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王太子・ドミニク視点です。R15、多少暴力的な表現アリです。閲覧は注意の上、自己責任でお願い致します。

五歳の時、三歳だったアイロスと初めて会った。子供だった俺にでも分かるくらいアイロスは可愛らしい子で、将来は美しい男性になるだろうと漠然と感じた。加えてアイロスは人懐っこい笑顔で周りを魅了していたから、これは将来が楽しみだと大人たちは言っていたっけ。


親戚という間柄で、年も近かったから俺とアイロスは自然と仲良くなっていった。アイロスは素直で人を疑うことをしないいい子だったから、俺も可愛い弟が出来た感覚でかなり可愛がっていたと記憶している。


そしてアイロスは公爵家の嫡男として相応しい教養と礼儀作法を一気に身に付けていき、うかうかしていると全てにおいて追い越されそうだなと焦った程だ。要は、アイロスは優秀だった。このままだと王太子になるのはアイロスね~などと母上は冗談を言って笑っていたな。勿論、いくら親戚とは言え、彼は公爵家の人間で跡取りだから王になることなどはないが、母上がそのように言うくらいによく出来た子だったのだ。


であるからアイロスの父であるダンジェルマイア公爵と夫人は息子に多大な期待を寄せており、教育にはかなり力を入れていた。まだ十歳だと言うのに領地を見せて経営について語ったり、息子と領民を会わせて顔を覚えてもらったり、外国語をいくつもマスターさせたりと…俺だったら絶対に逃げているということをアイロスはさせられていた。


しかしアイロスはそれを苦に思わず、むしろ楽しんで学びの道を歩んでいた。根が素直なアイロスは様々な知識を物凄い速さで吸収し、そしてまたそれを応用して使うものが上手かったものだから俺はいつも感心していた。神童とはアイロスのような子のことを言うのだろう。


俺もいずれ王太子となる身だからそれなりにビシビシと仕込まれたが、アイロスに比べたら全くいい成績ではなかったし、遊びたいという気持ちが勝って反抗的な態度となっていた。アイロスと比較されてまったくお前は…と溜息をつかれることが多かったのも事実。比較対象となっていたアイロスを疎ましくも思ったこともあったが、アイロスに会えばそんなやさぐれた気持ちもどこか吹き飛び、俺はやっぱりアイロスを可愛がっていた。




ダンジェルマイア公爵がアイロスに外国留学を勧めたのは、アイロスが十二歳になった時だった。隣国の有名な学園に留学をさせ、見聞を広げさせたいと思ったのだろう。貴族の息子が外国留学をすること自体は珍しくもなかったが、その学園にアイロスを入れさせると選択をした公爵に俺は驚いた。


なぜならばその学園は確かに優秀なのだが、貴族だけではなく平民も商人達もいる学園だ。つまり公爵家のような優雅な生活は望めない。今までいた使用人が一切いない寮で、アイロスは一から自分で自分のことはしなくてはならなかった。公爵家で貴族中の貴族とも言えるべき生活をしていたアイロスが、そんなところに放り込まれてちゃんとやっていけるか心配だったが、公爵は「可愛いと思う子程、厳しくするべきなのですよ」と主張していたっけ。


「お前大丈夫なのか?確かにあの学園は優秀だけれど、ド貴族のお前が全部一人で出来るのかよ」


「ド貴族って…。それを言うならばドミニクだって同じじゃないか!大丈夫だよ、そこまで心配しなくても。むしろ楽しみなんだ!自分で自分の道を切り開くって感じで」


アイロスはどこまでも前向きだった。楽観的すぎるきらいはあったが、未知の世界に飛び込むことにワクワクしていたようだ。周りの大人たちもアイロスならば優秀だからちゃんとできるだろうと期待をしていたわけで、ならば俺は何も言うことはなかった。


が、それでも俺は多少心配だった。母国語は一切使えず、誰も知り合いのいない世界でちゃんとやっていけるのだろうかと。十五歳になった俺はつい先日父上に同行して外国に行ったが、たった一週間滞在しただけでもかなり疲れたと言うのに…。


結果から言えば、俺の心配は当たってしまった。






アイロスと再会したのは、それから三年後だ。


アイロスが帰国したと言うからノリノリで会いに行った。俺も十八歳、アイロスも十六歳になったからお互いに土産話は沢山あるだろうとワクワクしながらダンジェルマイア公爵家に足を運んだのだが…。


