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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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番外編:第一回剣ノ杜有識者による品評会(前編)

 剣ノ杜近郊、最寄りの駅に隣接する繁華街を、一組の男女が連れ去って歩いている。

 目を惹く取り合わせである。

 男……というよりかは青年と言った方が良いだろう。彼は線の細い、人より頭一つ抜けた長身の美形ながら、昨今の日本には見られない古武士か山男のような勇壮な雰囲気を醸している。

 もう一方はそれとは対照的に小柄な少女は、向こうっ気の強うそうな小型犬といった塩梅である。


 いずれにしても兄妹のごときこの取り合わせはたしかに衆目を寄せる取り合わせではあったが、今の青年を……白景涼のいで立ちを見て驚くのは、彼を知る人間であったことだろう。


 彼は平素のミリタリーコートを脱ぎ捨て、灰色の、ペンギン柄のアロハシャツを羽織っている。

 どうにも落ち着かないのは他ならぬ本人であって、彼女にのみ読み取れる微妙な申し訳なさを垣間見せつつ、


「多くの朋友がなお、永久凍土で戦っているのに、自分だけが、このような軽装でいるわけには」

 などと、隣の少女に押し着せられた後も、お決まりの口上を理由に未練がましく抵抗を続けていた。


 そんな彼に、随伴者南部真月は膨れっ面を下から突き出してずいと身を寄せた。


「あのですねぇ先輩。またあんな暑っ苦しいカッコしてたら、倒れる倒れない以前に、お巡りさんに捕まりますよ。先輩の立場上、職質でもされたら一発アウトなんですから。そうなれば、むしろみんなに迷惑がかかかるんです」


 そう滔々と説かれれば、「む」と声を詰まらせ眉を顰めるのみで、反論の余地などない。


 ――まったく。しょうのない人。

 胸中で毒づきながらも、その調子はどこか明るい。


 最初に倒れて南洋の救援に赴けず、逆に足を引っ張ってしまったという負い目もあるのだろうが、変なところで意固地になる涼に押し勝ち、こうして普通の服でデート……もとい買い出しに繰り出すことが出来た。『旧北棟』に持ち込むための大荷物を背負っているのは、今は全力で見ないことにする。


