(28)
「いらっしゃいませー!」
学生の社会奉仕の一環なのか、あるいは大学生のバイトなのか。
溌剌とした歩夢よりもいくらかは年上の少女が、額に汗して屋台のかき氷屋としては極上のスマイルを見せた。
「何味にしましょうかー?」
などと問うその背の後ろ側ではフル稼働する全自動の氷削りマシンと、個別ブランドらしい容器に入った色とりどりのシロップが置かれている。
さて問題は、肝心かなめのそのフレーバーである。
王道を攻めてイチゴやメロンをチョイスするのが真っ当なチョイスではあろうが、それはそれで陳腐に過ぎて「あぁこいつは友達とかき氷もロクに買ったことがなくてこんなありきたりな味しか選べないのか」などとナメられる可能性がある。かと言ってグアバ茶やグレープフルーツ味など、新参者やマイナーどころを選べばそれはそれでミーハー気取りと侮られるのではないか。
ここは古くから馴染みがありながらかつ、いかにも粋な――プロ――の注文をしなければならないところだろう。
「かき氷、砂糖水で」
結わえられたお団子ヘアをそろりと撫で上げ、意を決した少女はいつにもまして気の入った表情でオーダーを伝えた。
「ハーイ、白蜜ですねー、店長ー、白蜜ひとつー」
「…………」
「他にご注文はございますかー?」
迷惑にならない程度の沈黙の時間。何事かを目で訴えようにも、それが通じる間柄でもないので歩夢は今度は率直に伝えた。
「あ、ブルーハワイでお願いします」
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「どした? いつになく憮然としたツラで?」
「失望していた。グローバリズムと普遍性を求めるあまり固有の文化と言語を淘汰していく日本と言う国に」
「早口で倒置法まで使うほどかよ」
問うたのは、灯一である。頑なに視線を脇へと逸らす方向とは真逆に、鳴がいた。
さすがに露出は控えめだが、絶妙なプロポーションは秘めたるからこそ普段よりも蠱惑的かつ肉感的に浮き彫りになっているところはあると歩夢は思った。
その鳴は、胡乱気に歩夢の両手にあるカップを見つめていた。
「お前、さすがに二個食いはハラ壊すぞ」
「わたしが全部食べるわけないでしょ。レンリは?」
「…………レンリ?」
――鳴は、本心からの不可解気な表情を形作った。
だが、すぐにはたと目を瞠り、
「あぁ、そういやさっきから姿が見えないな。まぁあんな目立つナリなら、そう遠くには行かないだろ……思い出したくなさ過ぎて一瞬、完全に頭の中から消えてたわ」
冗談なのか本心なのか分からない調子で答えた。
ふぅん、と我ながら面白くなさげに相槌を打つ歩夢だったが、その会話を曰くありげな眼差しで、半歩距離を置いたあたりで聞いている士羽の姿を認めた。
そのまま踵を返してどこかへ赴こうとする彼女に、我から歩夢は近寄って、カップの片割れを突き出した。
「食べる?」
「……奢られるいわれはありませんが。というかその金の出所はそもそも私なんですが」
「要らないの?」
「その理由が判らない、と言ってるんです」
たとえ瀟洒な浴衣に着替えたとして、維ノ里士羽の態度は常と変わらない。
遊び心というものを完全に押し殺した、鉄と氷の女。たしかにそんな女に、こんなチープな氷菓など不必要かもしれないが、理由が知りたいというのなら答えてやる。
「別に大したことじゃないよ、あの鳥に渡そうと思ったけど、いないし」
「……あいつのついでですか、私は」
「は?」
「他の連中にでも渡してください。私には用が出来ましたので」
士羽は目を伏せながら冷えた語調で言った。
「もう一つ。こっちはあんた向けの理由」
再び去ろうとする兆しを見せた幼馴染に、歩夢は付け足した。
「お礼。着付けと……あとここに連れてきてくれたことへの」
「……」
「めちゃくちゃ動き回ったけど、そのおかげで少なくとも退屈はしなかった……から」
「そう、ですか」
「あと、好きだったよね? イチゴ味」
「いったいいつの話をしてるんです?」
「じゃあ今は嫌いなの?」
なんとも不毛で、とりとめのない会話だろうか。
しかし、再会してすでに数か月。その間、今までにないぐらい長い対話であったとは思う。
「あ、要らないならオレにちょうだい……フガッ」
「いやいや自分が……ホガッ」
「そこは頼むから空気を読め」
「あんたも、もうたこ焼き二箱いったでしょ」
しゃしゃり出てくる余計な連中を、もう二人の外野が黙らせた。
「別に、嫌いとも要らないとも言ってません」
と言いつつ、士羽の手はまっすぐに歩夢に伸びた。そこで初めて、歩夢に目を合わせた。
そして彼女にのみ分かる、微妙な変化で、目を細めてみせた。
「好きですよ――今だって、ずっと」
ふたりの少女のかすかに触れた指先。
その熱が伝えられ、氷の一角がほんの少しだけ融けて、器の中でほどけて崩れた。