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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
失踪者編
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56節 消えた生徒の記憶

まさか彼の名前をもう一度出すとは思いませんでした。

 鮮血の夜明団春月支部にやってきた片江治。彼はロビーで待っていた杏奈の顔を目にすると、あからさまに嫌そうな表情となった。


「杏奈さん、この方の力を借りることになるそうです」


 悠平は言った。


「彼か」


 杏奈は治を舐めるように見た。

 治は細身であるが身長は180センチほど。紫色の髪を背中くらいまで伸ばし、顔にはピアスや化粧を施している。一目見ればあまり真面目そうではないとわかるが、魔物ハンターにはこのような容姿の者などいくらでもいる。杏奈が引くような外見ではなかった。


「ようこそ、鮮血の夜明団へ。私はべつにあなたを拒絶するつもりはない。力さえあれば我々は誰であろうと歓迎する」


「……杏哉のヤローとは違うんだな。容姿はよく似ているが」


 と、治は言った。


「何を言っているんだ。この世に誰一人同じ人間はいないし、思考が全くの同一だとかいうのはないだろう」


「大層なことを言いやがるぜ。それで、俺は何をすればいい?」


 その場にしばしの沈黙が流れた。初対面の、しかも名前さえわからない謎の男が言うので杏奈は困り果てていた。やる気そのものはあるのだろうが、キリオの関係者というだけで内心は信用しきれていないところもあるのだが。


「とりあえず名乗ってくれるか?」


 杏奈が口を開いた。


「あー、そういえばまだだったな。俺は片江治。その場所で起きた出来事を文字にして引き出すことができる。能力の悪用はしていない」


 治は答えた。


「悠平くん。彼を信用するか?私は何とも言えない」


 ふいに杏奈から話を振られた悠平は戸惑った。「えっ」とでも言いそうなくらいに。

 悠平は暫く悩んだのちにこう答える。


「信用します。能力の悪用はしていないし、何よりキリオさんの遺志を継ごうとしないところが一番だと思うのです」


 杏奈は知らなかった。

 治が悠平とともに春月支部へやってくるときに話していた内容は当然ながら杏奈の知ったことではない。が、その道中で、悠平は治がどのような人物なのか、彼の伴侶であるキリオについてどう思っていたのかを、ほんの少しではあるが知った。


 治は言動も不真面目で基本的に斜に構えた態度なうえに、善意や正義とはあまり関係のないタイプの人間だ。しかし、彼はその態度とは裏腹にその根本は誰よりも純粋だった。彼には彼なりの美学と信念があって、嘘で塗り固められた正義を持っていたキリオとは正反対に位置しているかのようだ。少なくとも悪い人間とは言えないだろう。

 だから、悠平は彼を信用できると判断した。


「俺を信用するんだな。でも俺の心変わりで協力するのをやめるかもしれないぜ」


「そういうことがあっても、仕事の量がもとに戻るだけらしいです。記憶をいじって混乱させるようなことがないから」


 悠平は言った。


「ほー……お人好しが通用するのは異世界だけだぜ。でも、お前みたいなのは嫌いじゃない」


 気難しい治は珍しく初対面にも等しい悠平を信用したようだった。


「で、俺がやることっていうのは何だ?調査か?」


「その通り。今から複数の場所の情報を集めたい。あんたができるやり方でいいから」


 と、杏奈は言った。


「よし、それなら現場に行かないとな。俺の能力は現場でしか使えないからな」


 現場でしか使えない能力。詳細を聞いていなかった杏奈と悠平はどういったものなのか、見当もつかなかった。




 調査へ向かった先は春月中央学院高校。まだ授業の始まっていない学校には有田と香椎の手伝いで入ることができた。


 3人は最初に調査する場所である食堂裏へと立ち入る。

 三角コーンで仕切られ、「立ち入り禁止」とされているそのエリア。だが、3人は例外ということで件のゲートのある場所へと立ち入った。


 ――金色の霧。やはり、まだゲートは開いているらしい。


「治さん。道中で言っていたやり方をお願い」


 杏奈は言う。


「了解だ。お前ら、襲撃者がいたら俺を守れよ。俺は一切戦えないインドア派だからな」


 治はそう言って、彼の能力――イデアを展開した。その外見は黒いインクであった。が、少しずつ万年筆の形となり、彼の手に収まった。

 治はそれを地面に突き立てると、何かを引っ張り出すようなそぶりを見せた。すると、地面から文字が引き出される。


「……ここにも異世界転移の都市伝説を信じていたやつがいやがった。ったく、チート能力なんてどこの中二病だ?」


 出来事を解読しながら治はぶつぶつとつぶやいた。その声にも彼の不機嫌さが如実に表れている。


「現実に疲れたら、まあ逃げ出したくなるのもわかる。だからといって逃げるんだな。失踪ということでもなく。畜生ッ!」


 治はため息をつく。彼の展開したイデアは消え去り、代わりに彼はノートを杏奈に手渡した。


「ここで起きたことを記録してみた。全部俺が能力使って引っ張り出したので、さっきの様子を見て信用するかどうかは決めろ」


「そうさせてもらうよ」


 と言って、杏奈はノートを受け取った。


 ――書かれていたものは、この高校に通う長住圭太という男子生徒がゲートに飛び込む様子だった。長住圭太は周囲の反対も振り切ってゲートに飛び込み、異世界でのやり直しをもくろんでいたようだ。その理由は受験勉強の疲れと悪い人間関係のようにも見える。


「杏奈さん。どうなんでしょうか」


 悠平が聞くと、杏奈は口を開いた。


「ここで行方不明になった人は、おそらく自分から飛び込んだ。証言が間違っていたことにもなるけど、こればかりはね。目撃した生徒の人数は3人だった。あんたが聞いた話では何人だった?」


「3人です」


 ここは合っている。

 ひとまず杏奈はここで治の能力を信じることにした。


「一応、これで謎はわかった。ほかの場所も早めに調べておこう」


 杏奈はそう言ってノートを閉じ、端末で支部にいる彰に電話をかけた。

 別の場所の調査も必要だ。治の力も借りて失踪者と照らし合わせる必要がある、と。



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