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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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85節 鳥亡村伝説

 闇が祓われた。

 杏助を包み込んでいた暗黒空間は崩れ落ち、その中心にはとてつもないエネルギーを纏った杏助が立っている。彼が放っているエネルギー――展開されたイデアはあらゆる邪念さえも消し去ってしまうほどの勢いだった。

 その顔には絶望の欠片もなく、絶対の自信が溢れていた。


 「ヤリオッタカ……」


 闇が祓われる中で清映の声がこだまする。

 闇の欠片が一点に集まり、再び清映の姿を形成した。それが示すのは、清映の力の残存。だが、恐れることなどない。

 杏助はベルトに差した刀の柄に手を添えた。


「いくぞ、蘇我清映!これが最後だ!お互いにな! 」


 杏助の言葉を受けて口角を上げる清映。どうやら彼も力を溜めている。


 ――杏助は、己に力を貸した亡霊――大石依を信じて刀を抜いた。


 杏助の体から膨大なエネルギーが溢れ出る。清映の持っていた圧倒的な殺意が負のエネルギーであるならば、こちらは正のエネルギー。杏助はそれを纏って清映の瞳を直視した。


「俺は闇を祓う者。鳥亡最後の長。あなたの罪を定義し、ここに裁きを執行する! 」


 脚を踏み出す。刀を振るう。

 空を切った刀の軌跡は緑色の呪印を描く。呪印の放つ正のエネルギーはまさしく、清映が最も恐れるものだった。


『鳥亡ノ罪深キ神主ヨ……ココデ懺悔ナサイ! 』


 杏助の後ろで声を発した依。

 その言葉がきっかけとなり、杏助の周りには血塗られた御札がいくつも現れた。

 驚きを隠せない杏助をよそに、依の操る御札は宙を舞い、清映に絡み付く。絡み付いた御札は絶対に清映を離すこともない。清映が動けば動くほど強く彼を縛るのだ。


『行キナサイ、若キ長! 』


 依の声が杏助を急かす。

 杏助はかつてないほどのイデアを展開した状態で清映に斬りかかった。


「キサマァァァァァッ!!! 」


 杏助に刀傷を入れられた清映は徐々に自壊しはじめた。黒い影が形作っていた体の末端から少しずつ粒子が外部に流出する。

 抵抗の様子は、まだある。杏助が少しでも気を抜けば、清映の邪念に精神をやられるだろう。それほどまでに清映は負のエネルギーを抱え込み、放出していた。これが幾多の人間を己の力と呪いを解くという目的のために殺した結果。まさに彼そのものが怨念と化していたのだ。


 ――もう一太刀。


 杏助は清映との距離を詰めて刀を振り上げる。


「祓いたまえ!清めたまえ!守りたまえ!幸えたまえ! 」


 咆哮とも呼べる祝詞を叫び、杏助は清映を両断した。

 御札に囲まれた中で、清映はもはや亡霊としての形さえも保てなくなった。そして、彼は黒い粒子となって消滅した。


「……終わった。俺は、呪いを解いたんだ……」


 杏助は身体中から力が抜けて地面に座り込んだ。表情筋も力が抜けたように、安堵した顔を作り出す。


「アリガトウネ。可愛イ鳥亡ノ長。私モヤットアノ世ニイケル……」


 杏助の側に浮遊していた依は杏助にそっと語りかけた。


「アナタノコト、忘レナイ。幸セニナッテネ……」


 依はそれだけを言い残して天に昇っていった。

 そして遺される杏助。


「俺もまだやることがあるなぁ。治さんにお礼を言わないと」


 杏助は立ちあがり、神守邸の方へ走っていった。




 神守邸の前に佇む4人――悠平、晴翔、治、そして異界から戻ってきた杏奈。彼らは杏助の姿を見るなり思い思いの顔となった。


「やりました!『歴代誌』の術は最後まで使えなかったけど、ある人が力を貸してくれたんです。いつぞやに晴翔を乗っ取った首なし巫女さんが」


 杏助がそう言うと、治と晴翔が目を丸くした。

 治はあの術もなしに清映を倒したことに、晴翔は首なし巫女が力を貸したことに驚いている。が、悠平と杏奈はそれで納得していた。


「あんたは幽霊に信頼されるようだからね。とにかく、呪いが解けてよかった」


 杏奈が言った。

 彼女は今もイデアを展開し、無理をしているようだった。


「本当にそうだよ。あ、治さんにも言っておくことがありました。兄ちゃんから伝えてくれって話ですけど……」


 杏助は治に言う。


「は?あのクソッタレからか?まあいい、聞いてやる」


 と、悪態をつく治。それでも治は内心では杏哉の死を悼んでいた。


「ええと、『治ちゃん、これから一人になるだろうけど強く生きて』だそうです」


「……そんなこたぁ、言われなくても判ってるよ。わざわざありがとな……」


 と、治は言った。


「さて、私らも行くところがあるな。これから異界を経由して、春月中央病院に行く。怪我人が出ている以上、ね」


 勝利の余韻から真っ先に抜け出したのは杏奈だった。彼女は異界から鳥亡村に戻ってきたときに石化したシオンとローレンを見て晴翔から事情を聞いた。だからこその判断だ。


 5人はシオンとローレンの横たわる場所に移動する。


 血だまりの上に横たわる石化したシオンとローレン。満足な医療も、治療ができる者の救援も望めないこの場所で、生かしておくために晴翔は2人を石化させるという判断を下した。

 2人はまだ死んではおらず、呼吸も脈拍もあった。


「ありがとう、晴翔。あんたの咄嗟の判断が会長とローレンを生かし続けている。兄さんは残念だったけど……」


 その仇を杏助がとってくれたから、と言いかけて杏奈は言葉を飲み込んだ。

 まだ、安心するには早すぎる。まず治療。それから春月市の呪いとゲートの調査、鳥亡村の記録。やることはまだ残っていた。


「早めに転移しようか。私が中心にいるから、できれば近くに寄ってほしい」


 杏奈の指示で、杏助らは彼女の近くに寄る。

 全員が近くに寄ったところで杏奈はイデアの展開範囲を広げ、叫んだ。


「転移せよ! 」


 ――彼らは異界を経由して春月市に戻るのだった。



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