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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
失踪者編
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67節 愛する理由

 苦無を受け流した零はさらに左手に氷の塊を生成していた。


「これで凍り付きな! 」


 対応が遅れた彰。至近距離から飛んでくる氷を間一髪で避ける。どうにかして氷を躱したものの、零は次の攻撃に移っていた。

 零は辺り一帯の地面を凍結させ、彰の動きを止めた。そこに降り注ぐ氷の針。傍観していた杏奈は最悪の事態を想定した。

 ――死。魔物ハンターである以上、杏奈も彰もいつ死んでもおかしくない状況ではある。が、杏奈は彰を愛してしまったがゆえに喪うことを恐れてしまった。


「あ……彰……」


 杏奈は言った。


 彰は氷の刃を跳ね返そうとする。が、苦無で弾けたものはその半分にも満たない。次々と降り注ぐ氷の刃は彰に突き刺さり、彼の体から血が噴き出す。


「嫌だ……彰ああああ……」


 彰は何も言わない。氷の塊が突き刺さり、ただ血を流して倒れるだけ。たった5分にも満たない時間で、彰の命は奪われる。

 杏奈は茫然とした顔でその様子を見ていた。彼女は涙を流さない。いや、流せない。


 零は倒れた彰をまたいで杏奈のそばに近寄った。


「許嫁だとか、そういうことだけじゃねえ。俺はお前に惚れた。絶対に俺の方がお前を幸せに」


 と、零は言って杏奈に手を差し伸べる。

 杏奈から見ればその手は血塗られた悪魔の手も同然だった。もちろん彼女にその手を取る気などない。


「黙れ……」


 杏奈は零の顔を見ることもなく言った。彼女のイデアの揺らめきは憤怒を示していた。5年前と同じ。

 そして彼女は顔を上げた。魔王が笑うように笑い、コントロールできない怒りとイデアによって血走った目で零の顔を睨みつけた。


「彰がこうなった今、私にもあんたを殺す理由ができたな。理由なく殺すことだけは避けたかったがその理由があれば人を殺してもいいだろう。私は地獄に行ったってかまわない」


 杏奈はそう言うと鉄扇を開き、立ち上がる。


「杏奈……」


「その名を気安く呼ぶな」


 杏奈は立ち上がると零の首を落とさんと鉄扇を振るう。対する零は氷の壁を張る。鉄扇まで凍結することに期待して。

 だが、現実は残酷だった。杏奈の一閃は氷をいともたやすく粉砕。零はその勢いで吹っ飛ばされる。氷の破片が冬の太陽を反射してキラキラと輝く。

 杏奈は零に詰め寄るべく、脚に力をこめる。そして、人間離れした勢いで零に迫る。零の首を落とすために。


「せめて、今を生きてほしかった。過去なんてどうでもいいのに」


 斬撃の瞬間、杏奈はそう呟いた。

 ――杏奈の白いコートを汚す鮮血。ごろりと転がる腕。零の傷口からは血が流れ出ていた。


 零が未だに立っているところを見た杏奈は「ちっ」と舌打ちした。


「次こそ、首を落とす」


 零が氷で傷を塞ぐ間にも、杏奈はイデアを鉄扇に集めて斬る。だが、その刃は未だ零の首には届かない。杏奈の顔には焦りが見え隠れする。

 そんなときだった。


「杏奈。やりすぎだ」


 その声で杏奈は攻撃の手を止めた。身構えていた零も困惑する。


「なぜ立っている。お前はあの攻撃を受けて生きていられるわけがない」


 と、零は言う。


「ああ、そうだな。普通の人であれば、な」


 体中から血を流しながらも彰は平然と立っていた。彼が倒れていた場所には血だまりができている。間違いなく大量出血と言える状態であったが、彰はその様子を微塵も感じさせない。貧血になっている様子もない。


「代替血液を生成した。少し手間取ったがどうにか上手くいったし、俺も命拾いした。杏奈を悲しませたくないんでね」


 と、彰は言った。

 彼は気を抜いているということもなく、両手にはチャクラムを持っていた。零がそれに気づいたとき、すでにチャクラムは彰の手を離れていた。

 チャクラムは零に迫る。対処が遅れた零は両腕をチャクラムで斬られる。手が体から離れることはないものの、零の手は筋肉を切られていた。その手はだらりと垂れ下がる。


「……たかが両腕がやられただけだろ?俺が武器を持たない理由、教えてやる」


 両腕の傷口から血を流しながら。零は言う。


 ――零を中心にして周囲の気温が下がっていった。零のイデアは空気中の水分と同化していた。いや、水分だけではない。

 零の周りには青色の液体が溜まる。それと同時に、杏奈と彰は息苦しさを覚えた。

 これは――


「液体空気だ! 」


 彰は叫ぶ。


 零を取り囲んだ超低温の液体は竜のような形状となり、彰に襲い掛かる。もちろん、その流れ弾は杏奈も狙う。零の意図とは異なっていても。


 彰と杏奈は同時に液体空気の攻撃を避けた。

 それと時を同じくして。


「……体が動かない!? 」


 それは、零の声になっていない声だった。その声に続き、超低温の液体は一瞬にして蒸発する。


「やっと効いてきたか。あのチャクラムには麻痺毒を塗り込んでおいた。解毒剤の存在しない特別性だよ」


 彰は言った。対する零は不服そうに彰の顔を見上げた。一度は殺したにも等しい状態だった彼は、それを感じさせないほどの覇気を持っていた。

 そして、彰は続ける。


「殺さずにお前を屈服させることはできた。これも、俺の覚悟だ」


 彰に見下ろされ、零もその事実を認めるしかなかった。が、彼は何かが吹っ切れたようだった。


「俺は……ただ過去に振り回されてただけかもしれないな。杏奈のことも、先代のことも」


 かすれた声で零は言った。


「おい、杏奈を絶対に幸せにしろよ」


 零はそう言い残し、ぴくぴくと震える体を引きずっていった。


「言われなくともそうする」


 と、彰は言う。


「さて、神社の調査は先延ばしか?いくら代替血液を生成したからって、いつまで持つかわからないだろう」


「いや、俺抜きでやってくれ。晴翔も杏助も最近は本当によくやってくれる。それと杏奈。俺がいない間に死ぬなよ」


 彰は自分でも無理をしているとわかっていた。5年前に杏奈がやったことと同じように。


「善処する」


 杏奈は照れ隠しするように答えた。

 そして抱擁する2人。


「あんたが死ぬことも、私は許さないからね」


 と、杏奈は彰の腕の中で言った。



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