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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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82節 残留思念は滅びない

 蘇我清映の能力の1つ目はありとあらゆるものを破壊する太刀。

 2つ目は死人の魂を利用した、町一つを消滅させるほどの呪詛。

 3つ目は――




 それは彼が死んでから発動するものだった。

 イデアというものはほとんどが使い手が死ねば消える。だが、使い手が死んだところで消えないといったものも数は少ないが存在する。筑紫光太郎か死後に沼男の姿を取って現れたように。

 生前の蘇我清映は、祠にいたとき既に3つ目の能力について知っていた。そして、清映の呪詛は彼の魂があの世へ行くことを許さなかった。

 まさに未練というべきか。


 ――ミナゴロシダ……。テハジメニキサマヲ……。


 清映の残留思念、亡霊や悪霊の類ともいえるものは晴翔の体にすうっと入り込んだ。


「やはり、感受性の高い者の体にはよくなじむらしい……狩村晴翔も大概繊細なやつだと思ったが、これほどまでとは思わなかったぞ」


 晴翔の口を借り、清映は言った。

 晴翔の顔はこわばり、精神は混濁する。それも、晴翔が虚勢を張っていながらも繊細な心を持ち合わせているばかりに。

 晴翔の精神は亡霊にあらがうことをやめ、亡霊は彼を乗っ取った。




 壁が崩落してしばらくすると、神守邸の外からの気配が消えた。いや、正確には圧倒的な破壊のエネルギーが消えた。


 杏助と治もそれに気づき、目を白黒させる。

 どうやらことは思いのほか早く進んでいるらしい。


「おい、杏助ェ!まだできないのかよ? 」


 治は焦った様子を見せながら声を荒げた。


「すみません。まだできていません。ロジックそのものはわかっても感情が大事だなんて。俺、そこまでの感情を持つようなことなんて……」


「ああ!?じゃあ、想像してみろよ。お前の無力ゆえに悠平くんや杏奈が死ぬところでもなァ!お前にできなければ、それも多分本当になる」


 治は杏助の感情を煽る。その意図は杏助だってわかっている。


 杏助は治に言われた通り――


「おい、杏助。気をつけろよ。神守邸の外に誰かいる。というか、あの野郎の残留思念だろうな。ノイズに似ていやがる」


 ふと、治は言って外に出た。部屋に残されたのは杏助ただ1人。まだ『歴代誌』にかかれたものを習得していない杏助を残し、治はノイズの方に向かった。


 ……嫌な予感がする。


 ――外で待っていたのは晴翔。だが、彼はいつもと違っていた。

 影はあるものの、年相応の少年のようだった晴翔の顔は変わり果てていた。まるで、何かに憑かれているかのように。

 その顔に浮き出ているのは、清映のような影。


 治はそれが嘘であってほしいと願っていた。だが――


「自ら出てきたというのか。好都合なことだ。貴様を……」


「晴翔、じゃねえな。お前、そんなこと言うはずないよな。誰が中にいる? 」


 治の中の疑念はすでに確信へと変わっていた。彼の感じていたノイズは目の前にいる晴翔という少年の中から発せられている。そして、それは清映が遺したものと一致していた。


 治はこれ以上晴翔の中にいる者に声をかけることもせず、ペン型のイデアを展開する。そのペン先には紫色の文字が現れた。


「お前の中から引きずり出してやるぜ。記憶は人の遺したもの。人の中に入り込んだ残留思念など、俺なら引き出せる。おら、来るなら来いよ。亡霊野郎! 」


 生きた人間を相手に戦うことは、治が苦手とすることだった。その土地で人間の遺した記憶を引き出すことが主な能力であるため、戦闘にも使うことができない。

 だが、彼が死者の魂や記憶を相手にするときは話が変わる。治には彼にしかできないことがあった。


 晴翔の体を借りた清映は、その右手に呪法のエネルギーを込めた。黒く染まる指先はまさに呪詛の賜物。


 治に詰め寄る清映。


「これで、死ぬがよい」


 黒く染まった手刀。治は間一髪のところで躱し、ペンを晴翔の体に突き立てた。


「引き出してやるぞ。中にいるヤツだって、所詮は記憶。死んだ人間なんて俺の……」


 治の鳩尾に蹴りが入った。

 治は激しく咳き込み、膝から崩れ落ちた。


 彼を見下ろしながら清映は言った。


「死ぬがよいと言ったはずだが」




 時を同じくして、鳥亡村の森の近く。

 呪詛の空間から解放された悠平は周囲の様子を見た。


 血だまりの上には石化したシオンとローレン。2人は清映と直接戦って攻撃を受け、重傷を負った後に晴翔が石にした。

 晴翔がしたことも、悠平は覚えていた。


 だが、不可解な点があるとすれば晴翔がいないことと、地面に残る血痕。

 晴翔は。清映はどこに行ってしまったのだろうか?


 悠平は何か情報を得ようとして血痕をたどることにした。


 ――そして。血痕が薄くなっていったところで、不自然に壊された廃屋を発見する。廃屋の前にいるのは、晴翔。彼が見下ろしている治。


 悠平はこのとき、晴翔の身に起きていることをそれとなく察していた。


 今、晴翔は自分自身の意思を失っている。中に晴翔ではない者が入り込んでいるのだ。


「晴翔!右目が疼いたりはしていないか!? 」


「疼く、だと?ああ、こいつがよく言っておったな」


 晴翔はそう言いながら振り向いた。

 顔にできた影が彼の現状をものがたる。


「どうしたらいいんだ……」


 悠平に打つ手などなかった。

 ――晴翔を殺すか。それとも。


「おおっと、これ以上迷うことはないぜ」


 その声とともに、晴翔の中から何かが抜けた。その代わりに、空中に黒い影が浮遊する。影はやがて集まり、人の形を形成した。


 鳥亡村の終焉の物語が、始まる。



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