 表面的にはつっけんどんな態度に終始しつつも、沸き立つ多幸感に頬が緩みそうになる。

 赤らむ顔を隠すべく、彼の隣に並び立ちながら、歩く。不器用ながらも、彼が自然車道側に身を移し、歩調を合わせてくれるだけで嬉しかった。


「あれ、白景さんとワン子じゃねーの」

 そんな彼女の幸福がむなしく破られるのは、彼女の体感、二秒後のことであった。


 楼灯一が、渡ろうとしていた横断歩道の前で立ち止まっていた。

 奇しくも、ツツジが全身にプリントされた濃紫のアロハシャツをヘッドホンの下に着込んでいた。


「うげ……なんであんたがここに」

「お前らの娯楽物提供者様に酷い態度じゃねぇ? だいたい、オレだけじゃないっつーの」


 そんな灯一の苦い顔に、朗らかな青年の笑顔が並ぶ。

 いかにも軽薄で軟弱そうなその弛緩しきった面構えには、覚えがある。


「どうもー、多治比……て、苗字だけでそんな苦虫噛み潰したよーなカオしなくても良いじゃない」


 多治比和矢は、露骨な態度に苦笑した。

 別段彼が悪いわけではないことは承知している。せいぜいこの『逢瀬』を意図せず邪魔されたことぐらいだ。


「いやまぁ、キミらがうちの三竹とやり合ったらしいってのは知ってるけどさ。おれ相手にそれ持ち込まないでちょーだいよ」

「じゃ、アコギな商売は止めてください」

「……それだって、おうちの意向だし俺に言われても」


 などと煮え切らない返事。

 毒気は抜かれたが、それでのこんな情けない男が、西棟の管理区長兼多治比の次期家長なのか、と不安に思う。

 フードパーカーの上から重ねているパイナップル柄のアロハシャツが、ますます頼りない雰囲気を作り出している。

 図柄からして、灯一と同じブランドで、ペアルックじみている。


「いや、多治比はともかく和矢には良くしてもらっている」

 フォローを入れたのは、意外にも涼だった。

「秘密裡に横流しをしてもらっているし、そこの楼を仲介してくれたのも彼だ」

「わーぁー! しぃーしぃー! 言わないからこその秘密裡でしょうがよ!?」

 ほとんど言い切ってしまってから、和矢は口元に人差し指をやって、涼の口元をふさぐ。


「おっと、俺のことも忘れてもらっちゃ困る」

 と、さらに涼の荷袋の真後ろで声がした。

 茫洋とした表情から一転、凛々しく顔を引きしめた涼は、素早く身を切り返して和矢を振り切って体勢を整えた。

 その青年、桂騎習玄は薄笑いを浮かべて間を取った。

 ……またしても、アロハシャツである。

 グレーの生地に、ミミズクだかフクロウだがの顔が無数にひしめいている。


「俺もそいつの口車に乗せられた人間でな……ほれ、今回は大収穫だぜ? グレード3以上もいくつか混じってる」

 と、桂騎は見覚えのある『ユニット・キー』の鍵束を、涼に手渡した。

「いつも分けてくれて感謝する。だが」

「おっと、出処は聞きなさんな? まぁ強いて言うならどっかのマヌケの落とし物だ」

 賊徒は曰くありげに真月に目くばせした。


「あっはっは、そんなにキーを手放すなんて、マヌケなヤツもいたもんだなぁ」

 さすがに仔細までは知らないのか。まさか妹の遺失物だとは思っていないらしく、能天気に和矢は笑い声を立てた。


「おう、なんだか見知った連中が雁首並べてんじゃねえか」

 と、豪放な声を憚りなく轟かせ、青信号に切り替わった横断歩道の向こうから顔を出した。

 いかにも、良く言えば好漢、悪く言えばガラの悪い粗暴なヤンキー、といった若い男。彼とは逆に大人しめの眼鏡の少年が控えめに追従している。


 最初、その取り合わせに真月は既視感めいたものを感じていたが、その答えが出てくる前に涼が頭を下げた。


「お久しぶりです。縞宮さん」

「良してくれや白景の。俺様たちァタメじゃねぇか」

「いえ、自分は十八ですから」

「……俺様だってそうだよ、来月からだけど」


 思い出した。縞宮舵渡。南洋の管理区長代行だ。その従者よろしく後ろで縮こまっているのは、自分たちが捜索していた澤城灘だ。

 しかし、やりとりの雰囲気から時代劇か、でなければVシネマのテイストを感じさせる。

 ……着用しているものは、涼もアロハシャツ。相手も真っ赤な太陽のアロハシャツだが。


「ちょいと前までこいつの頭がおかしくなっちまっててよ、検査入院してたのがようやっとシャバに出られるようになったから、快気祝いにな」


 などと腕の中に巻き込まれた灘もまた、言わずもがなアロハシャツである。

 彼の趣味ではなさそうだからおそらく無理くりに買ってもらったものであろう、真っ赤なハイビスカスの映えるマリンブルーの生地のもの。


 ――なんなのだろうか、こいつらは。アロハシャツ愛好会か? それしか夏用の服を持っていないのか?

 ロングTをワンピ代わりに、ショートパンツの夏用コーデで挑んでやってきた自分が馬鹿みたいじゃないか、と真月は軽い自己嫌悪に陥った。


「いや、そういう言い方はちょっと……まぁ皆さんに迷惑かけちゃったけど」

 と、まったくもってその通りの謙遜とともに、灘は拘束を解いた。

 その時、和矢と目が合って、遠慮がちに微笑みかけた。


「えーと、西棟の和矢先輩ですよね?」

 ――多治比和矢は、一瞬目を丸くして、その上の眉間にシワを作った。


「ほら、憶えてません? 前に親父に連れられたパーティーで一言二言話した気がするんですけど」

「……あ、あぁ……うん……そう、だったかな」

 和矢はトーンを低めてやや張り詰めたような相槌とともに、ぎこちなく笑み返した。


 まぁ和矢にしてみれば、そんな友達の友達的アピールをされても、反応に困るだけだろう。

 微妙な空気になりかけたところで、再び縞宮が灘の肩に腕を置いた。


「まぁこうして集まることなんざあのクソッタレな『庭』以外じゃ滅多にねぇんだ。一緒になんか飯食いに行こうぜ」

「おっ良いっすね」

「しかし、持ち合わせが」

「あ、白景さんは良いの良いの。ウチが迷惑かけてるんだから、奢らせてよ」

「じゃ、俺は澤城くんに奢ってやるよ」

「あの……ひょっとしてそれ僕のサイフじゃ」


 ――かくして、慎ましやかな少女の蜜月は、この『アロハシャツ同盟』によって完膚なきまでに粉砕されたのだった。

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