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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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番外編:第一回剣ノ杜有識者による品評会(後編)

「――へぇ、ずいぶんと面白い会話してるじゃないですか」

 灯一の危惧したとおりかどうかは知らないが、ゲスな話に誘われて、悪魔が舞い降りた。

 出来上がった料理を提供しに来た、多治比三竹である。


「良いっしょ、別に。おれだって外じゃハメ外したいの」

 和矢が悪びれずに言った。

「そういう色恋沙汰チラつかせようもんなら朔姉が圧加えてきますもんねぇ。いやまぁ、別に良いんですけど……西棟のメンバーが、というか多治比が出てこないのは、ちょっと不満ですよねぇ。っていうか、ウチ?」


 というわけで、飛び入り参加。

 エントリーNo.5。多治比三竹。


「じゃあまぁ、自己アピールどうぞ?」

「ハーイ! 多治比三竹十六歳の高校一年生!」

 兄に適当な感じで促されるまま、

「趣味はぁー……構造主義的映画評論。ちなみに現時点でTOEIC900点。中等部の時にディベートコンテストで全国一位取りました。今は本社の三次団体として主にフランチャイズ経営に従事しておりますが、数年後には地歩を固め、弊社の独立したブランドイメージを社会に確立していきたいというヴィジョンを持っています……とか合コンで言うとぉー大概の男ドン引きして逃げていくのでぇ、趣味はスイーツ巡りとアニメ鑑賞にしてまーす! タピオカ大好きー!」

「んー、お兄ちゃん的にはその捨てきれないプライドの高さがダメだと思うなー」


 言い方こそ柔らかいが、評価はシビアである。和矢、三本指。

「……彼氏の年収を一日で上回りそうな女子とか、男受けするわけもなかろうよ」

 しみじみとした調子で言う灯一は二点。

「賢しい」

 一刀両断。縞宮舵渡、一点。

「……なんというかその、ごめんなさい」

 灘、謝罪と怯懦の四ポイント。

 涼、五ポイント。いい加減腕下ろせ。


「おい、これひょっとして今まででワースト記録するんじゃね?」

「え!? 嘘でしょ!? 頭と同様に目ん玉も腐ったんですか!?」

「……これがディベートコンテスト優勝者の語彙力」

 三竹、思わず素であった。


「店員さん、さっきウーバーイーツでビッグマック注文したんで、来たら受け取りしてもらえますか」

「お客様ー? 喧嘩をお求めでしたら、お手数ですがどうぞ外にてお待ち下さいませー?」


 果たして掲げられた桂騎の手は、点数か注文のためだったのか。

 とにもかくにも、これで歩夢と並び仲良く同率最下位であった。


 エントリーNo.6。維ノ里士羽。


「オレは好きだぜ。テキトーな距離感でオタトークできるヤツは得難い」

 などと渋い点数も多かった灯一がここにおいて最高点。涼も言わずもがなだが、自分たちの拠点設備を整えてくれた大恩という明確な理由があるだけマシであろう。

 さすがに性質が合わない舵渡は二点であったが、汀と自分が迷惑をかけた負い目からか灘は四点。桂騎は五点満点。


(その為人とは別のところで高評価を得ている気がする)

 と真月は思ったが、ここで意外にも、和矢が手を挙げなかった。


「へぇ、意外だな」

「多治比とは因縁持ちですからねぇ、彼女」

「いや、怨まれる筋合いはあっても、嫌うのは違うんじゃねぇのか?」


 舵渡が意外に鋭い考察で切り込む。

 和矢は自身の料理に箸をつけながら、


「嫌いだね」

 と涼やかに嫌悪を鮮明に表した。


 エントリーNo.7。

 副会長、賀来久詠。


「……ないわ〜」

 開口一番、灯一の声である。

「いや顔は良いんだよ、ウン。でもなぁ……」

 と腕を組んで難色を示すあたり、その強権の悪評は東棟にも轟いているのだろう。概ね真月も同感だが、同時にコイツには品定めだの批評だのはされたくなかろうとは思う。


「一生懸命なのは分かるんだけど、あいつ……というよりあの人か。アプローチしにくいよな、色んな意味で。せめて女教師で入ってりゃあな、なんで教員じゃないんだろうな、枠なかったのかな」


