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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(6)

 放課後、その少年が廊下を歩くと、常に好奇の目が集まる。男子女子を問わずに色めき立つ。

 やや外に跳ねた感じの銀髪は青みを帯びた輝きを帯びて秋風になびき、北欧人であることを加味すれば大分に身長にこそ恵まれないが、すらりとしている手足。抜き身の刃か、氷柱のような鋭さと冷たさのある目元を、少女と見まごう中性的な目鼻立ちと、やや丸みを帯びた輪郭が和らげる。


「あんな娘、いた?」

「馬鹿ッ男だよ」

「でも、かわいーかも」


 生徒たちは、彼の歩く姿を盗み見ながら、スズメの如く囀る。


「何だったっけ……えーと、そうライカ! ライカ・ステイレット。留学生二年」

「え? アレで二年? 一年生じゃないのか?」

「留学生てことは、新北棟か」


 二年前に突如として『消失』した部分を埋め合わせるべく増築された新北棟は、すでに惨劇から立ち直り、無事復興したと対外的にアピールする、という名目のもとに国内外の留学生編入生はここが積極的に受け入れていた。


 『王子様の行幸』に居合わせた生徒がそう推察するのは自然の連想と言えた。


 だが、一方で教員は違う。

 彼らよりももっと巧妙に視線と気配を隠す大人たちは、


「……おい、まだあの『余所者』の素性は掴めないのか?」

「はい……バックにこれといった組織がいるような形跡は認められませんでした」

「となると、正真正銘ただの留学生か?」


 などと、善意ならざる語調をもって囁き合う。

 そんな彼らに、ライカ少年は、あえて自ら歩を進めた。


「あの、スミマセン」

 目元の鋭さでに似合わずおずおずとした調子で尋ねる。

「ホントーの、図書館、探してます。どこにありマスか?」

「本当? ……てああ本棟ね。それだったら、この先をまっすぐだから」

「ありがと、ゴザイマス」


 辿々しい言葉遣いとともにお礼を言い、唇を綻ばせて笑みを称えると、異性であろうと同性であろうとはっと胸を詰まらせるような、魔性めいた引力がある。


「あ、あぁ」

 渦中の人物自身に不意を突かれたことも相まって、やや動揺を見せる教師たちを後に、ライカは踵を返した。


 そして彼は距離が空き、周囲に気配が絶えたところを見計らい、


「――ハッ」

 その微笑を、皮肉めいたものへと変える。無垢な道化を演じる己の、茶番じみた振る舞いを嗤った。


「だが、それもここまでだ」


 別途設けられた図書館に続く渡り廊下。

 その途上の窓の外へと視線を鋭く投げつけ、本邦人よりも余程はっきりした口調とともに、先へと手を伸ばす。


「惨劇の夜より帰ってきたぞ、忌まわしき悪魔……ッ!」


 焔の氷像、という矛盾した比喩が似合う、純度の高い鋭く激しい眼差しの先には、真っ直ぐに聳え立つ巨剣の姿があった。


 ~~~


 剣ノ杜学園、その別館たる図書館。

 災害の影響か、ボランティアで多くの本が寄贈されたそこは、今となってはジャンル、質を問わず言えば国公立の大学並の蔵書量を誇っている。

 人気のあるファッション雑誌や五年前程度のコミック、あるいは感想文や朝読用の手ごろな文庫本などはカウンターの手前付近の目立つコーナーに置かれ、反して洋書など足の遠のくものは奥まったところに陳列されている。

 ライカが他に目もくれず向かったのは、その棚である。


 そのうちの一冊、彼の指数本分の厚みのあるファンタジー小説を無造作に抜き取ると、それを紐解いて、英語圏内の人たちでも少し苦戦しそうな、固有名詞のオンパレードの文字の羅列に目を落とす。

 言わずもがな、この銀髪の少年にも容易に読める代物ではないが、時間潰しと擬態(カモフラージュ)にはちょうど良かった。


 しばらく立ち読みを続けていると、棚の反対側で軽やかな、だが確実に男のものだと分かる足音が聞こえてきた。

 その少年の、足音同様に重苦しさのない顔が棚の、ライカが抜き取った部分のスペースから覗いて来る。


「やぁやぁ」

 と、その上級生、多治比和矢は気抜けするような挨拶をした。

 ライカは本を閉じてその隙間へ戻した。その西棟の主とのコミュニケーションを拒絶したわけではなく、待ち人こそが彼であり、熱心な読書家を演じる必要がなくなったためだ。


「さっきはありがとね。わざわざ出張ってもらって。あと、ちゃんと紹介してあげられなくてさ」

