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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(26)

 氷霧の幕が開ける。少年少女の青春活劇の一幕が下りつつある。


「おー、今どこよ……は? どっかの浜? いやなんで外出てんだよ。外出るついでに拾ってくから、ヘタな場所うろつくなよ」

 外野からなお様子を窺っていた士羽に、追いついて来たらしい鳴が並び立った。どこぞと通話しているらしく、『通信兵』の『ユニット・キー』を収めたホールダーを耳元に当てていたが、それを適当に打ち切って士羽に目を向けた。


「知らないかもしれないから一応言っとくと、歩夢たち無事だと」


 頼まれもしない余計な気遣いをする協力者に、「そうですか」と努めて平静な声で返した。知らず、吐息が漏れた。

 鳴や、追いついて来た真月や胡市にそれを気取られることのないように、士羽は戦いを終えた者たちに近寄った。

 もちろん彼女らを気遣ってのことではなく、地面に散った、出処不明のデバイスを回収するために。


「お前、なんでわざわざオレを待ってたのさ」

 汀は、自分が無力化した相手を助け起こして、その頭を自らの膝の上へと置く。

「最初っからあの装置、壊すだけ壊しておきゃ良かったろ。そうすれば、オレを味方に否応なしに引き込むことだって出来たはずだ」

 意思が希薄な少年は、弱々しく儚げに、目と口を綻ばせた。


「……僕の感情は、ともかくとして」

 灘は言った。

「あんなクソ親父の野望の道具なんて焼き払いたかったけど……やっぱり、アレはお前たちに、今後の備えとしてアレは必要だ。だから壊すか壊さないか、お前に決めてもらいたかった」

「何だそりゃ」

 汀は当惑と呆れを隠さなかった。だがそれでも、切り離せない親愛の情がそこにはあった。


「まったくお前は、オレがロマンチストのフリしたリアリストなら、お前はリアリストのフリしたロマンチストなんだよ。へんなとこで形式や流儀に拘る、カッコをつけたがる」

「そう、なんだろうね。でも、だからこそ、躊躇したからこそ、ずっと見ていなかったものもわかった……そうだろう? 士羽」


 奥に何があるのか。その正体を知らない士羽は、ふいに名を呼ばれてそこへと向かう足を止めた。


「あっ、博士ー、メイセンパイたちも、来てたんなら言ってよー」

「いや、あたしらは今来たとこだ……コイツはずっとボッ立ちしてたみてぇだけど」

「中立的立場からの静観と言って欲しいですね」

「ハイハイ」


 適当にあしらわれる士羽の前で、灘はまるで臨終の間際の老人のような、寝息めいた呼気を吐き出した。


「だから、これで、良い」


 と低く呟き、そっと目を閉じた。幼馴染の腕の中で、少年の全身から力が抜けた。がくりと首も垂れて、頬が少女の腿へと押し当てられた。


 場は静まり返り、潮騒にも似た水音のみがその古戦場の如き空間に断続的に響く。

 汀はその音と、灘の感触を噛み締めるように強く瞑目していたが、


「浸ってんじゃあないッ!!」

 と、その彼の頬にビンタをかました。


「あだぁっ!」

 快音だった。相当に痛かろうことは、悶絶して覚醒した灘の過剰な反応から明らかだった。


「だからそーゆーとこだぞ、灘! お前は何やら謎めいたクールキャラロールで独り満足してたみたいだけど、こっちは消化不良で全ッ然良くないんですけど! せめて何が言いたいのかぐらいハッキリしろって!」

「いや、だからそれは勝ったら言うってハナシで負けたから……ってウワー!? なんだお前そのハレンチな格好は!?」

「何って……ただの水着(ビキニ)。来た時からずっとそうだったろ。あ、でもさっきの戦闘でヒモ千切れそうなんだよなー」


 灘は一転、耳を覆いたくなるようなけたたましさで跳ね起きた。

 そして谷間を無意識に寄せたり、半ば破損した右の肩紐を弄って気にする美少女の所作一つ一つに、真っ赤になってひゃあひゃあと女のような奇声をあげて、眼鏡ごと顔を覆って逃げ回る。


 その騒々しさに顔をしかめた真月が、

「結局あたしらは、何に巻き込まれたのかしら……?」

 という至極真っ当な疑問を率直に口にしてから、

「はい、分かりません!」

 と胡市が全霊で無知を表明するのに、

「いや、あんたが答え持ってるなんて思ってないから」

 と冷たく返す。


 もっとも士羽にしてみれば、どちらも同程度のノイズでしかない。

 そして彼女は自身のミュールのそばに打ち捨てられた銀細工を発見した。


 否、それは鍵である。

 規格から察するに、『ユニット・キー』。だがそれも彼女が今まで見てきた種類のいずれにもカテゴライズされない。


 尾につくのは、兵科や概念を象った装飾ではない。

 方形の板。幾何学的な文様の中央には、艦船らしきものが描かれて、それが巻き起こす波間に何か年号めいたものが記されている。

 まるでそれは、鍵やアクセサリーと言うよりかは


(ドッグタグ、のような……)


 しかし惜しいことながらそれ手に取ろうとした矢先に、砂糖細工のごとき脆さで風化し、風と水気に吸われていった。


「――あれ?」

 まるでそれに同調したかの灘が不意に立ち止まり、


「そもそも、なんで僕はこんなことをしたんだっけ?」


 などと呟き、追いかけていた汀をまた呆れさせた。

「ふーん、そうやってトボケる気なんだなー」

「いや、誤魔化してるわけじゃないんだって! そもそもこの場所のことなんて、一体どこから、どうやって……!?」


 正気に立ち返るにつれ、動揺を強めていく灘のストロングホールダーから、例の強化パーツが弾け飛んだ。

 そして『ユニット・キー』の一部とともに、表層に砂嵐のようなものが奔り、摩擦音めいたものを立てながら消滅した。


 ――まるでそこには、最初から何もなかったかのように。

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