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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
失踪者編
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66節 愛する覚悟

本日2話投稿です。

 悠平が命を狙われていたとき、杏奈は調査を終えて鮮血の夜明団の支部に戻ってきていた。

 治の協力もあって、異界に消えた者たちの記録も集まりつつあった。


 杏奈は戻ってくるなり、事務室の椅子に座ると本部から持ち込んだノートパソコン型の端末を開いた。彼女の使うものは魔法やイデア、空間の揺らぎを感知することもできる優れものだ。

 画面にはゲートの近くであることを示す空間の揺らぎを記録したマップが映し出された。杏奈がこれからすることは失踪者の記録に加えてゲートから現れた者を記録することだった。彼女自身がわかり切っていたことではあるがゲートがある以上そこからやってくる者だって少なくはない。杏奈はこれまでに確認された2人の情報を入力していた。


 そんなときに杏奈の元に訪れる彰。杏奈は彼の姿を見て表情がほころんだ。


「作業中だったんだね」


 と、彰は言う。


「うん。別に大変な作業ではないけどね」


 杏奈はそう言って画面に目線を移した。そこには2人の転移者――蘇我清映と長住圭太の顔とデータが映し出されていた。杏奈はまだ彼らを見たわけではなかったが、目撃証言は既にある。


「治さんからの情報提供をもとにしてこのマップに書いてみたのだけど。それにしても凄いね。このゲートが現れた霊皇神社から少し鳥亡山の方に行くと吸血フクロウの生息地だそうだ」


 と、杏奈は続ける。すると、彰は露骨に嫌そうな顔をした。

 吸血フクロウ。それは存在するだけで生態系もがらりと変えてしまい、人間の文明にも多大な影響を与えた生物だ。吸血鬼が春月市にいなくとも、そいつらがいた。鮮血の夜明団が恐れる生物のうちの一つ。捕食者の頂点に立つ生物の一つであり、しかも夜行性のフクロウが吸血鬼となったもの。彼らによって孤立した町も少なくない。

 杏奈も山に入って吸血フクロウを相手にすることだけは避けたかった。


「山に入ることにならなければいいな」


 彰は言った。


「そうだね。春月市の中だけで完結するのなら問題ないんだけど」


 杏奈はそう答えて手記を見た。それに書いてあることは、間違いなく樹海に隔てられて孤立した村のことだった。

 ため息をつきながら杏奈は続ける。


「明日、霊皇神社近くに行ってみようと思う。彰も付いてきてくれる?」


「わかったよ」


 と、彰は答える。




 翌日。刺すような寒さの中で杏奈と彰は霊皇神社へ向かう。その道中の市街地にて、彰はバイクを止めた。


「何かあったのか? 」


 と、杏奈は彰に尋ねた。すると彰は小声で言った。


「いずれ会うと思っていたがあいつだ」


 あいつ。杏奈は零の顔を思い浮かべた。以前、霊皇神社へ向かう途中の橋の上で戦った相手。家系図を見て名前もわかっている。


「零……もう私のことはいいのに。鳥亡村は終わったのにどうして私なんかに付きまとうんだ、あいつは」


 杏奈はそれだけを言い残してバイクから降りた。彼女がその視線を向けた先から1人の男が現れた。藍色の髪で片目が隠れ、金色のメッシュを入れた色白の男。その姿は杏奈と彰が以前に見たものと一部だけ重なる。が、決定的に違うのはその顔だった。

 彼の顔は傷だらけで、以前に見た化粧の施された顔とは似ても似つかなかった。


「会いたかったよ、杏奈」


挿絵(By みてみん)


 その声は確かに零のものだ、と杏奈は確信する。


「杏奈!大丈夫か? 」


 杏奈の耳に、彰の声も届く。


「大丈夫。ただ、どうしても彼には会いたくなかった」


 と、杏奈は言う。そして。


「零。お願いだから私のことは忘れて。鳥亡村も終わったし、それがあってこその婚約だってないだろう?私の近くにいたら早死にするから、お願いだからかかわらないで」


 杏奈はそう言い放つ。

 今、彼女は零を殺しかねないだろう。感情を表に出せず、抱え込む彼女は素顔を晒した零を見て罪悪感にさいなまれていた。この不安定な状態で、彼女の持つイデアは膨れ上がっていた。


 その姿を見て、彰はバイクから降りて杏奈の隣に立つ。


「俺が話をつけるよ。あんたは今、不安定な状態だろう」


 と、彰は言った。


「うん。お互いが死ななければ、何をやってもいいよ」


 杏奈は答える。不安定な精神状態の中で彼女はそう言うと、膝から崩れ落ちた。


 その一方で彰は零の顔を直視した。


「邪魔だぜ。俺としてはお前を殺してもいいんだが」


 零は言う。

 彼は以前に比べると成長していた。彰は一目見ただけでそれがわかった。何か辛いことでも乗り越えたような。犯してはならないタブーを犯したような。とにかく以前の零とは一線を画していた。


 先に動いたのは零。一瞬にして氷の針が形作られ、彰に降りかかる。


「手を出すなよ、杏奈!」


 彰は一言だけ声を放つと、あえて氷の針の中に飛び込んだ。

 ――以前彰が見た限りでは。零は近距離での戦闘よりも遠距離での戦闘を得意としていた。彰はその特性を逆手に取った。


 零の放つ氷の針。彰は上着のポケットから出した苦無を抜き、襲い来る氷をはじき返す。そこから、零の懐に飛び込む。


 ――彰の持つ苦無には能力で合成した麻痺毒が塗り込まれている。この刃が零を切り裂けば。

 だが、零は彰の苦無を受け止めた。氷のナイフに受けられて、液体だった麻痺毒は瞬く間に凍り付く。


「へへ……あんたの覚悟も本物なんだな。杏奈のために人を殺さないって覚悟」


 零は言った。

 力では勝っていた彰。しかし零は氷の滑らかさを利用して彰の苦無をいなす。これは単純な力比べではない。



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