表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
83/89

80節 太刀と鉄扇

『神主』清映に刃を届かせることができるのは『巫女』であり、異界への転移を行える杏奈だけ。だが、清映を完全に殺すことができるのは次に『長』となるべきであった杏助だけだ。

 杏奈は己が最後の戦いの前座になると決意し、清映に刃を向けた。


 凄まじい金属音を響かせて太刀と鉄扇がぶつかった。


 片や絶対破壊による空間の湾曲。片や異界に転移する力。それらが生み出すエネルギーは生半可なものではなく、清映も杏奈も吹っ飛ばされた。


 先に態勢を立て直したのは清映。民家の塀を蹴って体の方向を杏奈の方に向けなおす。

 一度太刀を消すと、清映はもう一度太刀を出現させ、空気を斬った。

 歪む空間。

 清映は歪められた空間を利用して再び杏奈に斬りかかる。


 この絶対破壊の太刀を正面から防げる者など杏奈以外には存在しなかった。

 ありとあらゆるもの、空間さえも破壊する力。清映がゲートから流れ出るガスを吸って得た最初の能力。清映は絶対破壊の太刀に自信を持っていた。


 だが。その刃が杏奈に届かんとするとき。杏奈は鉄扇でそれを受け止めた。凄まじいイデアを展開し、太刀の発する破壊のエネルギーを受けきろうというのだ。

 空間の揺らぎを消しながら。押されながらも、杏奈はそれを受けきった。


 絶対破壊のこの技が防がれたことで、清映は驚愕した表情を見せた。

 これまでに防がれたことのない技が防がれるなど――


「たった今、歪みそのものを異界に飛ばしてみた。毒を以て毒を制すという言葉があるが、空間には空間をぶつけるという理論に私もたどりついた。私からしても賭けだったが、うまくいったみたいだな」


 驚愕した表情を見せる清映に杏奈は言う。


 杏奈は鉄扇で受け止めていた太刀を振り払った。


 ――空間の歪みは一時的に消えた。清映が変な行動に出ることもないといっていい。


 次に仕掛けたのは杏奈だった。

 よろめいた清映に叩き込む、鉄扇の斬撃。もともと傷のあった場所をさらにえぐることができるだろうと杏奈は確信していた。


 だが。現実は残酷だった。


 消える清映の姿。杏奈の斬撃は空を切る。

 戸惑った杏奈の耳に入ったのは絶望の化身とも言うべき声。


「貴様は、時空の揺らぎというものを知らんようだな」


 揺らぐ空間。ぶれる清映の姿。杏奈の背後に現れる圧倒的なまがまがしい気配。


 反応が遅れた杏奈に絶対破壊の太刀が襲い掛かった。


 ――杏奈が抱いていたのは慢心と驕り。かつて吸血鬼をも斃した杏奈は無意識のうちに敵を甘く見ていた。相手は自分と同じ人間だから――


 杏奈は跪き口から血の塊を吐き出した。


「ふむ、正直拍子抜けだ。貴様も杏哉と同じく一筋縄ではいかんと思っていたのだがな」


 杏奈の背後。清映は血濡れの刃を振りかざして言った。


 彼女につきつけられる死の運命。杏奈はこのとき5年ぶりに命の危険を感じた。

 誰も見ていないこの場所で。


 酷く咳き込みながら後ろを振り返る杏奈。彼女の後ろで血濡れの太刀を持つ清映は初対面の時以上に強大に見えた。

 だが、杏奈はここで諦めようとはしなかった。


 ――杏奈の体内にも展開されるイデア。非常に長い継続時間を持つ杏奈のイデアなら、体内に展開したままでも戦える。


 杏奈は口元の血をぬぐいながら立ち上がった。

 まだ、彼女の闘志は消えてなどいなかった。


 そして――


 再びぶつかる鉄扇と太刀。さっきと同じことの繰り返しだと思われたが。

 次の瞬間、鉄扇が粉々に破壊される。困惑した表情の杏奈を切り裂く太刀。一太刀で人が死ぬ力を、杏奈は正面から受け止めることとなる。


 ――杏奈はその衝撃と空間の歪みによって吹き飛ばされ、神守邸の土壁にぶつかった。


 背中を打ち付け、意識を失いかけながらも杏奈は清映を睨みつけた。


 まだ、戦える。5年前にも死と隣り合わせの戦いを経験したからこそ、杏奈は確信していた。


「まだ立てるのか。殺したのかと思ったがな」


 そう言う清映を目の前にして立ち上がる杏奈。彼女は未だ莫大なイデアを展開し続けている。

 ――杏奈の持つイデアは通常の展開状態であれば2日間継続して展開することができる。だが、体内にまで展開するとなると長くて2時間が限界だろう。


 杏奈は死を覚悟して清映に斬りかかった。


 眼、首、太刀を持つ両腕。杏奈の狙いはそこだった。

 目にもとまらぬ速さで鉄扇は振るわれるが、やはり刃は届かない。清映は確かに傷を負っているものの、それはすべて杏奈の狙ったところとは違う。


 そして清映は杏奈の隙を見て空間を切り裂いた。


「貴様は杏哉と同じ芸当はできぬだろう」


 杏奈は再び吹き飛ばされ、今度は神守邸とは反対側の廃屋に背中から突っ込んだ。

 廃屋の傍。杏奈は清映とは別の気配を感じ取る。杏奈もよく知っている、彼の。


 ほどなくして、再び杏奈は立ち上がる。が、彼女の視線の先に思わぬ人物がいた。

 彼は、イデアを展開しながら清映と杏奈の様子をうかがっている。彼の行動しだいで、戦況は変わる。


「晴翔……? 」


 杏奈は言葉を発した。


「く……来るな!巻き込まれたら死ぬ!あんただってわかっているだろ!死ぬのは私1人で充分なのに! 」


「それはどうだろうな?杏奈さんだって、自分の命を犠牲にしようとしているだろ。俺も、兄上も絶対に許さないぞ」


 と、晴翔は言う。

 すると清映も晴翔の方を見た。一度協力すると言った者の真意は――


「晴翔よ……貴様は何を考えておるのだ」


「フッ、俺が狩村夏之の血を引いていることを忘れているな?最初からお前に協力する気などなかったが」


 ――これはすべて、杏奈が仕組んでいたことだった。晴翔の裏切りまがいの行為も。晴翔が戦いを見届けるためにここへやってきたこと、神守邸の一部が破壊されたことは杏奈にとってほんの少し予想外のことであったが。


「杏奈さん。絶対に死なないでください。兄上の為にも」


「……そうだな。本気で命を捨てることも考えたが、やはり私は生きて帰るよ。あのときとは、事情が違う」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