


 もはや日本国内の独立城塞都市と呼んでいい施設の盟主でありながら、その顕職に甘えることはなく、自身で愛車の手綱を握り締めて。

 独立独歩の気概でもって、自らの肉体手足を他者に委ねることを良しとしない。

 生きるも死ぬも、責任を負うのは己の身一つ。

 それこそが彼の……剣ノ杜学園南洋分校長、巌ノ王京猛の侵すべからざる金科玉条であった。


〈そして共闘を持ち掛けたのは、多治比和矢。どうも独立した動きのようですが、さらにその彼が組んだ相手というのが〉

「ライカ・ステイレットか」

〈……驚きました。どうして御存知で?〉

「欺瞞に対する最大の防御こそが、詐欺だ。己が他者を欺いているという後ろめたさ、欺きおおせているという奢り。それこそが、有象無象の眼を曇らせる。好んであの学園に踏み入ろうとする者が、只の異邦人であろうものかよ」


 くつくつと、己もまた傲慢にほくそ笑みながら、男は愛車を対向車のいないその道を邁進していく。


「だが別にライカのことを看破したからといって、お前の諜報能力が優れていたというわけではないぜ、鈴木」

〈……は〉

「牙を研ぎ澄ました獣は、もはや獲物を射程に捉えて身を隠す必要性がなくなったというだけのことだ。あるいは隠せなくなる事態が生じ、みずから鬼札を切る決断をしたか……あるいは表舞台に立たせることで、得られるメリットが生じたか」


 まったくどうして、本棟の無能どもも楽しませてくれる。

 猛は、唇を吊り上げ、湧き上がる皮肉な感情を酷薄に表出させた。


「欺瞞、隠匿韜晦、そして己自身の利益の追求……まったく面白いもんだな。そうした多治比の特性をもっとも色濃く受け継ぐのが、血のつながりのない長男(ガキ)だとは」


 ――え? と乾いた問い返しが端末越しに狭い車内に響く。

 だがそれを無視し、傲然に男はハンドルを切り返した。


「鈴木よ、俺も出陣()るぜ。この祭に」

 と、猛は宣った。


 ただし、いずれに味方するか、言及することはなかった。

 その時になってみなければ、未来の彼自身でなければ、その答えは知り得ぬことであったからだ。


 鬼と対せば組み合い、龍と逢わば殺し合う。

 より勁き者と。

 より烈しき者と。

 より誇り高き生命へと。

 衝動的な、だが決して褪せることのない貪欲な闘争の追求こそが、彼の求道であった。


 猛はアクセルを強く踏み占める。

 彼の昂る野生と野心に呼応するかのごとく、その愛車もまた、高らかにうなりをあげて勢いづいた。



 ――が、そのすぐ目の前はガードレールであった。



「なにっ」

 曲がる、という概念が消え失せたかのように、直進、急加速する車はカーブに激突する。


 何者にも縛られない男は、シートベルトにも縛られることを厭うていた。そしてついには、地球の重力にさえも叛逆した。


 フロントガラスを突き破って外へと放り出された彼の身体は、いかな理によるものか直立の姿勢であった。

 硝子に傷をつけられおびただしく出血したその巨躯が、斜に傾けられたままに、そしてにわかな衝撃によって白目を剥いたままに、坂を転落し、滑落し、やがて闇の森林へと呑み込まれていった。




〈あ、灘お坊ちゃまですか? 鈴木です。お父上が再入院なされました〉

「なんで!?」

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