プロローグ:現とユメ
彼女から見える世界は、ねじくれて、汚されて、歪んで、そして灼けていた。
頬をつける大地は一秒ごとにその熱を増して、砂利も土もコンクリートも自動車も、転がる無数の死体も、余さず溶かしていく。
その熱が地表に焼きつかせた人の影は、編まれた曼荼羅のようだった。
酸素は消費尽くしてもはや一呼吸分さえないにも関わらず、桜の植樹に灯った炎はますます盛りを見せて、昼夜も季節感も定かでない、亀裂だらけの空を焦がす。
大きく全体が傾いて、今にも倒壊しそうな校舎の向こう側には、それとは逆に冷え冷えとした黒い嵐が暴威を誇っていた。
刻むように大地を飲み込み、みずからが孕む暗黒の中へと有象無象、有形無形を区別なく埋めていく。
そんな中で、どうした訳か彼女自身は、溶けることも、嵐に削られることもなかった。痛みだってない。ただ、立ち上がることができないだけだ。
あぁ、と彼女は思い出す。
そう言えば、わたしの両脚は吹き飛んでいたな、と。
自分に言い聞かせるようにくり返す。痛みは、ない。前後の経緯が吹き飛んでいるから自覚としては唐突にこの崩壊の中に放り込まれた感はあるけれど、パニックだって起こさない。
ただその時点での自分は、己を含めた周囲に起こった総てを理解していた。これは、終幕だと。
悔いはない。だが、せめて最期の刹那は見逃すまいと、顔を上げる。
その視線の先には、黒く大きく伸びる影があった。
長い手足を持ち、すらりと細い体躯を持ち、そして……折り畳まれた、鳥の翼を持っていた。
肩から伸びた両翼は、鋼鉄質の鈍い輝きを放っている。一枚一枚が、ナイフ以上の鋭さを持っていて、触れるどころか接近するだけで引き裂かれそうだった。
察するに、自分の両脚はあれによって両断されたのだろうか。
さながら天使の羽根ならぬ死神の鎌といった塩梅か。
それは、自分の枕元に屈んで寄り添った。夢魔のように。
その翼の奥に、長く高くそびえ立つ、金属の塔があった。
否。
それは天を衝く長大な剣だった。
溶かした宝石を塗り込んだような、分厚い透明感に覆われたそれは、自分の墓標か。あるいは目の前の鳥人が背負う十字架か。
その是非を問う前に、怪人の腕が伸びてきた。全身の感覚が喪われた状態で、恐怖はもはや感じなかった。ただ迫り来る死を、漫然と受け入れていた。
やがてその時が訪れて、ふっつりと、電灯を消すかのように視界はブラックアウトした。
そこまで観て、足利歩夢は眼を覚ました。
崩壊した学園も大剣も死神もそこにはなく、あるのはベッドから手足を投げ出すように転げ落ちた自分のマヌケな姿。意味を成さないスマホの目覚まし用のバイブレーション。
そして、器用に床に衝突した額を苛む、たしかな痛みだけだった。