エピローグ 町に怪奇が現れたら
春月中央学院高校。美術科2年の教室には誰が持ち込んだのかも知られていない絵画が置いてあった。それは怪奇現象の噂や、怪談とともに伝わっている代物であるが――
悠平は絵画に手を伸ばした。あのときから学校に来なくなったクラスメイト白水帆乃花の居場所を杏助に伝えられ、悠平も決心がついた。
「拒絶されてもいい。俺は白水さんを迎えに行かないと」
悠平の手が絵画に触れたとき。悠平の手はズブズブと絵画に沈んで行き、絵画の中に誘われる。
――絵具で彩られた空間。これは、堤咲という人物が彼女自身の能力で作り上げた空間だ。死してなお、彼女はこの空間に籠り続けている。それだけ思い入れがあるのか、はたまた別に目的があってここに籠っているのか。
悠平はこの空間の主である咲を探し、辺りを見回した。
すると――
飛来するパレットナイフ。明らかに殺意と敵意のこめられた攻撃だった。
悠平はイデアを展開し、パレットナイフを反射した。
「俺は敵じゃありません!白水さんを迎えに来たたけですから! 」
と、悠平は言う。
「そうみたいだねえ。ただし、外が安全だってきまったわけではないんだよ」
空間の奥の方から悠平の耳に入る咲の声。彼女の声から敵意の類は感じられなかったが。
パレットナイフの攻撃がやみ、現れる咲。
「帆乃花を迎えに来たって本当でいいのかな?場合によっては――」
「本当です。白水さんを殺そうとしていたやつも、杏助たちが斃した。もう外は平和になったんですよ」
悠平は言った。
彼が言うことはまぎれもなく本当のことだった。たとえ咲や帆乃花が信じようとしなくても、一度ここに現れた敵がすでに斃されたということはありのままの事実。
「そうかい。帆乃花を呼んでくるから待っててよ。彼女、ああ見えて不安そうだったから」
咲はその言葉を残して空間の中に消えた。
咲は帆乃花から信頼されている。命を狙われているときだって、帆乃花は咲に助けを求めた。もし、あのときに頼れたのが咲以外にもいたとしたら?
悠平があれこれ考えていると、空間の奥の方から1人の女子生徒がやってきた。
黒髪で、赤いインナーカラー。セーラー服には銀色のスタッズがついている。
「よりによってお前か……しかもあたしを迎えに来たって……世界滅ぶ? 」
悠平を見るなり帆乃花は毒を吐く。
「よりによって、だよ。あなたを殺そうとする人はもういない。もう、怖がらなくていいんだよ」
悠平は言った。
すると帆乃花は顔を赤らめ――
「うるせえ、黙れ!このロマンス脳!ちょっと安心させたところであたしに受け入れられると思うなよ!迎えに来てくれたことは感謝するけど!でも、それとこれとは別だ!わかったか××! 」
絵具で彩られた空間にこだまする帆乃花の怒鳴り声。帆乃花はいち早く悠平から目をそらした。
「相変わらずだねえ。それじゃあ、また好きなときにおいでよ。二人とは話が合いそうだし、ねえ」
咲は言う。
彼女に見送られながら、悠平と帆乃花はこの空間の外に出た。
そのとき、帆乃花は悠平に聞こえない声で言葉を残す。
「……やっぱり鶴田くんと一緒だと調子が狂う」
――蘇我清映が倒された後、春月市の怪奇現象も減っていた。ゲートだって霊皇神社のものを除けばすべて消えている。
本当の意味で、春月市には平穏が訪れたのだ。
負傷者たちは次々と退院し、春月支部の今後の方針も少しずつ決まっていた。
芦原キリオというリーダーと、その他の旧構成員をすべて失った春月支部。そこを再建するということで、杏奈と彰が春月市に残ることになった。
対照的に、シオンとローレンはこの春月市を去る。2人も残りたいと言っていたときがあったが、本部の都合で長居はできないことが確定していた。そのため、2人は春月市における戦いの事後処理が終わるとディレインの町にある本部へ戻ることになった。
別れの日。春月市の中心部であり、各地へ向かう列車の止まる春月駅にてシオンとローレンは大きな荷物を抱えていた。
「いろいろと思うことはあるが、しばらくは会えなくなるな」
シオンは言った。
「大丈夫ですよ、会長。4人は、私と彰がしっかり鍛え上げるので」
杏奈は答えた。
その4人というのは――杏助、晴翔、悠平、そして帆乃花。
彼らはスカウトされたというわけでもなく、全員が自ら志願していた。とくにオカルト好きの杏助と魔物ハンターである兄に憧れていた晴翔。
当初は巻き込みたくないと断り続けていた杏奈は杏助と晴翔の意志に根負けし、4人の鮮血の夜明団入りを許可した。
「それは心強いね!私は保証できないけど、会長は多分また来てくれるはずだよ。杏奈支部長も頑張って」
ローレンが言う。
彼女は片脚をなくし、今は松葉杖を使っている。ディレインの町に戻れば再生医療を受けるか、特殊な義肢を作るかのどちらかをするとのことだった。
そんなローレンの声にこたえる杏奈。
「魔物ハンターが春月市でも認められるようになるくらいにはね」
杏奈の言葉には確かな意志があった。彼女が新しい時代を切り開こうとする意志が。
しばらく談笑をしているうちに、列車が発車する時間になった。
シオンとローレンがトランクを引きずって列車に乗り込むとき。杏助は言った。
「俺、会長みたいな立派な魔物ハンターになります! 」
「おう!次に会うときは楽しみにしているぞ! 」
シオンは振り返って言う。
やがて、列車は発車する。春月市に残る6人はシオンたちの姿が見えなくなるまで手を降り続けた。
そんなとき、杏奈の目に入ったのは――
列車に乗った藍色の髪の極端に白い肌をした男。傷だらけの顔の男は隣に座った女と話をしているようだった。
彼――織部零もまた、どこかに向かうのだろう。
「姉ちゃん、何かあった? 」
「いや、何でもないよ。さあて、春月支部に戻ったらそれぞれの適性を再確認する!これから君たちが成長していくためにね」
この話をもちまして、「町に怪奇が現れたら」は完結です。
今まで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。
また、5月上旬頃からこの話の続編を連載する予定です。もしよろしければそちらもよろしくお願いいたします!




