(9)
それは、側から見れば大輪の花火のようだっただろうと思う。
風圧が内から窓を揺るがし、割り、そしてその衝撃波と光を生み出したふたりは、反発する磁石のように、互いとは逆方向へと吹き飛んだ。
「がっ!?」
転がる桂騎の身体の砂嵐が大きく乱れ、フードを含めた肉体全体を包み込む。やがて毛糸玉を転がすように、彼の身体が地に擦り付けられるたびにほどけ、星の粒子となって空中に霧散する。
依然巻きついたままの蛇を除けば、小柄な男子高校生の肉体が、露わになった。
「ウソだろ……これがグレード1の出力かよ」
汗ばむ頰をヒクつかせて、桂騎は呻く。
だがそんな賛辞に、歩夢はどう反応することもできずにいる。
風に圧されるままに転がる彼女は、「ぐぇっ」と女子らしからぬ悲鳴とともに、扉に激突した。
背を襲う痛みは、さっきよりクリアになっている気がした。
「まぁ、良いさ……」
立てた膝を支えに、桂騎は立ち上がる。
歩夢も応戦すべく起き上がろうとした。だが、そんな彼女を嗤うかのように、怪人だった少年は手をひらひらと動かした。
「お目当てのものは、すでに頂戴した」
嘯く桂騎の、見せつける掌。その指の間に、見覚えのある鉄片が収まっていた。
それはつい今しがたまで自分の腰元に納まっていたもの。キーと呼ばれるアイテム。自分の力の根本らしき武器。
道理で全身を心許なさが覆っているものだと、他人事のように納得する。
「面倒ごとに巻き込まれそーだし、トンズラだな。じゃあな新入り。それと……ようこそ、いやサヨナラかもなぁ?」
イタズラっけの強い捨てゼリフとともに、桂騎はその身を窓の外へと投げ込んだ。
当然のごとく、その気配はたちまちのうちに消えていた。
「……」
息を抜く。
結局よく分からないままに力だけが奪われた。こんなことなら最初から渡せば良かったと思い、というかそもそも口で言えよと相手を怨む。
だが、背後に突然湧いた気配が、その思考も感情も吹き飛ばした。
反射的に振り返った先には、形容しがたいモノがいる。
四肢がある。直立している。人に似ているかと言えば、そうに違いない。
だが、その顔の中心は、まるでクッキーの生地のように、くり抜かれて空洞となっていた。
「アァ……ヤゥ……マォ」
向こうの景色が見て取れるその穴から、嘆くような鳴き声が洩れ聞こえる。
その両腕は極端に湾曲した刀剣と一体化していて、猛獣か猛禽類の、巨大な爪のようにも見えた。
異形、と言うのであれば腕を鉄の蛇と一体化させた灰色の怪人もそうだが、アレとは明らかに質が違っている。
対話という概念さえ理解していそうにない、虚ろな呻き。明確な殺意しか感じさせない諸手。
それを前にしては、力を失った少女など、ただ肩の力を抜いてみずからに降りかかるであろう死を傍観するほかなかった。
「おい、そこのちっこいの。邪魔」
また、別の声が飛んできた。つい本能的に、ちっこいの呼ばわりされた身体は横に傾いていた。
歩夢の耳元を何か杭のようなものが飛び、彼女めがけて刃を振り上げていた怪物の胴を穿ち抜いた。
断末魔をあげて、射抜かれた先、内部に火と油をまとめて注がれたように、全身から爆炎が吹き上がる。
その肉体から、学校の制服をまとった何者かが、弾きだされるように分離した。
その熱を間近に感じながら、歩夢は振り返る。
死にたいわけではなかったが、助かってうれしい、という気分になれないのが正直なところだった。いちいち恩義を感じなきゃいけないのがわずらわしいし、むしろこの場合、より厄介なことに巻き込まれそうな予感があった。
ふつうよりも速く、炎が収まりを見せた。
まるで焼け遺された炭の欠片のように、真っ白な短剣の鍵が、火元だった地点には転がっていた。
「誰?」
歩夢のしかめた顔の先に、女子高生が立っている。
一七〇センチは軽く超える長身。膨らみがある部分も、へこんでいる部分も。おおよそ女性として求められる条件を完璧なまでに満たしたプロポーション。ウェーブをゆるくかけた、手入れの行き届いた、いわゆるマッシュウルフの黒髪。中性的な顔立ちに、少年じみた表情の作り。
ただその容姿だけでも現実離れした得難い存在だが、左手でつかんだ牛のような弓のような奇妙な機械と、そこにセットされた矢を模した鍵が、異質な存在感を放っていた。
「誰だと思う?」
などと、挑発的に唇を吊り上げる。
歩夢はひとつだけ悟った。
今後付き合っていくにせよそうでないにせよ、自分の人生の中でこいつに感謝することなんて一度もないんだろうな、と。