「え……?」


アイロスに会う前にダンジェルマイア公爵と夫人の元に通されると、驚くべき事が伝えられて思わず言葉を失った。


アイロスは、留学した先の学園の学園長に酷い扱いを受けていたと。それも三年間も。周りの者たちは気付かなく、アイロスは誰にも相談できずに三年間を耐えたと。


「すみません、よく理解できません…。もう少し詳しく教えて下さい」


すると夫人が両手で顔をおさえてワッと泣き出し、公爵も悔しそうな顔をしてやっと口を開いてくれた。




十二歳の時、アイロスはその学園の寮に入った。慣れない外国語を必死で使いながら周りの者たちに声をかけるアイロスは、やはりその容姿もあってすぐに皆に気に入られたらしい。それは子供だけでなく教師たち大人も同じで、アイロスは「外国から来た貴族の綺麗な男子」という認識で有名になったそうだ。


とりわけ学園長はアイロスに目をかけてくれたそうだ。「もうこの国には慣れたかね?」、「困ったことがあったら言うんだよ」、「いつでも力になるからね」と励まし、いつも見守ってくれていたそうだ。


しかし学園長はその甘い顔の下に、卑劣な本性を隠していた。


アイロスの美しさと素直さ、賢さに目を付けた学園長は、ある夜こっそりアイロスを自室に呼んだ。人を疑わないアイロスは、学園長が自分に何か用があると単純に思ったそうで、ふらりと足を運んだのだが…それがいけなかった。


学園長はアイロスを自分の欲の捌け口にしたのだ。十二歳の美少年を裸にし、そして弄んだ。必死でアイロスが抵抗するも、十代の少年と四十代の男の力の差は歴然で、アイロスは無理矢理犯された。


アイロスの美しさならば女だけでなく、不埒な事を考える男がいてもおかしくないと俺は思う。だがアイロス本人はそのような可能性を考えたこともないのだ。勿論、周りの大人たちも教えてこなかった。だってアイロスの周りにいた者たちは俺も含めて貴族なのだから。心の底で何を考えているかはそれぞれだが、一応「お上品」が当たり前とされている貴族達が、そのような下衆な行為の事をアイロスに言うこともない。


自分の「初めて」を、年上のしかも男に無理矢理という形で終えたアイロスの心境はいかばかりだったか。俺の想像など及ばないくらいの絶望だっただろう。


アイロスは誰にも相談できなかったそうだ。周りに可愛がられているとは言っても、心から信頼できる友も教師もまだいない状況だったから当たり前と言える。しかも遠く離れた外国の地でだ。父である公爵に報告をすることも考えたそうだが、そうやってぐずぐずしている内に、また学園長からの呼び出しがあった。来ないと酷い目に遭わせるぞと脅迫も添えられて。


そうやってアイロスは、学園長の玩具となった。毎晩のように弄ばれ、抱かれていいようにされて。


それが原因だろう、アイロスは無口で無表情な生徒に変わっていったそうだ。十代の少年だし、内面が変わっていくのは当然だと周りの者たちは気にしなかったらしい。話しかければ普通に対応もするし、それなりに笑うこともしていたからと。


アイロスは耐えていたんだ。本当ならば国に帰りたかっただろう。こんなけだものの学園長がいる学園を出て、早く屋敷に帰りたかったに違いない。しかし笑顔で送り出してくれた公爵や夫人らの期待に応えたいとも思っており、その為にならば、学園長の性的暴力くらい耐えてみせると己を奮い立たせていた。


十六歳になったアイロスは、笑顔が素敵な、しかしどこか影のある美青年と噂されるくらい有名人になっていた。成長したアイロスを抱くのはきっと学園長にとって至福の時だったのだろう。女よりも美しいアイロスを好き勝手できるのだからな…。


発覚したのは、アイロスの叔母が学園に立ち寄った時だった。アイロスの叔母のマリアは、公爵達に負けないくらいにアイロスを可愛がっており、旅行でこの国に来たから三年ぶりとなるアイロスの顔を見に学園に寄った。マリア殿は、すっかり変わってしまったアイロスの様子にすぐに気付きあれこれ問い詰めた結果、ぽつりぽつりとアイロスが告白をした。


