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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(29)

 この南洋分校の夏祭りは、地方の花火大会と日程を合わせているらしく、その打ち上げ花火が夜空に大輪の花を咲かせている。

 その色彩豊かな明滅の下、祭りの総仕上げたるライブ会場の裏手から少し外れた森林に在って桂騎習玄は、『取引相手』を待ち受けていた。


 そして鞠のごとき小型のシルエットがのそっと近づいてきたのを見て、

「驚いたな」

 と多少大仰に目を開いてみせる。

「あんた、ここまでそのナリで来たのか」


 対する球体は、その問いかけに答えて曰く、

「この地球(アース)に流れ着く途中、ある『職人(マエストロ)』と会ってな。その時に教えてもらった認識阻害の術式が、この擬態用レギオンには組み込まれている。俺そのものが、この世界にとっては矛盾でありイレギュラーだからな。体質にもよろうが、大概の人間は『レンリ』という存在が身近にあったこと自体忘れてしまう場合もある」

 というものだった。

 もっとも、彼自体がその事実を全面的に受け入れているとは言い難い。その語調は、どこか物寂しげでもあった。


「へぇー、盗賊としちゃあ是非にもご教示もらいたいスキルだが……でもそれだけじゃ完全なカモフラージュじゃないんだろ? どうやってあの人だかりを抜け出て来た? 効かない人間がいるような口ぶりだが、あの人数だ。一人でもそういう体質のヤツがいれば、一発で動物園や実験施設送りだろ」


 桂騎の質問は我ながら至極真っ当なものであったと思う。

 だが、それは多分にその異形も予期していた問いであったらしい。


 バリウムと塩化化合物由来であろう、青緑の花火が夜空に閃く。

 それに照らされた一瞬、カラスの立っていた場所には、一人の若い男が立っていた。

 その双眸、その顔つき。それらを見逃さなかった桂騎は、不敵な彼らしからぬ動揺を覚えた。


「まさか……あんた(・・・)、なのか?」

 という呟きが、遅れてやってきた爆発音にかき消されたのは、僥倖であったのかもしれない。

 交渉では、感情の露見はそのまま弱みとなるのだから。


「なるほどな」

 男の像は、苦笑を浮かべたままふたたび闇の中へと沈んだ。

 頬を伝う冷汗を残暑によるものだと誤魔化して拭いながら、桂騎は唇を意識的に吊り上げた。


「たしかにあんたがそのザマなら、俺のメアド知ってた理由もつくし、そこに送り付けられてきた大ボラにも、ある程度の信憑性が生まれる」

 顔の高さまで持ち上げたスマホ。そこに表示されたメッセージウインドウの発光によって、桂騎の横顔が照らされた。


「そして俺は、あんたに少なからず借りがあるってことになるわけだが……で、一体何を見返りとして期待している?」

「別に大したことじゃないよ」

 カラスの男はそう前置きした。


「俺の目的は、足利歩夢に俺のホールダーを与えたことで半ば達成されている……が、細かいところで不測の事態が起こりつつある。今日の澤城灘の件も含めてな。だから、何が起こってるのか正確に把握するためにも、もう少し自由の利く『手足』が要る、ってなところだ」

 カラスの黒い右翼が、少年へ向けて伸ばされた。

「協力してくれ、桂騎」


 だが桂騎は容易に握り返すことはしなかった。

 太々しい顔つきで半歩身を退き、

「どうにも釣り合わねぇなぁ」

 と言った。


「不足、と? まだ信じ切れないのは無理ないかもしれないが」

「いや、その逆だ。ぶっちゃけた情報量の見返りとしちゃあ、あんたのお願いは漠然とし過ぎている……信じたほうが、面白そうだとは思うがね」

 そう言って桂騎は、相手にもうワンプッシュ求めた。

「あるんだろ? 他に欲しいもんが」


 元より、腹芸をするつもりがないのか。あるいはそもそも交渉事は不得手なのか……おそらく後者寄りの両方なのだろう。

「そういうお前さんこそ、そう自信たっぷりであるところを見ると、薄々は察してるんだろ?」

 と、試すように問い返した後、いよいよフィナーレへと向かうべく派手に、かつ間隔を短くしつつある花火の合間に、その異形は先にはない強い口調で強請った。




「――を返せ。それはお前には過ぎた品だ」

世界の理を整合しようとすれば、それは大きな痛みと歪を伴う。

なおも続く、予期せぬイレギュラー。俺の知らない、『新北棟』の異邦人たち。


善悪、浅深に関わらず様々な思惑が入り乱れ、混沌が極点に達した時、より強大な混沌が制圧に動く。

その女は覇者にして王者に非ず。玉座の守護者にして、簒奪者に非ず。

秩序の体現者にして絶対の破壊者、征地絵草。

学園最強の暴威と理の嵐が抜く刃が、やがて『真実』を暴く。


――俺の物語は、終わりを迎えつつあった。


次回『カラの、玉座(前編)』

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