(10)
「で、だ」
全身と一部がでかい女が、つかつかと距離を詰めてくる。その威圧感たるや。
反応できずにいる、というかどう反応するのかも分からない歩夢の腰へと手にやる。そこに張り付く鳥型メカを、彼女の身体ごと掴み上げる。
「お前には聞きたいことは山ほどあるわけだ。特にコレの出所とかな」
「離してよ。っていうか、こっちも知らないよ」
どこから出てくる怪力か。四〇キロ前後の歩夢の肉体は、難なく捕らえられて、女の目線の高さまで持ち上げられる。
「声がしたかと思えば、なんかいきなりバビュンと来たんだから」
歩夢が睨み返すと、ふぅん、と女は鼻を鳴らす。
それから軽く息を吸った。
「おい、持ち主。出てこい。どうせ近くにいるんだろ?」
ぞんざいに声を投げ放つ。
彼女がその気配を感知した様子はない。おそらくカマかけだろう。
そして面倒な駆け引きをする気は最初からないらしい。
例の少年の声は、すぐに返ってきた。
「別に、隠れてたわけじゃないさ。ただ、こっちにも色々と訳があるんだよ。的場鳴」
最後に綴ったのは女の名前か。彼女は、眉根を寄せて言った。
「じゃあ、今は?」
出て来られるのか、と問いを重ねる。何故自分の名を知っているのか。そこには言及せず。
返答はない。だが、教室の裏側で物音はした。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
冗談めかしく、だが興味はさほど感じさせない様子で的場鳴は言った。
蛇に襲われた。鬼めいた何かにも出くわした。このうえ何に驚くことがあろうというのが、いまだ吊るされたままの心境だった。
だが、少女ふたりは、教室の窓から顔を覗かせたソレを見た瞬間、固まった。
鳴は弓らしき武器をどの角度、どの状況でも撃てるようにしきりに指を動かしていた。だが、あくまでそれは悪意や攻撃に対する動作であって、目の前のソレには効力を持たない。
歩夢にしても、いかな醜悪な獣が牙を研いで現れたとしても、表情ひとつ変えない気構え、というか諦めはあった。
だが、ソレの姿はドライな少女の想定の範疇にはなく、完全に虚を突かれた形となった。
まず美しい純度の高い碧眼が、目を惹く。全体のイメージから浮いている。
クチバシがある。翼も持っている。
とうてい飛行能力を持つとも思えず、クチバシは、丸みを帯びていて百回それで突かれたところで肌に傷ひとつつかないだろう。
無防備で一切の緊張感と無縁の、すべての生命への冒涜、あるいは挑戦とも取れる黒い球形は、完全に鳴矢の理解を超えていた。
せめてものオシャレのつもりか、首元をアフガンストールで飾ってはいるが、それがかえって半端過ぎてイラっとさせる。
「やっほー」
気の抜けたような調子で。
まるで十年来の知己のような気軽さで。
そのカラスは固まる少女ふたりを前に右翼を挙げてみせた。
合縁奇縁、人生万事塞翁が馬とはよく言ったもの。
色々と諦めがちで時として死さえ受け入れてしまう偏屈で孤独な少女。
何でもそつなくこなすせいで身を焦がすほどの情熱を持たない少女。
自身の想いと天才を大人たちの悪意に踏みにじられたことで、世界に対する信頼を喪った少女。
道を踏み外さなければいずれも大成しただろうこの三人娘が、顔合わせをするのが次回の話。
七どころか百も二百も秘密を孕んだこの異常な学園を、一致団結! みんなで救おう! ……とは当然ならず。目が合えば悪態、皮肉、暴言、罵詈雑言のオンパレード。
不安しかないこの邂逅が、果たして吉と出るか凶と出るか。ここからが本番。唯一無二の常識人である俺の、緩衝材として資質が問われる番ということだ。
さぁこのモコフワボディを余すところなく駆使して、あの娘のギザギザハートを救う戦いの始まりだ。
がんばるぞー。超がんばるぞー。
……俺?
俺の名前はレンリ。
ちょっとワケあって、今はカラスをしている。