 その辺りの心情もこの昼行燈を気取る男は読んでいたのか、さして気にした風もなく礼を告げる。

「べつに。レスラーやボクサーじゃあるまいし、いちいち名を挙げる必要もないだろ。強いて言うなら、あの『投げナイフ』が挨拶がわりだ」

「あれまぁ頼もしいコト言ってくれちゃって」

「……けど、俺を呼んだってことは状況を動かす。そう考えて良いんだな?」


 和矢は、ライカが爪先立ちしてやっとという高さの本を引き抜いて

「まーね」

 と言った。


「てことで不本意ではあるとは思うけど、彼女たちに協力して、例のレギオンを捕獲してもらいたい」

「……別にそれは良いが」

「おっ、日本人ぽい曖昧さ。消極的肯定」

 からかうような調子で、和矢は言いつつ、

「何か詰まってるモンがあるなら、吐き出しちゃいなよ」

 などと促す。


「……その人語を操るというレギオン、俺たちで確保することは出来ないのか」

「うーん、お久さんと約束しちゃったしねー」

「でもっ」

「よしんばアレを捕まえたところで、得るもんは少ないと思うけど。そもそも個人レベルで捕まえてどうすんのさ。拷問なり解剖なりする?」


 ライカはぐっと口を引き結んだ。あるいは、道徳倫理観と言ったものを全てナーフしてでも執り行うべきかもしれない。


「そもそも、アレを捕まえたところで君の求めるもんなんか持ってないさ」

「どうして分かる?」

「勘かな」

 和矢は、いつになく突き放したような調子で、そう付け足した。棚の向こうにある表情がどう言った種のものなのか、彼には分からない。

 

「『切り離す』」

「ん?」

「アンタはさっきそう言った。あのレギオンを切り離せればそれで良い、と。……いったい、何から(・・・)だ?」


 棚の向こうの息遣いが、絶えた。

 人知れず去ったにではないか。そう勘繰りたくなる程度の静寂の時間が流れて後、

「ライカ」

 と姿の見えない少年は言った。


「ニホンゴ、発音もニュアンス聴き取るのも上手くなったねえ」

「アンタからは、色々教わったからな。この複雑怪奇なマイナー言語、ホールダーや『キー』の扱い、それを応用した戦闘技術……そして、腹の探り合いも」


 そしてまた沈黙が訪れた。痛みを伴う時の浪費だった。

 だがライカはその無言に意味を持たせている。

 アンタこそ、手の内も全部曝け出してぶっちゃけるのは今の内だぞ、と。そうであって欲しいと。


 ――が、ライカは奇妙な浮遊感を足下から覚えた。

 ふと気づけば目線はふだんは届かない高みにあって、両腰に圧が加わっている。

 要するに、誰ぞに抱えあげられていた。

 そしてクラスメイト達ともやや遠めの適当な距離感を維持している自分相手に、そんなことをしでかすのは、ただ一人しかいなかった。


「何してんだ……レイジ」

「え?」


 冷ややかに睨まれ、名をぞんざいに呼ばれた男子生徒は、きょとんと眼を丸くしていた。

 綿菓子めいた髪の色と造形、ハンサムながらもどこか抜けたような表情とは裏腹に、一九〇センチをゆうに超える体格の持ち主である。ライカをさほど苦でもなさそうに掲げ続けながら、


「いやだって、本棚の前でじっとしてるのが見えたし、またライカさん身長足んなくて届かなかったのかなって」

「んなわけあるかっ、『また』ってなんだ!? 裏にカズヤがいるんだよ!」


 手足をばたつかせて逃れようとするも、「こら、危ないから」と、見晴(みはる)嶺児れいじは同学年生であるライカを子ども扱い。

 ホールダーの試運転中に助けて以来、この本棟の二年に妙に懐かれてしまった。まるで聞き分けの無いゴールデンレトリバーにじゃれつかれているかのような、徒労感を押し付けられる羽目になった。


「どうもー」

 おかげでお茶も濁され、いつもの軽薄さでもって和矢が棚の裏から顔を出した。

「あッ、どうも先輩!! ちわっす!!」

「ウン、密談中というかそもそも図書館ではお静かにねー」


 こういう風に、自分も適当にいなすことが出来たのなら、どれほど楽であったのか。

 今までに、そして今日この瞬間に、何度思ったことか。


「まぁ立ち話もなんだしさ、ダベんなら外のカフェ行こうよ」

「はいっ、ゴチになりますっ」

「いや、奢るとは言ってないからね」


 そのまま、ぞろぞろと出口へと向かう。

 そのまま。嶺児に抱えられたまま。


「…………離せやぁっ!」

 ごすん、と音を立てて、ライカの足裏は嶺児の顔面へと叩きつけられた。

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