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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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75節 俯瞰する男

場面の展開が難しかったので2話に分割しました。

 杏哉が向かったのは沼とは反対側にある場所。滝だ。

 春月川につらなる河。その上流にある滝。滝の近くは木々に覆われ、日の光さえも当たらない。ここにやってくるまで、杏哉はその刀で数羽の吸血フクロウを屠った。かつての鳥亡村と土着信仰であれば決して許されぬこと。

 無表情で岩だらけの斜面を上りながら、杏哉は異様なる気配を察知する。

 ――異様だが、自身もよく知る気配。『生首屋敷』といわれる廃墟と同じ、ありとあらゆる人間の負のエネルギーが込められた、まがまがしい気配。

 杏哉はその顔に笑みを浮かべた。

 彼が求める者はここにいる。


「やっぱりここにいたか……あなたは、俺が殺す」


 斜面の上。滝の音はより強くなる。

 滝の傍には鳥亡村における信仰対象、タタル様がまつられる祠があった。放置されていた祠の周りにあるのは、小さな鳥居だ。

 水音がこだまする中、1人の男が佇んでいた。


 離れていても解る、絶対的な強者の気配。

 藍色の髪。青を基調とした神主の装束。杏哉よりは小柄で筋肉は少ないものの、剣を振るうには十分すぎるほどの筋肉。その姿を形容するならば何人もの人間を斬ってきた実戦刀。

『神主』蘇我清映は警戒を怠ることなく滝を見つめていた。


 杏哉は意を決し、清映に声をかけた。


「久しぶりだね。俺が様子を見たと思えば隠れ家が燃やされていたじゃないか」


「杏哉か。フン、隠れ家を残していたところで、だ。どうせ貴様もあの場所に帰る気などないのだろう」


 清映はそう言って振り返る。

 眉間にしわが寄り、やつれた清映の顔。それでも彼からは強さがにじみ出る。正確には、やつれたからこそ彼の持つ力が強まったと言うべきか。


「さすがだよ、神主様。どうせ俺は、どこまでも追いかけてあなたを殺すつもりだしね」


 杏哉の顔に浮かんだのは、狂気に満ちた笑み。たとえるならば、正気を失った殺人者。杏哉はもはや、人間性など気にしていなかった。


「何を考えておるのだ、杏哉」


「何って……貴方と俺とで踊るためだ。この時を楽しみにしていたよ、蘇我清映」


 先に刀を抜いたのは清映だった。それにこたえるように、清映は右手に太刀を出現させた。

 清映の太刀がこれまで以上のまがまがしさを放つ。杏哉はそれを恐れるどころか、興奮すら覚えていた。


 ――その能力と、鍛えすぎた剣術の前に敵う者などいなかった杏哉。条件をつけても彼は立ちふさがる敵を切り伏せてきた。先代の神主も、魔物ハンターも。その強さゆえに、いつしか杏哉はどこか俯瞰して物事を見るようになっていた。


 だが、今は違う。呪詛によって力を得た清映の強さと凄みを、杏哉はその肌で感じている。杏哉はまさしく、戦場に立つことを実感していた。

 ――やっと同じ場所に立てる者が現れた。例え強くても未熟な雛といえる杏助らとも違う、圧倒的な強者。杏哉は彼を求めていた。


 脚に力をこめ、杏哉に突撃する清映。狙った場所は首。最初の一撃で片をつけようとしているらしい。

 対する杏哉は――


(なぜ何もしない……!? )


 杏哉は右手で剣を握ったまま、清映をみつめ――


 歪められる空間。斬撃の余波で破壊される木々。地に滴る鮮血。血を流しているのは、清映の方だった。清映は怪訝な顔で杏哉を見る。杏哉の握る刀の切っ先は血でぬれていた。


「理解できなかったかい? 」


 清映の攻撃を受け流し、空間の歪みを逆に利用して切り込んだ杏哉。彼は表情一つ変えずに言った。

 杏哉は血を流す清映をあざ笑うかのように次なる攻撃に入る。


「次は利き腕だ」


 清映はその一言を聞き逃すこともなく杏哉を迎撃する態勢に入る。


「簡単に私を斃せると思うな」


 清映も左足を踏み出し、杏哉へと突撃。

 まがまがしき太刀筋は杏哉でも見切れるかどうかの限界だった。


 ――清映の振るう太刀が、杏哉に届く。

 その瞬間、杏哉は性的快感を覚えたかのような笑みを浮かべた。


 太刀は確かに杏哉の体をとらえ、皮膚を突き破る。展開したイデアさえ破られた杏哉であるが、彼も全くの無防備であるわけではなかった。

 骨まで絶たれることはなく、清映の太刀は杏哉の体を素通り。その余波である空間の歪みでさえ、杏哉は受け流していた。

 彼の戦闘技術は伊達ではない。


(やはりか。空間の歪みを多方向から受けきるのは、あの能力があっても厳しいということか)


 いくら殆どの攻撃を受けない杏哉の能力でも、必ず穴はある。清映は繰り返し空間を歪めるうちにその弱点を理解していった。そのためか、清映の太刀は少しずつ杏哉の首筋近くをとらえるようになっていた。

 が、杏哉も致命的な一撃はすり抜けていた。


 太刀は空間を歪め、その余波で杏哉の左腕をあらぬ方向に捻じ曲げた。鈍い音とともに表情が歪む杏哉。

 杏哉はそれでも右手だけで刀を持ち、その刃で清映の体を切りつけた。


「ああ……弱いな、案外。呪詛とはそんなものかい? 」


「貴様……」


 清映は傷を抑えながらイデアを展開しなおした。

 すると、清映の持つ太刀は紫色に染まる。血と怨念を浴び続け、呪いそのものと化したように。


 清映は脚に力を込め、苔むした岩から跳び上がる。

 杏哉が未だ見たことのない戦法。それは清映の能力が進化していたことによるものだった。


 太刀が振り下ろされる。

 その余波で空間が歪む。いや、空間が斬られた。

 太刀によって歪められた空間の中。杏哉は清映の方に引き寄せられ、砲弾のように飛ばされる。


「これが、弱いのか?杏哉よ」


 清映が試みたのは、追撃。崖の下で逃げ場もなくなった杏哉にイデアを展開する前にとどめを刺さんと詰め寄るが――

 杏哉は飛ばされる間、すでにイデアを展開。飛ばされるに任せて崖の中に消えた。


 その場に広がる静寂。

 清映はこのとき、自分自身が策にはめられていると自覚した。



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