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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
怪奇を追う霊感少年
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8節 神守杏哉は味方なのか? (挿絵あり)

時系列を少しさかのぼります。イラストをフライングしていたアイツがついに登場します!

 誰にでも秘密にすることはある。杏奈だってそうだ。

 彼女が秘密にしておきたかったことはただ一つ、2日前の夜の出来事だった。彼女はどれほど聞かれようともそれだけは頑なに明かさない。




 それは満月の夜のことだった。酒豪である杏奈が日本酒を買いに外出していたときのこと。彼女は店のすぐそばでその気配に気づいたのだった。

 かつて立て続けに経験した強者の気配に似たようなもの、それが後ろからずっとついてくる。

 夜道で杏奈は振り返り、イデアを展開した。暗い夜道と満月の夜に杏奈のイデアはよく映える。


「おいおい、そうカリカリすることはないだろう。綺麗な顔が台無しだよ」


挿絵(By みてみん)


 その声とともに1人の男が現れた。つややかな藍色の髪に青い瞳、180センチはゆうに超える身長。まるでさらに成長した杏助を思わせる外見だった。だが、決定的に違うのは、どこか影があるものの挑戦的な表情だ。杏助にはそのような表情はできないだろう。

 彼を目の前にした杏奈はいっそう警戒心を強めた。


「そんなことは言わなくていい。私はこの顔を売りにしているようなアイドルではない」


 杏奈は低い声で言った。


「いや、そんなことを言われても君が美しいのは事実だろう。俺の妹だからな」


 その男は言った。すると、杏奈の眉がピクリと動く。


「今何て言った?いや、聞き間違いだろうな。私に兄弟なんているはずがない。あんたは誰だ?」


「俺かい?俺は神守杏哉。君のお兄ちゃんだ」


 と、杏哉は言った。

 彼の顔は妹を受け入れようとする優しい兄そのものだったが、杏奈から見れば胡散臭いとしか思えなかった。初対面の女性を妹と呼ぶ者が特殊な性癖を持つ者以外に誰がいようか?


「嘘だ……!私に兄弟がいるとしても、あの日あの村で皆死んだはずだ!炎に焼かれて……精神がおかしくなって……」


 杏奈の脳裏に17年前の出来事がフラッシュバックする。まるで怪談や残酷な昔話のように、思い出は杏奈を蝕んでゆく。

 ――幼き日に、彼女の家族だって死んでいった。彼女の死にざまは杏奈のトラウマだ。


「信じるか信じないかは君に任せるよ。だけど俺にとってお前は愛すべき妹だよ。杏奈」


 警戒する杏奈をよそに杏哉は彼女に近寄った。

 顔が近い。杏助は杏奈の展開するイデアを気にすることなく杏奈の唇に彼自身の唇を押し当てた。抵抗する杏奈の力も杏哉の力には及ばず、彼のなすがままにされる。

 ――杏奈の脳内に絶え間なく記憶が流れ込んだ。これは何だ。頭痛が杏奈を襲う。それに加えて杏奈が知るはずもない記憶が脳内で再生される。


「ごめんね。少し手荒になってしまったがこっちの方が手っ取り早く伝えられるかと思ってね……」


 唇を離すと杏哉は言った。


「ふざけるな……初対面の女にこんなことするなんて頭おかしいのか!?あ……アルコールで消毒しないと……」


 ウォッカも買っておくか、と言いかけて杏奈は口を閉じる。


「参ったなあ。その態度だと許すつもりもないんだろう?だが、君の脳内にある記憶はすべて事実だ。信じるか信じないかは君次第。俺としては信じてくれた方がありがたい。それともう一つ、この痣に見覚えはあるか?」


 杏哉は袴の裾をめくった。彼の左足のふくらはぎにも杏奈と同じくひび割れの形をした痣があった。


「その痣が何だって?それくらいただの体質かと……」


「違うね。それが呪いの証、因縁だ。君はこの町の呪い、消えた村の呪いからは逃れられない。関係ある者たちはきっと引かれあう。俺と君みたいに」


 と、杏哉は言った。


「そうそう、この痣を持つ者があと1人いるのだが知らない?年齢で言えば17歳くらい、俺と君の弟だって話だけど」


 杏奈は弟の存在も知らなかった。神守杏哉という男と出会うまではずっと天涯孤独であると信じ込んでいた。

 衝撃の情報をいくつも押し付けられて頭が混乱する杏奈。


「私に弟だって?わからないな。第一私は春月市でもない場所の孤児院で育って兄弟だっていなかった。皆あの日に……」


 そのとき、杏奈の脳裏に「あの日」の情景が浮かぶ。自分が経験していない情景が。


 ――姉弟だけはこの村から逃がさねばならん。5歳の子供と赤ん坊だが。

 ――小梅は杏奈と杏助を連れて村を出ろ!お前が危なくなれば誰かに2人を託せ!


 頭痛。杏奈は目を見開いて呼吸が速くなる。

 頭に浮かぶのはある村の情景だけではなかった。消える人間、開かれた特異点。これは何だ。2人、という言葉も引っかかる。杏奈の頭は混乱していた。


「小梅……お姉ちゃん……?どういうことだ!?」


「記憶が混濁しているか。大丈夫だよ。あの日に囚われることはない。真実はいずれわかるはずだ。君がわからなければ俺が探し出す……じゃあね。これ以上ここにいれば君に殺されてしまう」


 杏哉はそれだけを言い残して闇の中に消えた。


「私は因縁の中にいる……私はその因縁に決着をつけなければならない……鳥亡村の罪人を討たなくてはならない……」


 1人残された杏奈は悪い夢でも見ているようだった。自分が信じていた、経験したものをすべてぶち壊されたようだった。


「私は誰だ……?」


 杏奈は絶望したような顔で建物の壁に手をついた。

 誰か、夢から醒ましてほしいと杏奈は願うしかできなかった。そして不甲斐なかった。何が5年前からささやかれる「星空の戦姫」だ。評判とは裏腹に、彼女はからっぽで孤独だった。


「帰りが遅いと思ったらどうしたんだい、杏奈」


 ふと杏奈に声をかける人物が1人。夜道を照らす街灯でほんの少しだけ顔が見える。

 彼はキリオだった。


「聞くまでもないな。僕はあの男を知っている。本当に危険な人だが言っていることは間違っていない。君はどうするつもりなんだい?」


 と、キリオは尋ねた。


「……あいつの言うとおり、というかあいつの伝えた記憶のとおり私は因縁に決着をつけなければならない。あいつが探しているもう1人が誰なのかは知ったことではないが巻き込まれるのであればこちらから飛び込んでやる。私は異界から生還したんだ」


 杏奈は答えた。

 彼女は明らかに無理をしていた。心の整理がつかないまま、杏哉からの揺さぶりをうけたまま無理に決断しようとしている。


「そうか。やっぱり君は1人で何かをやろうとするのか。でも仕方ないな。君の境遇を思えばね。

 とは言ったものの、僕は協力させてもらうよ。本来、そちらが本業なのでね」


 キリオは言った。



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