番外編:第一回剣ノ杜有識者による品評会(中編)
南部真月と『アロハシャツ同盟』は、ゾロゾロと連れ立ちながら、多治比和矢の先導のもとにファミレスに入った。
そこは全国規模ではないものの、地元ではこの駅前のビルやショッピングモールのテナントなどでそれなりに見かけるフランチャイズ店である。
「いらっしゃいませぇー、うげっ」
「客に向かってその態度はないでしょ」
「お前十数分前オレにどんなだったよ、犬っコロ」
うげっ、と再び漏らしそうになったのは真月も同様である。
何しろ出迎えたウェイトレスは、既視感ありまくりの小悪魔通り越して小憎たらしい金の亡者。和矢の妹三竹であったからだ。
「多治比の御令嬢ともあろうお方が、色々と手広くアルバイトしてるのね」
「社会勉強の一環ですよ。あっちも、こっちもね」
早速に揶揄を飛ばす真月に、三竹はいわくありげに返す。
「社会勉強する態度じゃないでしょ。店長に言いつけるわよ」
「どうぞどうぞご勝手に」
などと謎の強気な態度に訝しむ真月。その裏から和矢が口を挟んだ。
「ここのオーナーが他ならぬその三竹なんだよ」
「は?」
「もっと言えば、このブランドの大元が多治比の外食部門なんだよ。で、三竹の会社はそのフランチャイズとして数店を受け持ってる。おれも株買わされたよ」
「…………」
多治比の資本主義、ここに極まれりである。
「まぁ株主優待持ってるからここ選んだんだけど。この食事券って使えるよね?」
「……スゴイんだか世知辛いんだか」
「というか、三竹。いくらお前が経営者だっても、そんなんじゃ皆に示しがつかんでしょうよ。ホールに立つ以上はしっかりしなさいよ」
「ハーイ……六名さま、ごあんなーい」
そこは普通の兄妹の距離感なのか。
やや口喧しげな和矢の物言いを適当な感じで流しつつ、奥の席へと案内される。
すでに入り口のメニュー表に目を通していたらしく、注文そのものはスムーズであった。
「かき氷」
と涼。
「毎日見てんのに食うのか……オレ、汁無し冷やし坦々麺の点心セット」
と灯一。
「じゃ、和風御膳で」
と和矢。
「……カルビ丼定食、二人前」
と真月。どうせ涼が「こんな時に自分だけが」と云々カンヌン、例のごとく痩せ我慢しているのを悟ったゆえだった。
「ヘルシーベジササミ丼とシーザーサラダだ! 澤城の、なんでも頼んで良いぜ!」
と舵渡。
「えーと、じゃあ僕はウニのクリームパスタとオムライスで」
と灘。
……南国感も統一感も皆無であった。
「スマイル頼めますか」
とかのたまった桂騎は華麗にスルー。注文伺いに来た三竹は、悪戯っぽく灘に、
「追加注文はいかがですかー? なんなら、こないだみたいな羽振りの良い依頼も大歓迎ですよー」
などと顔を寄せる。
「い、いや! もう大丈夫だよウン!? ……正直、僕もなんであんなことお願いしたのか……」
汀以外の女性慣れしていないというのと、その当惑が本心というのもあるのだろう。灘は可愛そうなぐらい慌てふためいてみせた。
へぇー、と呼気を伸ばして底の知れない薄笑いを浮かべつつ、
「ところで和兄は、この夏休みどっか行ったんです?」
などと兄に唐突に話題を振った。
「ん? べつにどこも」
和矢はナチュラルに返した。
「このてりやきマックのクーポン、今日までだけど使えますかね」
「はーい、ご注文承りましたー。ごゆっくりお待ちくださいませー」
空気を読まない桂騎の二度目のトンチキな発言も無視し、三竹はやや短めのスカートを翻して立ち去った。
「……よぉ」
聞き耳を立てられていないか確かめた様子を見せた後、舵渡は脚を組んでソファにもたれた。
「こうして珍しいツラ突き合わせてんだ。そろそろハラ割って話そうじゃねぇか」
先の微妙に緊張ある流れを汲んでのことだろう。南洋の王者はそう切り出した。
「あ、それはおれも賛成」
と、和矢も同じた。気づけば彼らを筆頭に各棟や分校の代表や実力者たちが、一堂に会しているのだ。
そのことに改めて気づいた時、さしもの真月もその身を強張らせた。
毛色も戦闘スタイルも身を置く環境も、主義主張も異なる、強者たち。
果たして彼らは、どのような言葉を交わすのか。それとも探り合うのか、諍いを起こしてしまうのか……?