マリア殿は驚き、そのままアイロスを保護するとすぐにダンジェルマイア公爵に知らせた。報告を受けた公爵は慌てて学園に来てアイロスを連れ帰り、学園の理事長を呼び出して学園長を断罪させたのだった。おそらく学園長は他の生徒にも手を出しているのではないか…と理事長らは恐縮していたそうで、かなり厳しく学園長は罰せられることとなったが、俺としては死罪にしてもらいたいと心の底から思った。一連の処理は迅速にかつ秘密裏に行われたそうだから、アイロスが帰国せざるを得なかった本当の理由を知る者は少ないし、こちらの国でも知っている者は俺たちだけだ。だが名誉が守られたからいいとかそういう問題ではなかった。


「アイロス……」

「……、やあ、久しぶり、ドミニク」


三年ぶりにあったアイロスは息をのむ程の美貌と色気で俺を圧倒した。けれど以前のように屈託なく笑うことはせず、一線を引いた笑顔に変わっていた。親戚で仲がいいとは言え、諸々の事に関して突っ込んで聞けるはずもなく、お前も大変だったなと言葉を濁すしかできない自分の能力の低さにげんなりした。アイロスは困ったように笑うだけで、ポンポンと俺の肩を軽く叩いた。


泣きたいなら泣けばいい、俺で良ければ話も聞いてやるぞと言えれば良かった。だがお互いに成長した男であり、そんな事ができようはずもない。ましてやメソメソと女のように泣いて過去を振り返ることも勿論躊躇われた。結局、俺ができることと言えば友人としてアイロスの傍にいてやることくらいだった。アイロスが我慢強い性格だったから学園長が三年間も好き勝手できたことを思えば、我慢せずに自分の心の内をさらけ出させた方が正解だったのかもしれない。しかし俺もアイロスももう子供ではなかったし、同時に自分の苦い人生を笑って話せる程大人でもなかった。




その後、この国の社交界で顔を出したアイロスはたちまち女性達の人気者となった。あの美貌だから当たり前だが、アイロスは明らかに一線を引いて接していた。常に甘い言葉を吐きながら天使の笑顔で女性達と話をするが、よくよく観察していれば、アイロスは一度も女性達に触れることはないのだ。ダンスも全て笑顔で断っているし、そもそも誘われそうな気配を察してタイミング良くその場を外している。


アイロスに恋している女性達は多いが、ギリギリのところで彼女たちから誘われないようにしているのはアイロスが身に付けた術だろう。沢山の恋人がいると噂されているアイロスだが、実際のアイロスはどの女性にも触れていないのだ。


そんなアイロスも二十歳でやっと婚約をした。公爵家の跡取りなのだから、必然のことだが…。アイロスは大丈夫なのだろうかとまた心配になってしまう。


相手はホフマン侯爵令嬢・エヴァンジェリンで、豊満な胸を持った美人だった。エヴァンジェリン嬢はアイロスの事を好きだったそうだから、愛ある生活をアイロスと築きあげて、アイロスを癒してやって欲しいと願ったさ。


だがそれは実らなかった。ある昼下がり、公爵家に顔を見せに来ていたエヴァンジェリンは、自室の長椅子で居眠りをしていたアイロスに迫ってしまったのだ。


その日、日々の疲れが溜まっていたのだろう、アイロスはエヴァンジェリン嬢を待つ間についつい眠ってしまったそうだ。執事らがアイロスを起こそうとすれば、疲れているだろうからそのままにしてあげて、自分はここで待たせてもらうからと、エヴァンジェリン嬢が言ったらしい。


俺からすれば公爵家の人間はやはり楽観的すぎる点があると本当に怒りたくなる。なぜアイロスと若い女を部屋に二人っきりにしたのだろうか。確かにエヴァンジェリン嬢は慎み深く、良い噂しか聞かない令嬢だ。だから間違いは起こらないとでも思ったのだろうが!


だが声を大きくして言いたい。アイロスの美貌はすごすぎるのだと。学園長ですらアイロスに狂ったのだ。若いエヴァンジェリン嬢がそうならないとは保証がないだろうに!


