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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
鳥亡村編
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72節 化け物の棲む場所

 樹海は昼であるというのに薄暗い。6人のパーティは地図を持った杏奈を先頭にして樹海を進んでいた。訪れたこともなく、オカルトの宝庫だの心霊スポットだの呼ばれるこの地。杏助は胸を踊らせていた。

 樹海は春月市の東側に存在し、玄武岳と呼ばれる山の裾野に広がっていた。その場所は異常な磁力を持ち、入り込んだ者は出られないとさえ言われている。さらに、樹海には吸血フクロウと呼ばれる化け物――樹海における生態系の頂点に立つ存在が生息する。

 ゆえに、この樹海へ立ち入らなければならない『この作戦』は命がけだった。


 通行止めになった道を通れない一行は、霊王神社の裏道から樹海に立ち入っていた。そして必ず立ち入ることになる吸血フクロウの生息地。


「気を付けて。やつらは羽音も立てない。さすがに昼間に行動することはないと思うけど用心するに越したことはない」


 ふと、杏奈は言った。

 彼女が生態学に詳しいことも相まって、その言葉は説得力を持っていた。


「それに加えてやつらは吸血鬼化しているからな。日光を直接浴びたら灰になる」


 シオンがそれに続ける。

 彼はまだ抜刀してはいなかった。今のところ襲撃はなく、彼が抜刀する理由もまだない。だからこそシオンは安心していた。


「で、杏奈。今はどのあたりだ? 」


「ええと、植生からして吸血フクロウの生息地に入ったことは間違いないです。それから、この岩場に沿って少しずつ南に進みます。とりあえず、旧玄武トンネルに向かいましょう」


 杏奈は淡々と答えた。

 まだ順調にことは進んでいる。


 そして、岩場に沿って3㎞ほど進んだときだった。


「何かいる。この穴の中だ」


 隊列の後ろにいたローレンが言った。

 彼女が聞き取った何かの声。気づいてしまった血の匂い。


 ――岩穴の中には赤い眼をした熊が潜んでいた。


 ローレンに続き、その化け物に気づくシオン。彼はその正体を確信した。


「かわるぞ、ローレン。お前じゃあ到底手におえない」


 シオンは荷物を放り出し、サーベルを抜いていた。


「お前らは下がってろ!周囲の警戒も怠るなよ! 」


 その声とともに現れるヒグマ。特筆すべきことは、ヒグマが吸血鬼化しているということである。人間の姿を見るなり襲い掛かろうとしてきたことから、ヒグマが吸血鬼化していたことを見抜いたシオン。今、この状況に対応できるのはシオンただ一人だ。


 彼はまず、サーベルから振動する光を放った。

 やられる前にやる。これが吸血鬼化した獣を相手にする際の鉄則だった。逃げ切ることもできなければ交渉することも駆け引きもできない。そんな相手は早々に倒すしかない、ということから生まれた定石だ。


 ――ヒグマはシオンの放った光で前足を失いながらもシオンにとびかかる。


「やれやれ。吸血フクロウだけだと思ったんだがな。すまねえな」


 斬撃。振動する剣がヒグマの皮膚を突き破り、光の魔法が注ぎ込まれる。

 ヒグマも黙ってはいないようで、失っていない前足でシオンを叩き潰そうとした。が、シオンは左の剣で受け止めた。

 ヒグマは光の魔法を受けて灰となった。


 5分にも満たない戦闘を目にして杏助は目を丸くしていた。これが鮮血の夜明団の会長であるシオン・ランバートの力なのだと。


「なあ、杏奈。吸血鬼化しても本来の生態から変わることはないのか? 」


 ヒグマの灰を浴びながらシオンは言う。


「基本的には変わらない。昼間に活動する動物は基本的に吸血鬼化してもあまり脅威ではないしね」


 杏奈は答えた。


「そういうことか。理解したぜ」


 シオンは言う。

 一方、杏奈はまだ岩穴の様子を気にしていた。まだ吸血鬼化した獣がいるのではないか、と。


「理解が早くて助かります。それと、光の魔法と索敵って併用できます? 」


「できる。やれって言うんだな」


「はい」


 杏奈が答え、シオンはイデアを展開した。目に見えにくいイデア。だが、それは確実にシオンの周りに展開されていた。そのイデアをさらに可視化するように光の魔力もほとばしる。


