57節 異世界に転移した男
調査を終えて春月支部に戻るとき、杏奈は言った。
「長住圭太のことを学校の先生に聞いてくれるか?」
彼女はずっと、ゲートに飛び込んだ生徒のことを気にしていた。
「はい。どうせ先生と話す機会はありますし」
悠平は快く答えた。その理由は――
焼肉屋「異転生」。11月頃に杏助と香椎の間で交わされた約束で、彼らを含めた6人――失踪者が出たときに話し合いをしたメンバーが焼肉を食べに来ていた。
なぜこのようなことになったのか。それは、杏助が香椎と交わした約束がきっかけだった。美術室に出入りした杏助たちが香椎に見つかり、お互いの正体を知ったとき。彼らがその秘密を伏せるために杏助は香椎に「焼肉を奢ってください」と約束したのだ。意外にも律儀な香椎はそれを覚えており、騒ぎがひと段落したところで焼肉を食べに行こうと他5人を誘ったのだ。
「先生、本当に奢ってくれるんですね」
悠平は網に並べられた肉を目の前にして言った。
「さすがに2人だけ特別に、というわけにはいかないのでね」
香椎は格好つけて言った。
「先生って意外と優しいんですね。そうだ、今話しておくことがありました。あの、長住圭太先輩のことなんですけど」
ふと、悠平は何かを思い出したようにそう口にする。
その話を受けて香椎は特に表情を変えた。何かうしろめたいことでもあるような。
「私が担任として受け持っていたクラスの生徒だが……」
香椎は言った。
「彼のことなら私が一番知っている。行方不明になる少し前……違うな。特進コースで受け持っていればわかるが、あれは2年のときからだったな」
一目でわかる。彼は失踪者の長住圭太のことを知っている。それだけでなく、彼を取り巻く環境さえも。
香椎は続ける。
「彼にあったことを話そうと思う」
♰
彼――失踪者の長住圭太は高校に入学した頃はまだ優秀な生徒だった。定期テストも模擬試験も高得点を出しており、問題のある生徒だとは思われていなかった。人付き合いもそつなくこなし、問題児だと思われる要素もなかった。
だが、彼は2年にあがってからのクラスメイトの変化で変わってしまった。
これまでかかわりのなかった「たちの悪い友人」の影響か、長住圭太は夜遊びなどを繰り返すようになっていた。彼の両親からも相談を受けたが、彼の態度が変わることもなく。
長住圭太は行動を改めることもなく高校3年となった。そのときにはすでに成績も下がって、呼び出しも多数。自分が勉強をしていないこともわかっていながら友人との関係も切れず――
そして彼は突如失踪した。
♰
「私が知っているのはこれまでだ」
香椎は言った。彼の話で、長住圭太の事情をそれとなく理解する杏助たち。失踪者の長住圭太は追い詰められていたのだろう。
ここで、悠平がバッグから1冊のノートを出した。
「とある筋で手に入れたノートなんです。長住先輩の独り言とか、考えていたことも少しわかるかもしれません。信じるか信じないかは香椎先生しだいですけど、読んでみてください」
悠平はそう言ってノートを香椎に手渡した。
香椎は無言でノートを受け取り、パラパラとページをめくる。そのノートに書かれたこと――ゲート付近での出来事と失踪者の独り言に目を通すが。
「あの関係は渋々だったのか。難儀なやつめ」
ページに目を通しながら視線を上げることもなく、香椎は言った。
「関係を断ち切れると言っていたのはあの人間関係というわけだ。あいつは、都市伝説として知られている『異世界転移』を信じて、すがる思いで異世界に行ったともとれる。そりゃ、人間関係も成績も悩みしかない。彼も良い状態ではなかったんだろうな」
フウ、と香椎はため息をつく。
「だからといって異世界にすがるのはどうかと思うがね」
香椎の考えは失踪者を突き放しているようだった。
その一方、香椎の隣に座っていた杏助は何か後ろめたさがあった。それもそのはず、杏助は単なる好奇心から異世界に行ってみようとして、それに失敗したのだ。
「まあ、現実がつらいから、ということで異世界に行きたくなるのもわかりますよ。俺はそんなにつらくはないけど、逃げ出したいときだってあるはずだ」
と、杏助は言った。
「そう決めつけるのはどうかと思うけど、可能性として考えておこう。危ないものが学校の中にあるからね」
有田は言う。
――世界線を、ゲートを越えた先の異界。
杏助たちが焼肉屋で食事をしているのと時を同じくして、その話題になっていた人物も行動を起こそうとしていた。
長住圭太。彼は元の世界で望んだとおり、異なる世界へ転移することができた。だが、彼はハーレムを築くこともできず、孤独だった。その理由は彼に発現した能力――イデア。その能力自体は強力で、いわゆるチートともいえるようなものだった。だが、それには制約があり、「他人に触れられると死ぬ」ということになっていた。
だから彼は、人との接触を避けるしかなかった。人と親密にはなれなかった。
そんな彼の後ろで声がした。彼の異名を呼ぶ声が。
「孤独な武器使い。お前のことだ」
圭太は触れられることのないように、おそるおそる後ろを振り向いた。
後ろにいたのは藍色の髪の男女。前髪を中央で分けた短髪の30代後半くらいの男と、長い髪を垂らした20代後半くらいの美女だ。
「何でしょう……殺すなら容赦しません。殺さないにしても、俺には触らないでください」
「殺さぬ。言いたいことは一つ。我々に協力しろ。私はもとの世界に戻る方法を探している。この世界の住人ではないらしいお前ならわかるのではないかと思ってな」
彼――蘇我清映は圭太の事情をどこかで知ったようだった。
対する圭太は清映に協力するかどうかで迷っていた。これまで、圭太は嫌々ながらも人殺しの依頼を受けて生活費を稼いでいた。そのためか、最近は人殺しに対する感情が鈍ってきたのだが――
圭太は考えた。清映は果たしてかかわることでメリットのある相手だろうか。
「あの、もちろんメリットはあるんですよね。タダでやれとか言われても、俺は断りますよ」
「見返りはある。私が無事に元の世界に戻り、目的を達成できればお前に500万デナリオンをやる」
と、清映は言った。
「ごひゃ……やります。そのかわり、俺には絶対に触らないでください。俺が死ぬから」
「触らぬ。私とお前はあくまでもギブアンドテイクの関係であることを忘れるな……」
絶対に触れられてはいけないゲーム。彼はいったいどうなるんでしょうねー。
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