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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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81節 『巫女』神守杏奈

 杏奈は廃屋の中で立ち上がり、あの時――5年前の戦いを思い出した。彼女の戦い方の一部が変わるきっかけとなったとき。死を意識最も強くしたとき。




 ♰




 とある吸血鬼との戦い。仲間が斃れる中、杏奈は彼女と1対1で戦わなければならなくなった。


 破壊された今は無き町・ディサイド。

 一度敗北しかかりながらも、杏奈は体内にイデアを展開して痛みをこらえて吸血鬼に追いついた。


 杏奈が狙ったのは、吸血鬼の首だ。

 しかし、杏奈が奇襲を試みても吸血鬼は付近で拾った剣で鉄扇を受け止めた。


「やはり生きていたのね。けれど、血管や神経が切れた状態でなぜ動ける」


「理由は言わない。別に奇跡と呼ぶつもりもないけどね」


 このときから、杏奈はイデアで傷をふさぐという芸当を使っていた。致命的な傷を受けたとしても、自分が死ぬ覚悟を決めることができたなら『その時』まで命のタイムリミットを伸ばす。


 杏奈は、こうして吸血鬼に剣戟を挑むことにした。


「――乗ってやろうじゃないの! 」


 吸血鬼は剣の扱いに慣れていなかった。かわりに彼女は吸血鬼であり、身体能力と反応速度には優れていた。

 彼女は杏奈の斬撃に反応し、扱いなれていない剣で受け止めた。


 受けられた後、杏奈は鉄扇で剣をはらいのける。そして、再び彼女に斬りかかる。

 杏奈の斬撃は吸血鬼に受けられながらも彼女を押していた。が、その本当の狙いはすでに相手から読まれていた。


「甘いッ!甘すぎるッ!!! 」


 斬撃と思わせての、蹴り。杏奈はふらつき、体勢を崩す。そこに入る、斬撃。

 ――斬撃。剣を扱いなれていない吸血鬼の斬撃は、脚の筋肉まで切り裂いていた。




 ♰




 ――嫌なものを思い出した。

 杏奈は吸血鬼と戦った時、本気で死と敗北を覚悟した。それは自分自身が斃れたとしても後に続く者がいると知っていたがゆえの認識だった。

 だが今はそうではない。清映に確実に刃を届かせることができる者は今、杏奈しかいない。それだけではなく、杏奈はどうしても生きて会わねばならない者がいる。

 その者の存在を想いながら、杏奈は静かに廃屋を出た。


「蘇我清映。少し時間を食ってしまったが、これが最後だ。どちらの最後になるかはわからないけどね」


 杏奈は言った。

 これで、決着はつく。杏奈も清映も晴翔もわかっていた。


 ――そして、杏奈と清映が同時に動いた。


 太刀と鉄扇の嵐のような打ち合い。

 歪められる空間を無理に押し切る形で、杏奈は清映に詰め寄った。そこから、視界を奪いに出る。


 清映にだって黙ってやられる気などない。凄まじい殺気と、空間そのものを破壊しかねない勢いで空間を歪め、太刀を振るう。

 その太刀はすべて杏奈が受けきり、互いに無傷。その間の時間は3秒ほどだろう。


 金属音がこだまするなか、さらに状況は動いた。

 清映の斬撃で、杏奈の鉄扇が破壊される。鉄扇の残骸が空中を舞う中、杏奈が繰り出したのはハイキックだった。


 蹴りは確かに清映の頭を揺さぶり、彼はふらついたまま視点が定まらない状態で、持っていた太刀も消滅した。

 が、杏奈もこのときに手詰まりというものを意識した。


「武器を壊されてしまったか……」


 杏奈は清映がふらつく様を見て呟いた。

 今、杏奈の手に残っているのは鉄扇の残骸だけだ。


「杏奈さ……」


「黙りな!ここはあんたが口出しすべき場所ではない! 」


 晴翔が杏奈を気に掛ける様子を見せても、杏奈はそれを拒絶した。晴翔は歯がゆそうに、杏奈と清映の様子を見てみた。杏奈の今の威勢は、確実に虚勢だ。これまで使い続けていた武器を失った彼女に、勝つことはできるのだろうか?

 今、晴翔にできることは2人の戦いの行く末を見守ることだけだ。


 ――杏奈には即座に考えが浮かんだ。それは、杏助が清映に勝利した方法の応用。これが清映を斃す決定的な方法になるのかは杏奈にもわからないが。


 ほどなくして、清映は太刀を取り戻す。


 互いに詰め寄る杏奈と清映。

 清映は太刀を振るい、杏奈は丸腰――違う。杏奈が展開したイデアが妙な渦巻きを見せる。これは、杏奈以外が知らない彼女自身のイデアの状態。


 太刀が振り下ろされ、空を切る。

 それに呼応するように歪む空間。杏奈のイデアが展開された範囲を除いて。

 杏奈のイデアが揺らいだかと思えば、彼女は清映の頭に手を伸ばす。


 ――それは何よりも残酷な方法だろう。杏奈も、少しではあるが使用をためらった。だが、清映を相手にためらうことはできなかった。


 ……私が死後、地獄に落ちてもいい。だから、私に人殺しをさせてほしい。


 杏奈は心の中で祈ると、イデアで清映の頭を包み込んだ。


「私自身と、蘇我清映の頭。転移せよ!私の知る、異界へ! 」


 叫ぶ杏奈。


 杏奈のイデアが光り輝いたその瞬間。その戦いを見届けようとしていた晴翔は杏奈の意図に気が付いた。

 その手口はあまりにも残酷で、恐ろしい。彼女は悪魔にでもなったように――


「さて、次は第2幕。私は弟の前座に過ぎない」


 転移した先、杏奈自身の知る異界にて、彼女は言った。

 砂浜には焼け落ちた廃屋が5分の1ほどを失った状態で放置されている。




 ――遺されたのは、首のない頭部だけだった。鳥亡村の『神主』だった男は、『巫女』の前にあっけなく敗れた。


「……杏奈さん。多分、あなたは悪くない。正当化していいことではないけど、蘇我清映は死ぬべき人物だった」


 晴翔は言った。彼は、一部だけではあるが『神主』の死を見届けた。

 だが、まだ戦いは終わっていない。




 ――ミナゴロシダ。



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