73節 呪われた村
鳥亡村。
骨だけが散らばり、もはや人も住んでいない死の村。玄武岳の森の中にたたずむ、かつて隔絶されていたその場所は17年前とは一変していた。
かつて人が住んでいたという証の住居だけが残され、そこには惨劇の証である血がこびりついていた。刀傷だってある。
その様子を見ながら治は震えあがり――
「気分が悪いな。ここ、意図的に壊滅させられた場所だろう」
歩きながら治は言った。
「やっぱりわかるかい?できることなら、この場所で起きたありのままの事実を引き出してくれるかい?村で意図的に作られた歴史ではない、1000年前からの本当の歴史をね」
「ああ……確かに俺にしかできねえな」
治はそう言うとペン型のイデアを展開し、地面に触れた。
♰
――かつてこの村は外部とのかかわりが存在していた。この村の民は、春月市にあたる地の貴族から雇われる戦闘集団であった。藍色の髪、瑠璃色の眼を持った民は『異端なる者』としておそれられることが多かった。
約950年前。村の民を重用していた貴族の一族が滅ぼされた。彼らに代わって春月の地を支配しはじめた者たちは、一族と関係のあった鳥亡の民をひどく嫌うようになった。
『青い悪鬼』と呼ばれるようになった一族はついに結界を張り、外部から村を隔離した。
その後、鳥亡村は不安定な土地柄を生かして異世界との交流を行うようになる。
そして。同時期に外部の人間は、とある方法で吸血フクロウを生み出し、彼らの存在で事実上鳥亡村は隔離された。
そんな鳥亡村で行われていたのは、数々の呪詛の研究だった。それも、春月の地すべてを呪える程度の。
最も優れた血統の者を『巫女』『神主』として仕立て上げ、その体制は整っていった。何度も内輪でもめることがありながら、血統を変えても『巫女』と『神主』の存在そのものは村が滅びるそのときまで存続した。
――さらに鳥亡村では伝統的に独特の処刑が行われていた。
タタル様と呼ばれる土着信仰の神、すなわち白い吸血フクロウにその身を生贄としてささげるということ。
吸血フクロウを信仰することで鳥亡村から出ようとする者も減り、村が滅びない程度の平和は保たれた。
♰
1000年分の歴史を探るのには体力を使うのか、治は息が上がっていた。
「すごいな、この村は。呪詛の研究については知らされていたか? 」
「いいや。目的までは知らないね。でも、まさか呪詛と強さの象徴として『巫女』と『神主』がいたのは驚きだ。もっと別の目的だといわれていたんだがね」
「とりあえず、まだ調べることはある。清映がなぜ鳥亡再生のために杏奈と杏助に執着したのかも、ね」
そう言って、杏哉はひときわ大きな家屋――神守邸に入っていった。
治も杏哉の後を追って神守邸へ。
神守邸――かつて鳥亡村において支配者とされていた者と『巫女』の血筋を持つ者たちの住居。その玄関に置かれていたものは白いフクロウのはく製だった。
白いフクロウはタタル様と呼ばれている鳥亡村における信仰の対象であり――
「なかなか驚かせてくるだろう?信仰の対象だからね。もっと面白いものだってある」
杏哉は手招きをして治を神守邸の奥の方まで案内した。
樹海を抜けた先に沼が見えてきた。
その沼を知る者は誰一人として存在しない。が、杏奈と杏助はその沼になつかしさを覚えていた。
記憶ではなく、遺伝子が覚えている。この鳥亡村において、沼を訪れることができた血族に生まれているからこそ。
樹海の先、木々の合間の沼は茶色く濁り、その岸は枯れ草だらけだった。近くには何者かの白骨死体とぼろぼろになった神主の装束が落ちており、時間の経過を思わせる。
そして、沼の傍には小さな祠もあった。
「ここで合っている。地図にも祠と沼がセットで書かれていたから」
変わり果てたその地の様子を見て、杏奈は言った。
そんなとき。彼女のもとに紙飛行機が舞い降りる。
杏奈はこれが何を意味するのか即座に理解し、紙飛行機を開く。
鮮血の夜明団でもよくつかわれる方法。魔法や呪法を扱える者は、手紙を飛ばして連絡を取る。
書かれていた文章を読みながら杏奈は表情を変えた。
「杏助。村の内部に急がなければならない。呼び出した人からして、あんまり信用はしたくないが」
と、杏奈は言った。
杏奈があまり信用したくない人物であれば、杏助も予想がついた。2人を村の内部に導いたのは――
「わかったよ。やっぱり俺が生まれた場所だからね」
杏助は震える声で言った。
約17年ぶりに訪れた、自分が生まれた場所。一握りの恐怖を抱きながら、杏助は杏奈の後に続いて村の奥へと向かう。
2人に続き、悠平たちも村の奥へと進んでいった。
鳥亡村、神守邸。
誰もいないはずの村だが、神守邸の前には2人の男が立っていた。いずれも杏助がよく知る人物。
1人は神守杏哉。おそらく、彼は蘇我清映の居場所を知ってここまでやってきたのだろう。
もう1人は片江治。不服そうな顔をした彼は、杏哉から何かを頼まれてここに連れてこられたのだろう。その目的は達成されていたのか、彼には疲れも見られる。
「待っていたよ。2人とも」
杏哉は言った。
彼はこれから死ぬのだろうと気づいているかのように、穏やかな顔をしていた。




