71節 禁断の呪詛
蘇我清映は隠れ家に立ち寄った。
杏哉に裏切られ、零を見捨て、利用していたはずの圭太も死んだ。この状況で、清映は間違いなく追い詰められていると感じていた。
もはや彼にはレムリア大陸から出るほかはないと考えていた――
「やはり誰かが戻った形跡はなしか。失望したぞ」
清映は吐き捨てた。
清映が異界から帰還してから2週間あまり。その時間があろうとも、だれかがここに立ち入った形跡は一切ない。死んでいた状態から復活した光太郎やすでに裏切っている杏哉はおろか、清映自らが見捨てた零でさえ。
歯がゆさをかみしめながら、清映は大陸の地図を見た。
大洋に浮かぶ、南北に長い大陸。その東西にはまだ見ぬ大陸があるという。が、それ以上の情報は明かされず、あくまでも噂程度だった。
地図を見ながら清映は考えた。
本当にレムリア大陸から出るべきなのか。レムリア大陸から出るだけではどうにも自身が敗北者となったようで、清映には納得できなかった。
――清映の感情としては、己の計画を邪魔した者たちを皆殺しにしたかった。裏切り者の神守杏哉をその手で殺したかった。そのためには何ができる?
「白い鬼人、杏助、杏哉、杏奈。4人と戦うことになれば苦戦は避けられん。ならば、苦戦せずに殺すまでだ」
清映は呟いた。
彼には苦戦する敵を確実に殺すための策があった。それが、鳥亡村に伝わる禁断の呪詛『亡怨』。人柱を使うことで確実に人を殺す、最悪の呪詛だった。
清映は人知れず鳥亡村に出入りし、それの情報を得た。そして、異界に転移したことでそれを扱えるようになった。
異世界転移は清映に強大な力をもたらしたのだ。
人柱候補はすでに決めている。
協力を求めたが、遠回しにそれを断った晴翔。霊王神社にて一度見かけた悠平。白い鬼人ことシオン・ランバートに同行した魔物ハンターローレン。
この3人であれば簡単に手にかけられるだろう、と清映は確信していた。
しかし、清映は同時に懸念していることもあった。
それは『亡怨』の副作用。特に、異界とのつながりが強い鳥亡村においては起こる可能性の高いこと。異界とこちら側をつなげてしまうことだった。
決断を下していた清映はコートを羽織り、隠れ家を出た。
二度とこの隠れ家には戻らない。その意志を明確に示すかのように、清映は隠れ家に火を放った。
木材が朽ちたところから火は少しずつ広がり――
「もうこの場所には戻らぬ。忌まわしき場所よ。忌まわしきレムリア大陸よ」
清映は隠れ家に背を向けた。
そのときだった――
「見つけた」
女の声。
清映はその声に覚えがあった。数年前、廃墟にて殺害した巫女。霊王神社に時折訪れていた巫女、大石依。死んだはずの彼女がなぜここに現れたのか。
「どうしてこちらを見てくれないの?私は、あんたが呪詛のために殺した巫女だというのに」
その声は清映をまくしたてるようだった。
「蘇我清映。こちらを見てよ」
「貴様は何だ」
清映は依の方を見ることもなく言った。
「あんたが呪詛のために殺した巫女。ほら、こっちを向けよ。ウスノロ野郎」
依の声は途中から、亡霊たちの声も混じるようになっていた。これは、清映が殺した人間たちの声。呪いの声。怨念。
「私を見るな! 」
これ以上のものを恐れた清映は叫んだ。
すると、清映の近くを黒いものが取り囲む。清映にもその肌で感じ取れるほど邪悪なもの。これを扱えるのは自分自身だけだと思っていた清映は震えあがる。
「暴走スル者ニ罰ヲ与エヨ――」
誰のものとも知れぬ言葉が闇の中から放たれた。
――戦いの号砲は鳴らされた。
影たちはこぞって清映に襲い掛かる。影の一つ一つがナイフとなって。
清映もそれに対抗しようとイデアを展開する。まがまがしき刃、絶対破壊の力。
「思いあがるな、亡霊どもよ。我が太刀の錆となるがよい」
振るわれるまがまがしき太刀。太刀が通った場所の亡霊も一度は消滅するものの、再びその姿を形作る。
四方から襲い来る亡霊を斬る中で。清映ははじめの声の主を目にすることとなった。
「ヤットミテクレタ」
その女に首はない。
その女の首は廃墟の木箱の中だ。
――彼女の姿が、清映の中に己の凶行を思い出させた。
あの日、清映は呪詛のために巫女を殺した。己の力を得るために。
「そうか。貴様だったか。感謝しているぞ、霊王神社の巫女」
清映は言った。邪悪な笑顔を浮かべながら、巫女の首を見つめて。
「では一つ、頼み……いや命令だな。我が呪詛となれ、大石依! 」
「ソンナコトガデキルトデモ? 」
ノイズのかかった声が響く。
清映はそれを気にすることもなく、亡霊たちを切り裂いた。
――呪詛に引きずり込まれる亡霊。黒い影はやがてまがまがしいものと一体化する。
「巫女だけはとらえられなかったか」
闇が晴れる中、清映はつぶやいた。
この場にはすでに依の姿はなかった。残されたのは清映だけ。
清映はこれまでのことを考えるつもりにもなれず、一人で山へ続く道を進んでいった。鳥亡村に立ち寄るために。
――いずれ鳥亡村に彼らは現れるだろう、と。




