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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
失踪者編
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65節 見えない鎖から抜け出すとき

 光太郎が気づいたのは零の氷の異質さだった。これまでの零の放つ氷とはくらべものにならないほど温度が低い。触れれば凍り付いてしまうくらい。


 明らかに異質な氷を、光太郎はあえて受け止めた。氷を受け止めたそばから凍りつく光太郎の左腕。だが、光太郎はあえてその左腕を捨てた。それだけでも異様な光景だが凍りついた左腕はいとも簡単に彼の体を離れ、地面に落ちた。これは人間にできることではない。

 零はここで違和感を覚えた。

 それは、光太郎の凍りつく様子が泥のそれと同じで、人間だとは言いがたいことにあった。

 そんな零だったが、氷の断崖を防がれてもまだ手はあった。


 零は急速に光太郎との距離を詰め、手の甲に氷の手甲を形成。そして光太郎の体を凍結させんと拳を振るう。

 だが。


 「うぐっ!? 」


 零の脇腹に衝撃が走る。泥のようになっていた光太郎は平然とした様子で零を見下し、零はその状況が理解できなかった。一体何が起きたのか。その衝撃の正体は。

 それは、光太郎が捨てた左腕だった。切り落とされた左腕は何かに操られているように動き、零の脇腹に重い一撃を与えていたのだ。

 それは零にとってにわかに理解しがたいことだ。


 「零よ。あまり儂を甘く見るな」


 光太郎は言う。光太郎は気が付けば零から10メートルほど離れた場所におり、切り落とされた左腕も再生していた。

 その人外じみた光太郎の姿。もともとの能力も『沼と同化する』ことから派生し、『沼になる』というものであったが。光太郎はそれ以上に人間ではなくなっていた。

 彼を目の前にして、零ははじめて恐怖を覚えた。


 光太郎は零の恐怖を見切っていたかのように零に左手を向け、そこから泥の塊を放った。

 以前にもました勢いで零を襲う泥の塊。零はそれを目にして、表面上は冷静でいようと努めていた。


「飛び道具なんて、対処できるんだよ。お前こそ、俺を甘く見るんじゃねえ。人でなし」


 零は焦りをごまかしながら氷の壁を貼る。

 氷の壁に直撃する泥の弾丸。弾丸は凍り付いて壁に防がれるだろう。零はそう思っていた。

 だが、現実はそう上手くいくものではない。氷の壁は凍り付いた泥の弾丸に突破され、粉々に砕け散った。泥の弾丸の勢いは衰えることもなく、零の顔をかすめた。

 ほんの少しだが、零の顔に傷が入る。傷は零にとってトラウマでもあった。


(くそっ!どうしてこんなときに限って)


 零は戦闘中に思い出してしまった。非公認の魔物ハンターの手で、顔に傷を入れられて無惨な姿になったことを。それがきっかけで零は化粧をするようになったことを。


「避けたか」


 光太郎はつぶやく。彼の次の手は。


 零が身構え、氷の塊を光太郎に向けて放たんとしたとき。光太郎はその体が一瞬にして融解した。

 泥の塊となった光太郎は地面を這いながら零へと接近する。零がそれに気づいたのは光太郎が足元にまで迫ったとき。零は跳び上がり、地面に氷の塊を放った。砕けたときに地面を凍結させるために。


 氷が地面にぶつかり、地面が凍結する。光太郎はその中に閉じ込められた。

 零は光太郎だったものを見ながら頬の血を拭った。零の血と、顔に塗った化粧品が混じる。


(そうだよな。戦いでは容姿なんて気にしていられねえ。たかが傷で……)


 零は光太郎の閉じ込められた氷を砕こうとした。だが、光太郎は自ら氷を割って脱出した。

 光太郎の体を形作ってゆく泥。零はその泥に違和感を覚えた。それは臭い。沼の匂いに混じって腐臭も零の鼻を突く。その臭いは零が幼いころに知ることとなった臭い。死体が腐る臭い。

 このとき、零の頭にとある疑いがよぎる。

 ――光太郎は既に死んでいるのではないか。今零の目の前にいる光太郎はアンデッドとして蘇った光太郎ではないのか。


「どうした、零。成長したとはいえ、儂には……」


 光太郎の体が再構築される。零は無言で光太郎に氷の塊を叩き込む。躱される。


「勝てる。たとえあんたが生きていなくても、勝算はある」


 光太郎に攻撃を躱されながらも、零は言った。その手には氷の手甲。零は光太郎に詰め寄り、その頭に拳を叩き込んだ。重い右ストレートを。

 そのとき、光太郎はあえて受け流しながら頭の一部を切り離した。普通であれば脳が見えていてもおかしくない状態となり、少し離れたところで零をじっと睨んでいる。

 そして。光太郎は融解して姿を消した。


 ――違う。光太郎がいるのは地中。泥となって地中に溶け込み、零の目から逃れようとしたのだ。


「一度封じられたからって同じやり口が効くと思うなよ」


 零が狙ったのは、地面。地面ごと凍結させて光太郎を完封しようという作戦だ。零が冷気を集中させて地面を凍結させようとしたとき、地面から細長いものが伸びる。泥でできた腕。それが、零の首を掴んだ。


「儂を誰だと思っておる。お前の弱点もすべて知り尽くしているというのにな」


 泥は地中から現れて零の前にその姿を形作る。


「これで終わりだ、零」


 と、光太郎が言ったときだった。

 光太郎の手が凍結する。彼の手が零の首を絞める前に手が凍り付き、零は口角を上げた。そして零は凍り付いた腕を右手で殴って粉砕。首絞めからは抜け出した。

 困惑する光太郎を目の前にして、零は勝利を確信する。


「終わりなのはあんただ。先代。死ぬか殺すかの状況だったら、俺は殺す方を選ぶ。まだ、あの人に会えてない」


 零はそう吐き捨てると体勢を立て直し、光太郎との距離を詰めた。

 そこで氷の手甲を纏った右の拳を光太郎に叩き込む。

 光太郎は殴られたところから凍り付き、地面にたたきつけられて砕け散った。血や肉が凍り付いた様子は一切なく、その場には凍った泥だけが散乱することとなる。


「……スワンプマンか」


 零は光太郎の残骸を見てつぶやいた。

 スワンプマン。異界人の伝承で、零も光太郎や清映の口を通じて知った話。これをもとにして記憶などの同一性があるのかどうか、という考察もなされていたほどだ。


「今の先代には同一性なんてあったのか?」


 零は頭を悩ませる。だが、ほんの少しの時間でそれを切り替える。たとえ清映から見捨てられたとしても、零にはまだやることがあった。

 彼を駆り立てるのは杏奈の存在だ。かつて許嫁と言われており、その目で見たときにも惚れてしまった彼女に会いたい。零はそう考えていた。



氷タイプは地面タイプには効果抜群だったはずです。

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