 その姿に圧倒される杏助。

 ――自分も彼のような力が欲しい。このときから杏助はそう願うようになった。今や、彼の中にあるものは力への欲望。


 そして、シオンを中心にして光と音波が波紋のように放たれた。


「反応はねえな……いや、吸血フクロウならあわよくばこれで倒せるかと思ったんだが」


 シオンは言った。


「威嚇にはなったんじゃない?わかんないけどさ」


 と、ローレン。


「いや、わからないな。こういうところは初めてだからな」




 同刻。通行禁止のバリケードが張られた場所を強引に突破――違う、すり抜けるバイクが1台。それに乗っていたのは藍色の髪の男と紫髪の男。神守杏哉と片江治だ。

 2人が乗ったバイクは荒れた道を突き進み、旧道へと入っていった。


「大丈夫かよ!?こんなヤバいところを進んで! 」


 治は言った。

 下手に喋れば舌を噛みそうになるほど荒れた道。15年ほど放置され、何者かによって荒らされた道にはところどころアスファルトが割れて草が生えていた。

 そんな道であることだけでなく、治はその目的地に対しても恐怖心を抱いていた。

 鳥亡村。かつて杏哉が住んでおり、17年前に放棄された村だ。そこには怨念がある、異形の者たちが住んでいるなどと噂されており、治も完全に信じていないわけではなかった。


「問題ない。もうちょっと進んだら旧玄武トンネルが見えてくるはずだ。そこを抜けたら例の看板が見えてくるから目的地近くには着ける」


 バイクを運転しながら杏哉は言った。

 彼の目線はただ前だけを向いており――


「ああ、そうだ。しっかり掴まっておきなよ。これから、化け物が俺たちを襲う。旧鳥亡トンネルまでは大丈夫だが、問題は看板の向こう側。生態系の頂点に立つアレがいる」


 そう言って杏哉はバイクのスピードを上げた。


 やがて、2人の乗ったバイクは古いトンネルに突入する。

 地下水がたまり、水たまりができたトンネル。その内部には異様な雰囲気があった。特に感受性の強い治はそれに恐怖を覚えていた。


「怖がることはないよ。この状態なら、何がぶつかってきても平気だ」


 杏哉は治の恐怖心を理解していたように言った。


「あ、ああ。なんで俺をここに連れてきた」


「そりゃ、探ってほしいことがあるからね。俺の故郷には、意図的に伏せられた何かがあると見た」


 と、杏哉は答える。


 そして。2人の乗ったバイクはトンネルを抜け、さらに道を進む。荒れた道、その進行方向に一つの看板が見えてくる。


『ここから先、大陸法通用せず』


 その看板は、鳥亡村に近づいていることを示していた。

 ここから先は本当に何でも起こりうるだろう。バイクの後ろに乗っている治は息をのんだ。


「さてと。ここからはバイクを降りて向かうよ」


 看板を過ぎて1キロメートルほど進んだところで杏哉は言った。


「は?歩いていくのか? 」


「当たり前だ。900年隔絶された村に行く道なんてあると思うかい? 」


 杏哉は答えた。


「あのなあ。俺はインドア派だ。体力的にきつい」


「だろうね。こうすれば問題ないだろう? 」


 文句をこぼす治をひょいと持ち上げた杏哉。そのまま彼は走り出し――


「おろせ!おろせっつってんだろ!おい! 」


「ここからどうやって帰るって言うんだ?それにしても軽いな。君、食事を面倒くさがるタイプだろう」


 叫ぶ治をよそに、杏哉は走りながら言った。さらに、彼には治を下す気など一切なかった。




 ――杏哉は森を抜けて、忌まわしき地へとたどり着いた。


 荒れ果てた村。転がる白骨死体。村の敷地内には雑草が茂っていたのか、枯れ草だらけだ。


「ついに帰ってきたか」



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