 他の彼らも同じか、それに類する意見なのか。

 皆、一様に腕を下ろしている。


「まぁそりゃそうか。いくらなんでもアレに女を見出すヤツなんて」

 と言いかけた灯一の眼に、まっすぐに伸びる一本の腕と五本指が映った。


「性欲モンスター!?」

 ――他ならぬ、白景涼のものであった。


「う、嘘でしょ先輩!? こないだのこと忘れたんですか!?」

「いやいやシラさん、そりゃあないよ?」

「やっぱ腐ってましたね、眼」

「ファミ通クロスレビューかよ」

 等々、囂々と非難が飛ぶ中、本人はケロリとした表情で、氷を食べている。

「どうして訝る? 彼女はある意味芯の通った人物だ」

 などと逆に問い返す始末だ。

「あのポルトガルのサッカー選手じゃねぇんだから……」


「まぁ趣味は人それぞれですけど涼センパイがた? だーれか挙がってないの、忘れちゃいませんか?」

「誰かとは?」

 余計な茶々を入れる三竹は、一瞬にやりとした笑みを浮かべてから、真月の背に素早く回り込み、その肩を捕まえた。


 ――というわけで、エントリーNo.8。

 多治比三竹推薦の、南部真月。


「…………あー」

 異口同音。抑揚のない感嘆が、それぞれの口から漏れた。

「『あー』ってなんですか『あー』って!?」

 自身が祭り上げられたその是非はともかく、その微妙な反応はいたく少女の心を傷つけた。


 だが、そんな彼女の感傷をよそに、舵渡はしみじみとした調子で腕を組んだ。

「……今にして思えば、乙女に対してやれ点数だの順序だのをつけることなんざ、最低な行いことだったな」

「え? なにキャラ捨ててまで掌返して殊勝に締めに入ろうとしてるんです?」

「それもこれも、灯一がアホなことを言い出したばかりに」

「おいコラかっちゃん、何ヒトに全部押し付けようとしてるんだ?」

 わざとらしいほどに胡乱気な桂騎の眼差しに、言い出しっぺの灯一は反発した。

 しかし桂騎はどこ吹く風といった調子で、薄く笑いながら流し目で言い返す。

「俺は灯一みたく、悪しざまに言ったり低く見積もったりなんかしてねぇからな」

「や、野郎……! こうなることを読んでやがったな!?」

「気持ち悪いことは結構言ってましたけど……」

 そう悔しがったとて後の祭り、いつの間にか独り女の敵がごとき衆人環視の中、灯一はますます逆上した。


「だいたい、女だって寄り集まったら同じこと話すだろーが! しかも、生涯年収とか学歴とかもっとえげつないこと搦めてよ!? そうだろ多治比三女!」

「いや、さすがに学生でそこまで考えてる娘はいませんよ。せいぜい顔面偏差値と足の長さとファッションセンスとトーク力がジャニタレ並でいて欲しいって程度ですってば」

「せいぜいのハードルたっけぇなぁ!」


 真月そっちのけで醜い責任のなすりつけ合いを始めた男連中に、三竹はどこか面白くなさげだ。

 どうやら真月を巻き込まんとしたのは、過日の意趣返しらしい。それなら桂騎も来ているのだからそちらに鬱屈をぶつければ良いものを……と思ったが、そもそもあの盗人が今目の前にいる上級生の一人だとは、気づいていないのか。


 ――だが、一方で。

 真月は涼の反応を盗み見る。

 どっどっどっ……と、知れず、悟られず、心臓が早鐘を打つ。


 聞くに値しない、ゲスな話題。それでも、本来ならこんな場で耳に入れて良いものでもないことは分かってはいる。

 でももしかしたら……という淡い期待が、彼女自身に明らかな拒絶をすることを許さなかった。


 果たして彼は、何を想う? 何を言う?


「……」

 すっ、と涼はそこで初めて腕を下ろした。




「ウワーッ、真月ちゃんがシラさんをマウントポジでタコ殴りに!?」

「オイ落ち着けワン子! 好きとか可愛いとかにも複数種類あってだな……そうっすよね先輩!?」

「というかこの先輩……やっぱりちゃんとルール理解してなかったんじゃ」

「ルールつってもちゃんとした線引きなんざハナからなかったがな」

「うわははは! 良いぞ、青春の一ページに存分に傷を刻み合えィ!」

「お客様ー? 店内ではお静かにー」

「あのー、俺のビッグマックまだかかりそうですかね」

「知らないですよこのスッタコ」



 終わり。

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