79節 終焉を見守る者たち
晴翔は清映を目の前にして、展開していたイデアをすべて消した。それは目に見える敵意がないということの証明のつもりだった。
当然ながら清映は完全に晴翔を信じたわけでもない。
「貴様、何か隠しているのか?それとも、ハッタリか? 」
清映は言った。
晴翔は一度だけ目をそらし――
「フッ、俺が誰だと思っている? 」
「貴様は狩村という男の息子だろう?利用価値はあるが信用には足らん。どうせ嘘でもついているのだろう。震えておるぞ、貴様の脚」
と、清映は言う。
だが、晴翔はすかさず言った。
「違う、そうじゃないんだ。う、疼く……俺の脚が疼く……この村の凄まじい呪いと、黒の教理が俺の脚を……!」
――怖い。この人は嘘を見破る力でもありそうだ。一歩間違えば、殺される。
晴翔は必死に言葉と感情を押し殺し、その目で清映の顔を直視した。悪霊のようにおぞましく、しかしながら整った顔もまた、晴翔をじっと見ていた。嘘がないかどうか、確かめるように。
「そうか。すまんな、呪詛が強すぎたようだ。もっとも、弱める気などないが。許せ、晴翔」
晴翔の被害妄想にも近い予想を裏切り、清映は言った。人の心などないと思われていた清映は人を気遣うこともできるらしい。
「それで、晴翔。あと2人はどこにいる? 」
と、清映は言った。彼の言う2人は杏奈と杏助だ。
晴翔は2人の居場所を知っている。杏奈は今も神守邸を見張っており、杏助はその中で何か――『歴代誌』の解読を行っている最中だ。杏助を殺すためにはまず、清映は杏奈を相手にしなければならない。
――清映と杏奈が戦えばどちらが勝つのだろうか?
「それを俺に聞くか。答えは、すでにお前が知っているんじゃないか? 」
晴翔の言葉を聞くと、清映は眉間にしわを寄せた。
「勇気のあるヤツだ。では、貴様の喉にコイツが突き付けられた状態でも、同じことは言えるか? 」
清映はそう言って右手に太刀を出現させると晴翔の喉につきつけた。あと少し、清映の手が動くのなら晴翔の喉はかき切られるだろう。
晴翔はその肌で清映の殺意を感じていた。やはり彼は晴翔を利用価値のある敵として思っているに過ぎないのだ。
「……神守邸近くです。何をしているかはわからない」
晴翔は観念し、言った。
「なんだ、わかっているではないか」
清映は太刀を下ろす。彼が発していた殺気はなりを潜め、もとの冷酷な顔に戻っていった。
そして清映は杏哉の首を拾うと何も言わずに神守邸のある方向へ向かっていった。
清映はあの日以降、鳥亡村そのものに数回出入りしたことがある。最後にここに立ち入ったのは、2年前。狩村夏之を殺した数日後のことだ。当時、清映はまだ鳥亡村の再生を願っていたこともあって村を荒らすようなこともしたくはなかった。
だが今は違う。
もはや彼は鳥亡村の再生など願っていない。ただ彼が望むのは安定と平穏。清映は追いかける者をここに呼び出して皆殺しにするために鳥亡村に立ち入った。
2年ぶりに。
杏哉と戦う前にはよく見ていなかったが、1軒だけ小ぎれいな家も目に入る。これが何を意味するか、清映は考えようともしなかった。
今は余計な思考など、これからの戦闘の邪魔でしかないのだ。
――神守邸に近づくにつれてその強大な気配はさらに強まっていった。
その持ち主もまた、ただならぬ殺意と敵意を抱いていることが見て取れる。杏哉やシオンとはまた違った、その殺意は――
崩落した神守邸の塀。
枯れ草だらけで、ところどころに動物の死体が転がっている庭。
それらに背を向けて、襲撃者をすべて斃さんと闘志をあらわにしている一人の女。彼女の姿は、かつて清映が探していた者のそれとぴったり重なった。
怒りと憂いと優しさを併せ持つ顔だ。清映が知る最後の『巫女』神守小梅のような優しさが前面にあるというわけではないが。彼女――杏奈は『巫女』を務める者の顔をしていた。
神守杏奈は清映の姿を見るなり、イデアを半径1.5メートルの範囲に展開した。彼女は明らかに清映を歓迎していない。清映だってそれくらいわかりきっている。
「いずれ来ると思っていた。あんたが探しているのは私か?それとも杏助か? 」
彼女の声には怒りがこめられていた。
「いや、両方だな。ひとまず、貴様に会えてよかった。あまりに抵抗するのでこちらは殺してしまったが」
清映はそう言って左手に持っていた杏哉の生首を放り投げた。
地面に転がる生首は表情もなく、以前の杏哉の面影を残しているにすぎない。
杏奈は怒りを抑え、歯を食いしばった。これは挑発だろう。頭ではわかっていても、杏奈の中の感情――主に怒りは爆発寸前だった。
――地面に転がされた杏哉の生首が意味するのは、杏哉の死。いくら杏哉が圧倒的な強さを持っていたとしても、殺されてしまえばその強さを発揮することなどできない。人間は、こうも簡単に死ぬ。
「本当に簡単に死ぬのだな、人間は。私も人間だが……」
「よし、これ以上喋ることはない。何も言い残すことはないな?」
杏奈は清映の言葉を遮った。
2人は、戦う運命にある。どのようにあがいてもあらがうことのできない運命に。
――2人が同時に動き出し、太刀と鉄扇がぶつかった。
これは、鳥亡村の呪いを終わらせるための戦いである。




