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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(25)

 深潼汀も、そしておそらくは澤城灘も。

 足利歩夢が乱入しかけた縞宮舵渡もろともに水落したことは、さすがに気づいた。


「どうする? 見届け人落っこちちゃったけど、まだこれでも試合続行か!?」

「死んではないだろう。それに」

「それに?」


 汀本体と互いに背中を衝突させながら、灘は口をつぐんだ。まるで別人のように好戦的となった少年が、普段らしい逡巡と気弱さを背越しに垣間見せた。


「それに……人のことを気にしている場合かッ!」


 灘はその本心を露骨に隠して矛を回した。

 振り返りざまに旋回する矛先が、汀の防壁の膜を削って火花を放つ。


「僕はお前のことを良く知っている。お前は誰よりも打算的で、狡猾で、他人に自分がどう見られているかを客観視できる。熱血漢……というのが正しい呼称かどうかは知らないが……その表層を、体よく利用して周囲の人間を利用する」


 間合いを的確に図った汀の周囲にはしかし、既にして『暗雲』が設置されている。

 中に隠れた機雷が起爆して、その火炎が少女と、それを保護する海賊(キャプテン)を巻き込んでいく。

 熱、衝撃ともにすでに耐久の限界値を超えている。あと数発もこの爆発をまともに受ければ、四散するであろうことは、方々に刻まれた亀裂より見て素人目にも明らかだった。

 その損傷から相手の注意を逸らし、弱みを見せまいと、汀はあえて強がって胸を張った。


「ずいぶんとまぁ、好き勝手に言ってくれちゃって」

「もし自身が望むような正義のヒーローであったなら、僕の計画はともかくとしても、あの奥の施設は破壊していた」


 きっぱりとして正論をもってそう非難し、黒煙を突っ切った鋒矢が鋭い突きとともに汀を追い詰めていく。接近戦ともなればハッタリは通用しない。レギオンに攻撃を受け止めさせるより、回避を優先させることが多くなれば、当然隠さんとしていたことは露見する。


「お前は、海賊だ」

 物理的に、そして精神的に、灘は追い立てていく。


「いかにも義賊的、ヒロイックに振る舞っているが、結局その正体は利己的な悪党。それがその正体だ」

〈『トリックスター』〉

〈『提督』〉


 そう語りながらもきっちりと鍵を付け替える。

「奇手を以て天命を尽くせ、王城の守護者! 直撃せよッ、グレード3.7、グレイテスト・ホレイショ!」

 黄金の竜に代わって展開されたのは、鋭い四肢で柄を鷲掴みにする巨獣。赤銅色と鉄片の交互のパターンで構成されその姿は、虎。

 その(あぎと)がぐわりと、汀へ向けて開かれた。その中央で、光が渦巻く。矢の形、あるいはT字に形成されたそれはやがて大きく膨張して発せられた。

 一直線。発射にも軌道にも一瞬の揺らぎもない。

 彼らしからぬ、不惑の一条。そして自分の精神からきっと遠い一筋。

 それは回避もごまかしも出来ずに少女の人造レギオンを打ち砕き、その身柄を呑み込んだ。


「――これより先、きっとひどい嵐が来る」

 気が付けば、汀の身柄は地に伏していた。吹き飛ばされた汀は、壁に叩きつけられ、防壁で相殺できぬほどのダメージによって刹那的に喪心していたらしい。熱源に晒されたはずの床は、ふしぎと頬には冷たかった。


「半端な強さや覚悟、ただの虚勢では乗り越えられない高波が、僕らを襲うだろう……悪いことは言わない。降りろ、ナダ。お前には向いていないんだ」


 突然跳ね上がった彼との力量差と、厳格な宣告が、抵抗するすべを喪った汀に染みこんでいく。

 だが正気と混濁の境目に、一人の少女が立っている。

 足利歩夢。


 ――わたしは取ってつけたように好きとか言えるあんたが嫌い。

 ――あんた自身が、()()()()()()()()


 どうしてあの娘は、明確な理由を、それもこちらの本質を的確に突いてまで嫌っている自分を助けたのか。


(ほんとうに、憧れちゃうんだけどな)

 気分屋で、愛想とかお世辞なども言わず、でも時としては自分が嫌い抜く相手でさえ、その確執に捉われることなく心が赴けば助けに動ける。その自由な精神を、言えばまた顔をしかめられるだろうが、一方的に気に入っている。


