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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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77節 力への欲望

 杏助は『歴代誌』の最後のページを見ながら頭を抱えていた。

 不可解な異世界の文字。一部だけ発音が同じだとわかっても、意味まで理解することはできない。杏助は次第に歯がゆさを表情に出し始めた。

 はっきり言って時間はない。文字列から手がかりはつかめない。情報を掴もうとしても、情報の方が頭から抜けてゆく。


 もとはといえば、杏助が意地を張って自力で解読しようとしたせいだ。治が不機嫌そうだったこともあり、杏助は彼に協力を頼まなかった。


 だが、杏助はこれ以上自力で読み解くことはできないと判断し――


「すみません、治さん。これを記録した人の考えを読み解いてください」


「だろうな。杏哉の野郎でさえ読めなかったんだしなぁ」


 嘲笑するかのように治は言った。


 この場には杏助と治しかいない。杏哉は清映のもとに向かい、杏奈は神守邸の入り口で2人を守る形で見張っている。そのほかの4人は治が神守邸から追い出し、外にいる。


「お願いします」


 杏助はそう言って『歴代誌』を治に手渡した。

 治は受け取る前から準備をしていたのか、展開していたイデアでページに触れる。そこから引き出されるのは、記憶。かつての長たちが自力で何年もかけて習得したといわれる術。呪法とはまた違う、性質はイデアに近いもの。いや、イデアを成長させたのならば扱える力なのだろう。


「この術は――長の力。イデアのいきつく一つのゴール。本来ならばコイツを読み解くまでに3年かけるらしいな」


 治は言った。


「ここからが大切だぜ。まず、コイツで何ができるかというと、霊体を斬ることができる。人が死んだあと、亡霊となることも許さない術らしい。もちろん、呪いを斬ることもできる。習得のためには強い感情が必要になるらしい。お前、そんな感情はあるか? 」


 と、治は続ける。


 ――杏助はこれまで、杏奈や杏哉と同じく強すぎる感情をよしとしていなかった。喜びや悲しみを感じることはあっても、それを強く持ち続けるようなことはしていない。もしあるとすれば。


「強い感情だなんて……」


「やるんだよ。そんなんじゃあ蘇我清映が亡霊になって、詰むぞ」


「え……」


「蘇我清映を完全に斃すのならその術が必要なんだよ」


 と、治は言った。


 迷う杏助を見て、治はため息をついた。

 兄弟なのに、なぜ意志の強さは同じではないのか。治の顔には歯がゆさがにじみ出ていた。


「怒りでも悲しみでも、欲望でも。なんでもいい。感情を引き出すんだよ。それともお前はできないか? 」


 その言葉は杏助を的確に煽ったといってもいい一言だった。

 ――杏助は、覚醒のために地獄のような殺戮現場を見るか?己のせいで仲間が全員殺されて、春月市までもが惨禍に巻き込まれる。

 杏助は脳内で、地獄絵図を振り払った。


 ――力が欲しい。清映を完全に斃せるような、圧倒的な力が。これまでの自分のそれとはまったく違う、力。強くなければ誰も守れない。

 杏助の顔はかつてないほど邪悪だった。悪だくみをする杏哉と似たような。やはり血は争えないのだろうか?


 杏助の意識せぬところで、彼のイデアが展開される。溢れ出るように展開されたイデアはとてつもない圧となり――


「これが長の力ってやつか。煽れば力を出せる馬鹿もいるのな」


 治は少しずつ覚醒しつつある杏助を見ながらつぶやいた。


 そんなとき。


 ――外にあるのは邪なる気配。幾多の人間の怨念を伴った、絶対的な破壊と強さの気配。杏助の気配とはおおよそ正反対となる気配。

 それは、治に恐怖を抱かせた。


「来やがったか。杏助、備えろよ。あのクソッタレみたいに早まるんじゃねえ」


 治はつぶやいた。同時に、ひどく自分の能力を悔いた。せめて戦闘ができる能力だったら。




 ゆらり、ゆらりと禍々しい気配が揺れる。

 少し前に杏哉の首を落とした彼はまだ森の中にいるが、その姿が見えずともここにいる全員が気配に気づいていた。


 森から迫りくる者は絶望と破壊と死の化身。まるで、彼そのものが悪霊か何かであるような。

 それが放つ気配を受けて、迎え撃つ者たちは誰もが恐れおののく。


「凄い圧だ。神守邸の気配を逆にしたような、な」


 畑の跡地にて待ち伏せていたシオンは言った。


「私に殺せるかなあ。一応、私はキリオを追い詰めることができたわけだけど」


 シオンに続き、ローレンが言う。

 彼女がいるのは森に最も近い廃屋の前。森から何かが襲ってくることがあれば、ローレンは真っ先に相手することになるのだろう。実際、ローレンもその線が濃厚だろうと考えていた。問題は、いつそいつが来るか。


「それは俺にもわからんな。けどな、ローレン。命を粗末にするお前だから言っておく。死ぬなよ」


「大丈夫。死ぬほどヤバい環境を乗り越えてきたんだし」


 ローレンは言った。


 2人の会話を遠目から見るのが晴翔と悠平だ。

 晴翔はすでにイデアを展開し、悠平はその手にクロスボウ――彰から渡されたものを持っていた。戦いに慣れていない2人は後ろからの支援に徹するという算段だ。

 だが、2人が直接敵と対決することがないとは言い切れなかった。


 そして、その時はやってくる。


 殺意の塊はまず、ローレンを獲物として見た。

 ローレンはイデアを展開し、ジャックナイフとスティレットを抜いた。


 惨劇が今、始まる。



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