かくしてエヴァンジェリン嬢は、寝ていたアイロスに迫った。とは言え、軽く口づけをする程度だったのだろう、アイロスの胸に手を置いて顔を近づけた。


その瞬間、アイロスは目をカッと開いてエヴァンジェリン嬢を思いっきり突き飛ばしたそうだ。エヴァンジェリン嬢はその衝撃で後ろに倒れ、ローテーブルの角に後頭部を強く打ち付けて血を流し、音を聞きつけた使用人たちが部屋に入り衝撃を受けていた頃にアイロスは我に返った。エヴァンジェリン嬢の頭の傷はかなりのもので、アイロスはちゃんと責任を取って結婚もするしこれからの人生で詫びていくと言ったが、エヴァンジェリン嬢本人がアイロスを怖がったことで婚約は破棄になってしまったわけである。


「…私は人に触れられるのが怖いんだな…。今更気付いたよ」


困ったように笑ったアイロスに、俺の方が泣いた。アイロスの心の傷は深く、簡単に癒せるものじゃないと。


それでもアイロスは己の弱さから目を背けることはしなかった。次期公爵として領地を守っていくことを使命としていたし、立派な跡継ぎである子供を授かるために、どこぞの女と結婚するのは当然だと考えていた。無理をしなくても養子をもらえばいいじゃないかと言ってみたが、


「私は、まだ私自身を諦めているわけじゃないよ」


と笑顔で返してくるものだから、それ以上はもう何も言えなくなる。





そうした中でアイロスの二度目の婚約者として選ばれたのが、ロスヴィータ・ブッフバルト子爵令嬢だ。


正直、なぜあそこの家の令嬢?って思った。ブッフバルト子爵の醜聞は有名だし、今や社交界でも煙たがられている存在だ。あまりに不釣り合いな婚約だろうと公爵に言ってみれば、どうやらアイロスが強く希望したから渋々ながらも許したとのことだった。何だかんだで、アイロスには甘い親め!そんなだからアイロスが痛い目に遭うんだと憤慨した俺は、密かにロスヴィータ嬢と家の事を調べた。


すると報告によれば、ロスヴィータと弟のセルジュは父親であるブッフバルト子爵を酷く嫌っており、家を出たいと願っていると。そしてロスヴィータは大の男嫌いだそうで、自分に近づく男の全てをその鋭すぎる眼力で排除してきたとも。浮気ばかりくりかえす父親のせいで、男を信用していない姿がありありと想像できる。


ロスヴィータ嬢は特別美人でもなく、家庭の事情から性格もツンツンしていると聞いて、一体どこを気に入って婚約者にしたのだろうかとアイロスに問い詰めた。すると予想しなかった答えが返ってきた。曰く、


「私の顔を見ても、表情を変えなかったから」


だそうで、自分の顔を見ては表情を変える女やら男たちに辟易していたらしい。アイロスとしては自分の事を一人の人間として見てくれる女性が良かったようで、顔で選ぶような女はあまり眼中になかったそうだ。それは学園長やエヴァンジェリン嬢の事からそう思ってしまったのだろうけれど…。


「私は私のことを諦めてはいないよ。けれどどうしても私の顔は障害になる。だから、いっそのこと私の顔が嫌いだと言うくらいの女性がいいと思っている」


アイロスの思考は、アイロスの辛い過去から作り上げられたものだ。だから言わんとしていることは理解しているが…それでもいやいやちょっと待てと言いたい。容姿が嫌いな男と一緒になりたいと思う女がいるか!?どの女だって、自分好みの男と一緒になりたいと思うだろうに…。


とは言え、俺にとってアイロスと婚約者殿ならば当然アイロスの方が大切だ。婚約者になるロスヴィータ嬢には悪いが、アイロスがいいならばいいのだ。


しかしいざロスヴィータ嬢をアイロスから紹介されて、おやっと思った。


アイロスの表情が明るいのだ。忌まわしき過去よりも前のアイロスがそこにいるような、そんな笑顔をしていた。ロスヴィータ嬢は眉をしかめて怪訝そうにアイロスを眺めているが、案外この二人はお似合いじゃないかと感じた。


考えてみれば、アイロスもロスヴィータ嬢もそれぞれ事情は違えども、心に傷があるのだ。そんな二人がお互いの事情を知り、話し合って心を許し合えば、もしかしたらそこに愛が生まれるかもしれない。そうすればアイロスも癒されるかもしれない。かなり時間はかかりそうだが、そうなってくれたらこれ程嬉しい事はないな…と心から願った。


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