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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第七章:カラの、玉座(前編)
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(2)

 \これが淫獣レンリだ!/


 ・レンリブレイン

 脳内シミュにかけると多分半分以上Hに占領されてる。

 下半身に直結している。


 ・レンリアイ

 あらゆる谷間も見逃さない。

 脳ではなく下半身に直結している。


 ・レンリクチバーシ

 喋ればセクハラ発言のオンパレード。握りしめてへし折るだけの余地がないのが腹が立つ。

 多分下半身からの命令に従っている。


 ・レンリウイング

 実は結構器用。スマホで購入したエロ同人を時折見ているが一瞬でシークレットにすることも可能。

 得意料理はエスニック。

 触覚から受けた刺激は下半身に直結している。


 ・レンリボディー

 愛くるしさを口頭で強調してくるが、ただのデブの露出狂。愛嬌は皆無。アフガンストールが絶望的に似合っていない。

 言うまでもなく下半身が行動基準。


 ・レンリレッグ

 意外と速い。低身長を利用してスカートに滑り込まんとする習性故だろう。

 言うまでもなく下半身。


「――とか、こんな感じ?」

「碌でもねぇ畜生だな」

「害鳥も良いところですね」

「風評被害ってこんな感じに虚実入り混じって作られるんだなぁ。あと俺の下半身混線しすぎじゃない?」

「じゃあ、あんたからスケベを取ったら何が残んのさ」

「…………ないなぁ、なんにも」

「熟考した結論がそれっていうのがまた悲しいな」


 歩夢のノートに描かれた雑な図説をつらつら眺めながら酷評を好き放題に下していく少女たちを、レンリは虚無の表情で見渡していた。


「……で、結局お前はなんなんだ? レギオンか、それとも人か? 鳥か?」

「そのどれもだ」


 バランスボールから飛び立ってカラスは、そんな曖昧な答え方をした。

 反射的に、士羽の眉根は険しく寄った。


「惰性にこうして過ごしていて、貴女たち、コレのことを何もつかめていないのですか?」

 あえて挑発的に吹っ掛ける物言いをすると、案の定この二人は乗ってくれた。


「んなことねーだろ、さすがに……えーと、スケベ、飛べない、穀潰し」

「容赦ないなチミ! これでもアフィリエイトで稼いどるわ!」

「時折わたしをえっちな目で見てる」

「……歩夢、おはん寝ぼけちょるんか」


 レンリのツッコミの最後の一言は蛇足のうえ藪蛇であった。

 後ろ気に蹴られたレンリは、鳴の言を否定するがごとく部屋の端まで綺麗に飛翔し、壁にぶつかって墜落した。


「まぁどーでも良いんじゃない? ていうかこんな存在、研究発表に出せるわけないでしょ」

「冗談ですよ」

「どうせなら笑えるヤツにして」

 歩夢は席を立った。

「サボリか?」

「ヒマワリの種買ってくる」

「いや、今更育たねーよ」

「煎って塩まぶしたらおいしかったですって書く」

「おっさんのツマミかよ」


 毒は吐きつつも、いいガス抜きにはなったのか。

 何にせよ、自発的に動く気になったことには違いない。

 部屋から出て行った歩夢を静かに、何となしに席を外す体で追う。


「イノ」

 が、その背に鳴が声をかけてきた。

 頬杖を突いて流し目で。その横顔は、同性から見ても、芸術性を感じるほどに様になっている。

「上手くいってるところに波風立ててやるなよ」

 と、妙に年長者ぶるがごとき、分別くさった

 うつぶせに倒れたままのレンリも、何か言いたげな気配を押し出してくる。

 あるいは探られたくないことがあればこそ、あぁしてふざけた発言で話題をずらしたとさえ邪推できる。


「私には、互いの関係性を定義づけないままこんな生活を続けていることの方が、不健全に見えますがね」

「んなもん、今に始まったことじゃねーし、あいつらに限ったハナシでもねーだろ……あの学園じゃ」


 まったく鳴のいうことは正論だった。詮索しても、きっと朗報などただ一つもないのだろう。あるいは、肩透かしな真実しか待っていないのかもしれない。

 だが、それでも。

 現状を是とするには、士羽の眼には歩夢とこのカラスの関わり方は、あまりにグロテスクに思えたのだった。


 ~~~


 結局、やんわりとした鳴の諌止を振り切って、士羽は歩夢を追った。

 マイペースゆえか、それとも何かしら予期するところがあったのか。思いのほか彼女は進んではいない。階段手前のすぐに小さな背に追いつくことができた。

 億劫そうに顧みる幼馴染に、士羽は前置きなく言った。


「このところあのカラス、外出や姿をくらますことが多くなったそうですね」

「そーらしいね。まぁ、一心同体てワケでもないから、どうでも良いことだけど」

「気にならないはずがないでしょう。曲がりなりにもアレは、貴女が関心を強く持つ唯一の存在だ」

「何が言いたい?」

「では単刀直入に言いましょう。貴女、何か奴の正体に察するところがあるのではないですか?」


 歩夢が胡乱気に目元を歪めた。少なからず、思い当たることのある証左であろうと、士羽はさらに畳みかけた。


「貴女は魯鈍なように見えてその実、怠惰なだけで地頭自体は聡明です。私には見えないところも、あるいは」

「それを聞くためだけの雑な前フリどうもありがとう。でもそれ、単刀直入じゃなくて迂遠っていうの」

「貴女こそ、そうやって重箱の隅を突くように言葉尻をあえて捕まえるのは、意図的に避けようとしているところがあるからではないのか」


 歩夢は押し黙って、背を向けた。


「真実から目を背けていては、いつまで経ってもカラスについても、あの『剣』についても影さえ踏めないばかりです。ここまでは騒動の渦中にレンリがいなかったからこそまだ看過できた。しかしアレが自主的かつ不鮮明な行動が多くなったとなれば、貴女たちの環境についても再考しなくてはならない」

「だから、あいつのことを探れって?」


 背を向けたままでは見えないだろうが、士羽は首肯した。


「それが、貴女のためですよ」

「……まぁ確かに気にはなる。と同時に、それから避けてる自分もいる、らしい」


 存外に冷静に自己分析をしていた。筋を通せば話は通る。

 何せ、主体性がなく、他者から何か頼まれれば、面倒がりつつも受容するのが彼女なのだ。


「でも、あんたの思い通りに動くのは、いや」

 ――その、はずなのに。


 ふたたび士羽の方へ振り返った歩夢の顔には、薄い笑みが浮かんでいる。

 眠る猫のように細められたその瞳の奥底に、ぞっとするような輝きを帯びて。


「つまんない脅しかけてきたり、わざとらしくあいつを担ぎ出したり……わたしはあんたの都合の良い奴隷でもスパイでもない」


 そう言い捨てた歩夢は、つまらなさそうに踵を返して階段を下りていった。


「私は……っ、本当に、貴女のために」

 という弁解も、彼女の耳と心に届かなければ、空しい独語に過ぎなかった。

 そして果たして自分は、本心から彼女の身を案じているのか。

 鳴の言う通り、他にも思い煩うべき案件は数多あるのに、何故かくもあの鳥に――否――彼と彼女に執着するのか。


 それぞれに課題と不安(しこり)を残しながらも現の時は無常に過ぎて、そして新学期の幕が開いた。

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