(5)
「……貴方、いつからそこに居て聞いてたの」
という問いの無意味さを、久詠自身よく弁えている。
そもそも今この瞬間の叛意を目撃された時点でアウトだ。
久詠の脳波に従い、その足下の空間が波紋を立てるがごとく歪む。その中心から、彼女のストロングホールダーが顔を覗かせた。
命までは獲るまいが、それを脅かして緘口を強いることは十分に選択肢に入っている。
「あ、あれれー? なんか顔怖いなー」
それを肌で感じ取ってか、あるいは過剰な逃避本能ゆえか。
険しい顔をする久詠の前で、和矢はワタワタと身振り手振り、最終的にはハンズアップのポーズを取る。
「ね、なんかお互いに勘違いがあるようなんですけど」
「勘違いも何もないわよ」
「こっちのハナシ聞いてくんないかなー?」
「黙れ。話はこっちが握る。貴方が今この瞬間のことを黙っていられるか。イエスかノーか。それだけ答えて誓えば良いだけの話よ。もしこのことを会長ないし多治比に告げ口するつもりなら……」
そう脅しの圧をかけていく。両手を掲げたままに、和矢は息を吐いて天井を見上げた。
次の瞬間、二筋の閃光が和矢の背を抜けて疾った。
あり得ないほどの不規則な軌道を描いて蛇行し、一本は久詠とそのホールダーの中間を牽制するかの如く刺し込まれ、もう一方は久詠の頬をかすめてから壁に突き立つ。
驚愕する久詠は恐る恐る、脇目で自分の顔のすぐ横を見た。
エネルギーの凝縮体が、ナイフの切先のごとき形状を取って、壁を溶かして焼いている。
「だから、落ち着いて……ね」
今まで彼より聞いたことのない低音の声で、和矢は言った。圧を加えられたのは久詠の方だ。
「別におれは、あんたらの身内争いなんて興味ないよ。これは多治比とも関係ない、おれ個人からの申し出」
いったい今の攻撃は、いつから仕込まれ、どこから仕掛けられたのか。その弾道が見えたのは一瞬にして、歴戦の久詠をもってしても皆目見当がつかない。
いや、そもそもはこの西棟の管理区長の戦闘データというものが殆ど存在しない。矢面に立って戦ったことが、あるかないかというほどなのだ。
それゆえ、家名の威を借りたお飾りの区長と思われていたのだが……
しかしながら、彼がホールダーを装着した様子はない。遠隔操作でデバイスが駆動する異音もなかった。
「あんたらが今追ってるカラスさ、おれにとっても色々と引っ掻き回してくれて邪魔なんだよね。だから、切り離してくれるってんなら協力は惜しまない。捕まえたのなら、解剖なり何なりすると良いさ」
「はッ、そんな都合の良い譲歩を信じろって? そうやって横から旨みだけを掻っ攫うのが、多治比の十八番じゃない。今回だって、人に苦労だけ押しつけてそのレギオンを手中に収めるって寸法でしょうよ」
両腕を掲げてみせたまま、和矢は首をすぼめてみせる。
だがその所作はどこか挑発的で、まるで
――お前らは、根本的に、何もわかっちゃいない。
とでも言いたげであった。
「ホントのホントに、おれはあいつの排除だけが目的で、これは多治比の預かり知らないことだよ」
「へぇ、じゃあその多治比とは無関係の和矢くんは何をしてくれるのかしらね」
わずかの間に、和矢は目を伏せた。だがそれも一瞬のこと、すぐに含みを持たせた、曰くありげな笑みを作り直して、扉に視線を流した。
「彼らを」
と言った。
「貸してあげるよ。実力は、すでに承知のとおりだと思うけども。あんたらは場所のセッティングとノイズの除去さえ手伝ってくれたら良い」
そこでようやく、和矢が単独で居眠りしていたわけではないことを久詠は知った。
こちらの不意を打ってきたのは彼自身ではなく、その背後に控えた影だと。
まるで花見の場所取りか合コンの根回しのような気軽さで言ってのける彼は、片腕のみを下ろした。
自然その立ち姿は、今まさに伏兵に斉射を命じる指揮官のような構図となっていた。
「どのみち、お久さんたちにそれほど選択肢も時間もないと思うけれど」
そして、彼女は、主導権も生命も、この若者に握られていることを悟ったのだった。
「……たち?」
窮したままに問い返した久詠に対し、和矢は口元はそのままに、困ったように眉尻を下げてみせた。
「あぁ、実はなんか、デカいオマケつきなのよね」