 しかしそれでも自分は今、あぁはなれない。

 これからもずっと、灘の言う通りに打算的な海賊なのか。あるいは不自由な深窓の令嬢なのか。


(それは、いやだ)


 いっそこのまま寝てやり過ごしてしまおうかという、自らの弱腰を強く否定し、膝を立てて灘は身を起こした。

「本当に、好き放題言ってくれるよな……っ、どいつもこいつも!」

 まさか本当にこのまま気絶でもするかと思っていたのか、軽く瞠目する灘に、不敵な茶目っ気を見せた。


「たしかに……っ、自覚もないところもあるけど、オレってば結構な冷血動物なのかも」

 でもと言葉を区切りつつ背を反らすようにして完全に起き上がり、床に散った『キャプテン』の『キー』を拾い直してそのガントレットに再接続する。


「でも、成りたいって気持ちは本当だからさ」

 ふたたび目の前に現れてくれたその相棒の背を支えに、少女はうそぶく。


「正義を気取りたいんじゃない。ただオレは自由な人間でいたいんだ。そんでもって、夢を与える楽しい人でいたいし、あとはまぁ、海賊らしく欲しいものは欲しいと言い張ってこの手に掴めるような悪党にもな。今は無理でも、仲間とならきっと……だからお前のことも取り戻すよ、いつものお前も」

 そう言って片目をつぶって見せる幼馴染に、複雑そうに少年は顔をしかめた。

「……その自由も結局、親父の作った水槽の中だけのことだろうがっ!」

 眼鏡の奥の眉間にシワを寄せた彼は、ふたたび光線を一直線に射放った。

 ただ一度、ただ一度だけそれを避けられれば良い。


 みずからがあえて命じるまでもなく、『キャプテン』は少女の身体を上へと打ち上げた。

 天井すれすれまで跳ね上がった少女のすぐ下を熱源が通過し、船長の鋼の肉体はふたたびそこへと呑み込まれた。


「もはや地に転がる手駒を拾わせるゆとりなど与えない! これで仕舞いだ!」


 灘が吼える。意気に応じた虎口が、汀目がけて輝度を増す。

 それこそ正義のヒーローよろしく、空中で制動することなど出来るはずもなし。手持ちの駒も使い果たして地に伏した。


 だが、目的は果たした。過程を通過し、自身に課した役割も十全にこなした。

 少年の意識は、攻め手は、頭上に舞い上がった相手の本体に向いている。


「そいつはどうかな!?」

 一度は言ってみたかったセリフ回しである。

虚勢(ハッタリ)を!」

 と灘が返し、視線と照準は彼女に定まったまま。

 が、その彼の足下で、水晶質の閃きが奔った。

「なっ……」

 驚く彼の周囲に、熱線により舞い上がった水蒸気がダイアモンドミストとなってまとわりつき、慌ててそれを振り切らんとした矛の挿入口を霜が下りて封じた。


「『アンブッシュ・コサック』」


 グッとホールダーと腕を差し伸ばした先、氷霧の中に、ダークグリーンの軍服と、朱色の腰巻き、高い帽子が浮き出てくる。


「『コサック』だと!? それは……っ」

「足利サンの持ち物だ。狙ってかどうかは知んないけども、落ちる直前にこっちに投げつけて来た。で、お前が黒煙と機雷撒き散らしてるドサクサに拾って、さっき『キャプテン』を回収するついでに『伏せて』おいた。」

 待望にして念願のネタバラシ。ニッカリ歯を見せて、汀は浮遊感を味わっていた。


「言っただろ? 『仲間とならきっと』って」

「――その妙に現実的なところが本当に腹が立つ!」


 いくら吠えたところで、これで終局だ。

 灘のそれは広範囲ではあるが、一極集中であり、どちらかを狙うよりほかない。

 そして『アンチ・イモータル・ガレオン』のようなレギオンへ換装させようにも、その方法を封じてしまったのだから不可能だ。


〈コサック! ジェネラルフロスト・オールアウト!〉

 ストロングホールダーを操作して出力を最大に、かつそのエネルギーを自信にも転換し、冷気をまとわせた両脚を突き出す。同じポーズで『コサック・レギオン』も氷霧を突っ切って跳び蹴りを繰り出す。

 いずれを討つべきか。その一瞬の逡巡が、結果そのいずれもを受ける羽目へと陥った。

 その『十字砲火』を喰らい、雄叫びをともに矛を手放し、吹き飛んだ。


 澤城灘の胸元から銀細工の首飾りがこぼれ落ちて、穿たれた床を、音を立てて転がった。

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