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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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76節 貴様は何も語らない

 土の中。すり抜けながらもその速度を失わない杏哉。空間の歪みが発したエネルギーはこれまでに清映が見せたものより明らかに強かった。

 杏哉は凶悪な笑みを浮かべ、舌なめずりしながら清映の攻略法を考えた。

 ――計算が正しければそろそろ外に出る。外に出れば、もう一度清映に近寄って奇襲する。


 杏哉は土の外に放り出された。岩を蹴って着地するとき、彼の体に衝撃が走る。

 この場所は樹海の中。比較的滝には近い場所で、それほど時間をかけずとも清映と戦った場所には戻れるだろう。

 杏哉はイデアの展開をやめ、己の左腕を見た。内部から変に動かされ、骨は折れている。


「どうやら片手で相手するしかないのか」


 杏哉はつぶやいた。

 痛む左腕をかばいながら、清映の気配を探る。震えあがるほどの殺気であれば、これだけ離れた場所からでもわかる。

 杏哉は森の道なき道を通り、その気配に少しずつ近寄ろうとしていた。


 刀の切っ先が鋭く光る。




 杏哉が飛ばされ、清映はため息をついた。

 戦闘中、興奮のあまりに忘れていた痛みが清映を襲う。そういえば、杏哉に何か所か傷を入れられたのだと思い出す清映。

 ――杏哉はまた何かを仕掛けてくるのだろう。彼の予想の斜め上を行く策を。

 杏哉は戦闘能力もさることながら、圧倒的な頭脳も有していた。清映が最も恐れるのは、杏哉の策に完全にはめられること。もしそうなれば、彼と並び立つ強さを持つ清映でさえもかなわないだろう。


 静寂の中で精神を統一し、敵襲に備える清映。あらゆる方向に神経を向けて。


 何も動きがないまま30分ほどの時間が過ぎた。

 ふと、清映は自分がいる場所より上からの殺気に気づく。


「来たか、杏哉。今度は何を考えている」


 杏哉が選んだのは滝の上からの攻撃だった。

 上の方に殺気を感じ取った清映はその手に太刀を出現させ、応戦する。


 金属音を立てて2振りの刀がぶつかり合う。清映の太刀から発せられる空間の歪み。上からの斬撃を加えた杏哉はそれを気にする素振りも見せない。

 3度ほど刀がぶつかり合い、杏哉は力任せに刀ごと清映を吹っ飛ばす。清映は大木に背中からぶつかった。

 だが、杏哉はよろめき、その口から赤黒い血を吐き出した。空間の歪みを正面から受けることになれば内臓も損傷する。


 杏哉の異変に気付いた清映は彼に追い打ちをかけるべく立ち上がり、詰め寄る。

 斬撃。空間の歪み。

 絶対的な破壊の力が生み出す歪みは、杏哉を吹っ飛ばす。


 ――吹っ飛ばされ、川岸に倒れこむ杏哉。上体だけ起こし、彼は再び血の塊を吐き出す。


「いい……よ……最高だ……やっぱり貴方は……」


 杏哉の瞳から光は消えていなかった。

 久しく出会えなかった、戦えなかった強敵を目の前にして。杏哉はその顔に凶悪な笑みを浮かべていた。


「貴様、痛みを求めているというのか?」


 清映は言った。


「ああ。こんな能力だし、俺は強いからね。これまで直接痛みを味わうことはそんなになかった。誰の攻撃だろうと、だいたいは素通りする。素通りしなくとも、俺を追い詰めるヤツなど一人たりともいなかったな」


「強い、か。自惚れもたいがいにせよ」


 清映はそう言うも、杏哉を攻撃しようとはしていなかった。

 まるで、杏哉を待っているかのように。


 ほどなくして杏哉は立ち上がる。白い衣装を赤黒い血で汚しながら。明らかに苦しそうにしていたときとは打って変わり、その顔には殺意がにじみ出ている。


「人間は、死の瞬間にどんな性的快感をも上回る快楽を覚えるらしいな」


 ――その言葉が、最終ラウンドの号砲となる。


 一瞬にして清映に詰め寄る杏哉。

 清映の斬撃はことごとく杏哉の体をすり抜けた。対する杏哉はもはや清映の斬撃を見ることもなく、清映の傷をえぐる。


 杏哉の一方的な斬撃は清映を追い詰めているかのように見えた。いや、実際にそうだ。

 防戦しながらも斬撃を受け止め、受け流す。だが、清映の負った傷口からは確実に血が流れ、彼は確実に後退していた。


 これが、杏哉の本気。

 光太郎を相手にしたときには自ら制約をつけて発揮しなかった力。

 彼の力を目にして清映は初めて命の危機を覚えた。かつては味方であったが、敵に回した途端に彼は牙をむいた。


 ――再び、斬撃。

 清映はこの一撃をひょいと避けた。


(剣筋は見えている。そして、杏哉も私より格上だ。それでできることといえば……)


 杏哉の戦闘の癖を思い出そうとする清映だったが、状況がそれを許さない。


 斜面のすぐ近くで、清映はその目を見開いた。

 杏哉に一瞬の隙ができていたのだ。


「何か言い残すことはないか」


 清映はその言葉とともに、太刀を横に振りぬいた。


 ――藍色の髪が宙を舞う。対となるように鮮血も宙を舞う。2人の戦いの幕引きを彩る()()のコントラスト。

 清映は静かに太刀を消した。


 杏哉の首が土の上に転がった。

 清映は斬り落とされた首を拾う。


「杏哉よ。貴様の首が飛ぶ瞬間。何を思ったか?快楽は得られたか? 」


 清映は表情を変えることもなく生首に語り掛けた。すでに命を奪われた生首は何も語らない。

 清映は杏哉の髪を掴み、村の方へ戻っていった。



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