「第一回ー、ミス剣ノ杜決定会議ー!」
「イェーイ!!」
真月は、言葉どおりの肩透かしを食らって、上体のバランスを大きく崩した。
いきなりそんなことを切り出した灯一と、彼に合いの手を打つ和矢。その隣で舵渡は呵々大笑。
「モノの道理が分かってんじゃねぇか、楼の!」
「もちろんっすよ、縞宮のダンナ! いやー、ウチのガッコウってなんのかんの魅力的な女が多い分、その勢力が強いからなぁ! こんな男同士のダベりの場でもなけりゃ、気兼ねなく下世話なコトできねぇのよな」
みずからを指さし自己アピールをする真月であったが、悲しいかな舞い上がった男連中の視界には彼女の矮躯は入らなかった。
「要領があまり掴めないが……要するにこの場で異性として学園内でもっとも魅力を持つ女子生徒を私的に決定しようということか?」
「先輩!?」
「バッチバチに分かってるじゃないスか白景先輩! 実はけっこうムッツリだったりして」
「先輩はムッツリじゃない!」
「いや、我ながら存外なほど乗り気だ」
「先輩!?」
真月の懸命の訴えも空しく、涼は茫洋とした表情のままに鎮座している。
「それじゃあ、俺の学園内美少女データベースからランダムにピックアップしてくから、良いなと思うヤツを挙手で。で、立てた指がポイントな」
「……なんて桂騎はそんなものをスマホに収めてんのよ……」
「売れるからだよ」
身もふたもない返答とともに、この不毛なコンクールの幕が開く。
エントリーNo.1。
的場鳴。
「……いっきなり最有力候補出すんじゃねーよ。後が可愛そうすぎるだろ」
「知らんよ、ランダムだって」
呆れながらも灯一、立てた指はまごうことなき五本である。
同じく体育会系の舵渡、とにかく挙げたという感じの涼、桂騎は五本。和矢が四ポイントで、灘は腕の角度と同様に控えめ、三ポイント。こうなれば理由はむしろ低い方が気になるところ。疑惑の視線が灘に集中する。
「いや……僕あのサマフェスで初めて会いましたけど、美人だけどちょっと性格キツそうなのが僕的に苦手で」
「あー、まぁ確かによく知らない人はちょっと距離感じちまうよな」
灯一が一定の理解を示す傍らで、舵渡は
「だがそれが良い!」
などと大言を吐く。それにも灯一は理解を示した。
「面倒見は良いんだよ、アレで」
「あと胸デカイしな」
「……身もフタもねぇな、桂騎」
「じゃあお前さんがたは嫌いなの?」
「好きですよ。えぇ大好きですよ」
「あと、灯一の言う通り何だかんだ面倒見が良くて甘いから、天下の往来で泣きわめいて嘆願したらおっぱい吸わせてくれそう」
「…………最っっ低だよ、この男。というかこいつら」
呆れる真月をよそに、エントリーNo.2。
足利歩夢。
「……本当にランダムなんだろうね、それ。AIに指向性持たせてない?」
ディスプレイに表示された表情は第一走者と同ベクトル。体形は真反対。
和矢が疑念を持つのも無理らしからぬことではあっただろう。
その和矢は、手を下ろして頬杖をついている。
「おや、意外な低評価。和兄さん会ったことあったっけ?」
「んー、まぁ彼女じゃないけど、似たようなヒトに良い思い出ないからさ」
「へぇ……まぁオレも良い思い出ないけどな、他ならぬ本人にッ!」
そう吼えて灯一は画面に向かって中指を一本立てた。
ほか、「おもしれ―女」枠ということで舵渡が高評価の五ポイント、桂騎が四ポイント、同情票なのか灘が四であった。
涼、変わらず五本の指を立てている。
……ちょっとムッとした真月であった。
エントリーNo.3。
生徒会長、征地絵草。
「……お前、こんなもん登録してるとか怖い者知らず過ぎるだろう」
「そう? あれで案外かわいいところも……なきにしもあらず」
そう言って桂騎は四ポイント。
「俺様がいずれは挑んでみたい覇者だ!」
「武井壮かよあんたは」
豪語する舵渡、これまた五ポイント。涼はもはやルールを分かっているかどうかさえ怪しくなってきた。安定と信頼の五ポイント。画面越しの圧に屈したのか、灘も和矢も最高点を付与。
「……ノーコメント。悪魔の噂をすると悪魔が来るしな」
とよく分からない口上とともに、灯一はシビアに二本指であった。
エントリーNo.4。
深潼汀。
「な、な、な……」
見慣れているはずのその溌剌とした笑みが浮かび上がった時、灘は過剰なまでに紅くなった。
「なんっっ、で、汀が入ってるんですかぁっ!?」
と訴える少年に、スマホを持った本校の上級生は、
「そりゃ入れるだろ。美少女なんだし」
と、反省の様子を欠片も見せない厚かましさだ。
「べ、別に大したことなんてないでしょ。あんなデリカシーもないヤツ」
と灘。上ずった声で精一杯の強がりを見せる。
それを承知で灯一はおちょくるように汀をフォローして五ポイント。
「だから、女友達的なあのノリとプロポーションで身体密着させてくんだぜ? 距離感どうにかなっちまうよ」
「あんた、元々距離感なんてつかめてないでしょ」
「ワン子、なんで今オレをバックファイアした?」
「あぁ良かった。ちゃんと聞こえてたのね。あと、そうやって人が嫌がってるのに気づかずに仇名で呼び続けるところ、割と本気で引くんですけど」
「そういうガチなお説教止めてください。心臓とお腹が痛いです」
ほか、桂騎四ポイントで、舵渡は厳しめの三ポイントであった。
涼に関しては……もはや言及するだけヤボというものだろう。
「意外な高評価だな」
と灯一。桂騎はそれに同調した。
「やっぱ隙の多さもポイントだよなー」
「そうそう、それこそ泣いて縋ればお尻くらい揉ませてくれそ……へぶっ!?」
「あいつはそんなふしだらな女じゃないっっ!」
灯一の顔面の正中を、灘の拳が射抜いた。
くっきりついた手形は、文句なしの五本指であった。